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縄文転生 北の縄文からはじまる歴史奇譚  作者: 雪蓮花
第1章 神々より前 Before Gods 北のモシリ
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81.やっと温泉

今回の交易は大成功だった。帰りも順調に現世の森町近辺のストーンサークルのある集落までたどり着いた。

ここで、アヂ・ノ・チプ(黒曜石の船)たちと別れ、俺とアシリクルは富士山のような形の北海道駒ケ岳を東回りで帰ることにした。

現世でいうところの南茅部経由で山を越えて俺たちの集落の裏手に出てくるルートだ。


なぜ、このルートにしたかというと、時代はまだ先になるかもしれないが、中空土偶の国宝茅空が発見されたのがこのルート上の著保内野遺跡だからだ。茅空は3200年前の土偶なので今が4500年から6000年の間のどこかだと予想しているのでまだ1000年以上先のことだ。


土偶については、お守りや身代わりなどの意味のほかに契約などに使われるが、それらは全て小型の土偶で、茅空や遮光器土偶のような大きめの土偶の意味は聞いていなかった。もしかしたらまだ大型土偶の作られる時代ではないかもしれないが、中空土偶を作る技術やその考え方の片りんを知ることができるかもしれないと思ったのだ。


この時代の北海道駒ケ岳はきれいな富士山のような容をしているが、山頂からは噴煙をたなびかせている。まだ大沼はできていないが、西側からは中腹ぐらいまで緑が見えて、火山活動は緩いように見えた。ただ、東側は海岸線近くまで荒涼とした風景が広がっていた。


ところどころ、噴石か火砕流、泥流の痕だろうか、緑のない荒れ地、火山灰の中に人の歩いた跡が残っているだけだ。

現世の鹿部の近くまでそのような感じで、鹿部に着く頃にようやく緑が増えて家もポツポツ見え始めてきた。

ここには温泉があるはずなので、地元民に聞いてみると、海岸線近くにあることがわかった。道は少し山側を通っているようだ。


海岸線の温泉場で一泊することにした。

10年前まで、駒ケ岳の東側は高温の火山灰の嵐や泥流が襲い、かなりの人が巻き込まれて亡くなったそうだ。西側は問題なかったが、皆おそれて一時的に周辺の道が閉じたという。レブン・ノンノの父親が亡くなったのもその辺りだろうか。

今でも、雨が降ると泥流が流れて、東側の道が閉じてしまうので、今では歩く人も少ないという。


この近くにいた住民も、もう少し南東の集落に移住したという。


しばらくぶりの温泉だ。

函館の集落はすぐそばにユ・ペツ(湯の川温泉)があるので、かなり頻繁に入浴できるが、今回の旅では、ここに至るまで入浴できる温泉には巡り合わなかった。アットゥシなどの加工用の温泉や地獄谷は何か所かあったが、入浴できないと聞いて様子も見に行かなかった。


お湯はなかなかよかった。ここも集落民が露天風呂を掘って使っていた。温泉のすぐ近くに寝床を作ったので、夜に月見風呂をアシリクルと楽しんだ。内浦湾(噴火湾)に少し欠けた月がうつってとてもきれいだった。


翌朝はゆっくりの出発だ。ここからさほど遠くない現世の大船辺りに大きな集落があるはずだ。

5200年前から4000年前に栄えた集落遺跡が発見されている。

そこから山越えで函館側に抜けられる。集落の裏手に出てくる道で、前にウェン・カム(悪い神=悪い熊)の出没して多くの人が亡くなったルートだ。

この山越えは早朝出てやっと夕方に函館に着くことができる距離だ。

現世では林道があって、何度か渓流釣り目的で通ったことがある。車でもかなりの時間がかかった覚えがある。


集落はけっこうな大きさだ。もともとの住民もいるようだが、駒ケ岳の東側の山裾から移り住んだ人たちが多いようだ。


いつものように集落の長のところに挨拶に行く。

「物見の氏族、塔の集落のオホシリといいます。峠越えでユ・ペツの集落に戻りますので、こちらにお世話になります。」


「首長のピパイロです。あなたがウェン・カムを倒したオホシリ様ですね。お若いのに素晴らしい狩りの腕前とお聞きしております。それに物見の氏族にはいつもお世話になっております。」


首長ピパイロは女性の首長だった。形が不揃いながら素晴らしい真珠のネックレスをしている。


「いえ、たまたま倒すことができました。ウェン・カムがいなくなったおかげで、これまで通りの交易ができるようになりこちらもうれしく思っております。今後もよろしくお願いします。それにしても素晴らしい真珠をお持ちですね。」


「これはもっと北の川で採れたものらしいですが、私ども含めこの近辺の集落は工芸品を作るのに秀でていますので、こういったものも作ることができるのです。」


なかなか洗練された文化がある。アスファルトもアワビの貝に小分けして使いやすいようにしてある。土器も地震が多いせいか円筒土器が多いが形が揃って作りもしっかりしている。

注ぎ口のあるような土器も作られていて、後の世に国宝の中空土偶を作る下地はしっかりできているようだ。


「ここは移住者の多い新しい集落ですが、近くにもっと古い集落もあります。この辺りの集落はどこもウェン・カムの退治に感謝しておりますので、ぜひお立ち寄りください。それに、向こうにお戻りになるのなら、ここより少し上流に温泉がありますので、そこで泊ってから朝早くお立ちになるほうがいいですよ。」


そういえば、現世でも大船温泉があったと思うが、この時代でもお湯が湧き出ているのかもしれない。


「それでは、明日は近くの集落に寄って、明日の晩は温泉に泊まることにします。」


「では、今日の夜は歓迎の宴を開きます。どうぞゆっくりして行ってください。」


俺とアシリクルは客人用のテントに案内された。

穴が掘られていないだけで、しっかりした木の柱が立っていてきちんとした草ぶきの住居だった。


夜の宴はこの時期の海の集落には珍しく獣肉の多い料理が並んだ。この時期はどこへ行っても貝尽くし料理だったので、嬉しいもてなしだった。

ただその理由は、この集落は新しいために狩猟・採集場のうち狩猟場はあるが、採集場で大量に貝類をとれる場所を持ってないのだそうだ。安定して採れる貝類はやっぱりこの時代には欠かせない食料だから、首長はかなり心配らしい。でも、俺の知っている限りでは、この集落もこれから1000年以上続くはずだから大丈夫だと思う。


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