科学か魔法か
オンエア開始10分前、私達に残された準備時間。
「台本だってあるんだ。安心だろ?」
ほら、と渡されたA4サイズの四分の一くらいの布には台本というにはあまりにお粗末なメモのような何かが書かれていました。
「これは?」
「今日までに思いついた企画、とりあえずまとめたから、この通りに進めれば大丈夫!」
台本といったら企画だけではなく、もう少し話の流れを書いていてくれるものであると思います。
日本語でわざわざ書いていただいているのはとても助かりますが、はっきり言ってこれは台本ではなくメモ帳です。
因幡の白兎でさえ、向こう岸に渡るのにもっと多く足場を用意します。
私のようなド素人ノーマル女子高生にこんな連続走り幅跳びのような台本を渡さないで欲しいものです。
「そう言えば、ラジオだとゲストのような方が来るイメージですが、どなたかいらっしゃるのですか?この台本を見る限りそのようなことは書いていないのですが……」
「初回だから二人だけでいいと思って呼んでない」
「ああ、なるほど。初回だからですか……って、は!??」
「どうした!ゲストがいないことがそんなに不味いことなのか?」
「いや、この際それは良いのですが、初回だからってことは第二回もあるってことですか?」
「第五回まで枠を押さえているが、何か問題があるか?」
「あります!今日限りだと思っていました」
「そうか、言ってなかったな、そういえば。まあ、この話はまた後にしよう。そろそろスタジオの準備に入るから」
「あれ、まだ済んでいなかったのですか?」
「十秒もあれば終わるからな」
十秒という非現実的な速さ。そしてここは魔界という非現実。導き出される答えは……
「もしかして、魔法とか……ですか?」
――その時、ゴン!ゴン!と乱暴に鉄扉をたたく音が聞こえました。
「坊ちゃん!入りやすぜ!」
「兄貴!ぶつけねえように気を付けるんだぜぇ」
そう言うと、全身は茶色い毛で覆われた毛むくじゃらで、顔が牛な大男が二頭、椅子と机を持ってドカドカと入ってきた。
「ありがとう、その辺に適当に置いといてくれ」
「へい!」
指示を受けると、大牛男二頭は部屋の真ん中に机と椅子二脚を設置した。
ちなみに机と椅子の色は、とても禍々しい色をしていました。
やんちゃな小学生が、赤と黒の絵の具をパレットでぐちゃぐちゃかき混ぜて遊んでいるような。
「お!人間のお嬢さん!今日のラジオ期待してるぜい」
「あ、ど、どうも」
「馬鹿野郎!兄貴、プレッシャー掛けんじゃねえ!じゃあな、健闘を祈るぜ」
そのまま彼らはドカドカと部屋から出ていった。まるで嵐のような十秒間だった。
「……これを魔法と人間界では呼ぶのか?」
「呼びません」
ものすごく手際が良いだけでした。優れた科学技術は魔法と区別がつかないと言いますが、優れた搬入技術を魔法と呼べるかどうかは議論の余地がありそうです。
それにしても、魔界という非現実において、欠片もロマンチックな思いをさせてくれないことに少し苛立ちを覚えてきました。
「あと必要なのは……マイクとかの放送設備ですよね?」
「ああ、それなら」
カイルさんは何か思い出したかのように赤黒い机に向かい、バンッ、と思い切りよく叩きました。
ついに魔法が見られるのかと固唾を飲んで見守っていると、机の表面がぶくぶくと泡立ち始めました。
次第に、ゴポッゴポッと泡の一つ一つが大きくなり、まるで机全体が沸騰しているかのようです。
しかし、元の机が赤黒いため、血液を煮込んでいるようにしか見えません。
そして泡立ちは、徐々に机の中心へと集まり、見覚えのあるマイクの形状へと変化しました。
「これが一応こっちの世界の魔法だぞ、どうだ?」
「そうですか、すごいですね……」
気持ちが悪いです。
おお、そうか!と喜ぶカイルさんに、そっとバーグさんが、嘘ですよ、あれはと耳打ちしていましたが、そんなことはどうでもいい程に気分を落としてしまいました。
「よし!準備はこんなもんだな。他に何か聞きたいことはあるか?」
山程あります。しかし、全てを尋ねることはできないので、どうしても聞きたいことだけを……。
「あの、最後に一つだけ良いですか?」
「おう」
「お二人は日本語を勉強しているようなので大丈夫だと思いますが、私が日本語で話してリスナーの皆様に伝わるのでしょうか?」
「ああ、また説明し忘れていたな。実はユーキは、ここに来てからずっとこっちの言葉で話しているんだ」
「え?私さっきから日本語で話してますよね?」
「そっちがそのつもりでも僕たちの耳にはこっちの言葉で届いているんだ」
もしや、それこそ正真正銘の魔ほ……
「科学の粋でございます」
バーグさんは心が読めるタイプの魔物さん、そう仮定してもそろそろ良さそうです。
「ご自分のお耳を良くご確認ください」
そう言われ、確認するとイヤホンが耳に刺さったままでした。
忙し過ぎて、着けっぱなしで気が付かないのも無理はない……というのは無理がありそうです。
「これはどういうことですか?」
「#$%&‘(#$%&’(‘&%」
「ひっ!」
イヤホンを耳から外すと、さっきまで、優しい口調だったバーグさんが急に身の毛のよだつような禍々しい呻き声を上げました。
「この逆もイヤホンを外すと起こると考えておいてくれ、ユーキ」
「は、はい」
恐怖でイヤホンをいつもより2,3ミリ奥にねじ込みました。
何にせよ、ラジオをする上で一番の懸念事項である言葉の壁は何とかなりそうでした。




