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縄文転生 北の縄文からはじまる歴史奇譚  作者: 雪蓮花
第1章 神々より前 Before Gods 北のモシリ
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79.襲撃

ウス(有珠)からピリカノ・ウイマム(長万部近辺)までは2日の行程だという。この交易路は険しい山道が多い。しかも、途中の集落は少なく特に行程の真ん中あたりの泊まらなければいけないが、その区間は集落もなく山も険しく、野宿しかないらしい。


結局3泊ウス(有珠)の集落で過ごすことになったが、出発の日はあいにくの雨だった。

雨だと荷も重くなるし道もぬかるんで大変だが、アンヂ・アンパヤラ(黒曜石を運ぶ)も3日足止めをくらったので出発することにした。


全部で20人近い交易団になったからオオカミの心配はないだろう。

雨の中なんとか行程の中間ぐらいのところまできた。雨と風も強いので見晴らしの良い草原ではなくて、大樹の多い森の中で大きな火を3か所に焚いて交代で見張りながら寝ることにした。

今日は俺が先に見張りをしてアシリクルには先に寝てもらうことにした。


夜もだいぶ更けて、午前零時は過ぎたころだと思うが雨が止んできた。ただ相変らず風が強い。火がなかなか安定しないうえに、火の勢いが風で増してしまうので薪の減りが早い。薪が無くなるのを心配になってきたが、風も少しずつ治まってきた。


そんな時に、アシリクルの隣で寝ていた子犬がいきなり唸り始めた。

セタウチが飼っているアエニシテも唸り声を上げ始めた。

その唸り声を聞いて全員がすぐ起きて槍を構えた。


「アンヂ・アンパヤラ殿、風にあおられて薪が少なくなりました。全員かたまって、火を1つか2つにしたほうがいいかもしれません。」


3つめの炎のそばにいた人たちにこちらへ薪を持って寄るようにして、2つの炎を守ることにした。


タタルの飼っているアエニシテとその子犬たちは、様々な方向を見て唸り声をあげたり、時々吠えたりもする。

おそらく完全に包囲されているのだろう。

炎を背にしてもどうしても火の明るさに邪魔されてこちらからは見えづらい。


突然、アシリクルの前に子犬が飛び出して激しくギャンギャン吠え始めたとたん、暗闇からオオカミが飛び出してきた。アシリクルは槍を短く前に構えていたので、とっさに突き出した。

オオカミは「ギャンギャン」と短く吠えた後、再び暗闇に姿を消した。


「アシリクル。大丈夫か?」


「はい、ですが、仕留めそこないました。ピリカが助けてくれました。」


「名前決めたのか?」


「はい、美しく正しいというピリカにしました。」


いい名前だ。それはともかく、まだオオカミはこちらを狙っているようだ。


しかも、かなりの数の群れのようだ。群れのリーダー格を仕留めるか、リーダーを諦めさせるくらいの反撃をしないと難しいかもしれない。

それと、この時代に感染しているのかは不明だが狂犬病がこわい。

アシリクルはもちろんだが、他の知り合ったばかりの人たちだが、命にかかわるようなことがあったらと思うと、ここは覚悟を決めるしかない。


幸い、暗闇で何も見えない。


「アシリクル、行ってくる。」

「オホシリ様、お一人では・・・。」

「神の力を使うから見られたくない」

「はい・・・。」

「皆には何も言わず、後を追わないように頼む。ピリカもちゃんと抑えておくように。」

「はい・・・。」


俺は槍ともらった黒曜石のナイフとで闇夜に入った。


すぐにオオカミに取り囲まれた。

それでも、逃げずに周りを気にしないように、もっともオオカミの多そうな場所を目指す。

炎から離れたせいか、月夜だからオオカミの姿もうっすらながら見えるようになった。


オオカミの動きから群れのリーダーと思われるオオカミの前まで来た。

逃げずにずんずん進むものだから、オオカミのほうも警戒してグルグル回りをまわるだけだった。


リーダーの直前まで来た時に一斉にオオカミが飛びかかってきた。

まずは槍を一閃、何頭かの手ごたえがあったが不十分。

すぐに背後に1頭が飛びかかり首に喰らいついてきた。

牙が突き刺さる痛みは感じるが、絶対に耐えられないほどではない。

俺は槍を捨てて、もともと持っていたナイフと、もらったナイフを両手に持って、背中のオオカミの脇腹辺りを突き刺した。ほとんど同時に前からも飛び掛かられて、それも首を狙ってきた。かなりの手練れのオオカミたちだ。的確に動物の弱点を狙ってきている。

足に噛みつくものもでてきた。俺は一頭ずつ確実にナイフで仕留めていく。槍ともともと持っていたほうのナイフは毒も仕込んである。ウェンカムとの対決の後だが、俺独自に調合して作った毒だ。強力で即効性もある毒。

それでも、このままでは数に押されそうなので、俺のほうからリーダーと思われるオオカミに挑んだ。向こうも逃げずに向かってきた。正面から顔を狙ってきた。おそらく目を潰そうと考えたのだろう。だが、俺の顔にオオカミの獰猛な牙が届く前に、オオカミの腹に俺の黒曜石のナイフが突き立てられた。

その直後、何事もなかったかのようにオオカミの群れは霧散するように消えた。


炎のほうに戻ると、皆はまだ警戒していた。

いきなり突き刺されても困るので、アシリクルに声をかけてから明るい炎の場所に戻ったが、皆、かなりびっくりした様子でこちらを見ている。


「オホシリ様、お着替えとお体を洗う必要が・・・。」

ふと、自分の手を見ると赤黒い血で覆われていた。

「なんとも、手ごわい相手でしたが、こちらは無傷なのでご心配なく」

そう言って皆を安心させたが、さて、困った。


とりあえず、そのままの格好で朝まで過ごした。ヌルヌルの血糊が乾く頃、東の空が白んできた。すぐに、近くの沢に行き、体を洗い頭も洗って、着替えをする。


着替えはひとつだけ持ってきた。

塔の集落で、俺が転生して最初に作ってもらった狩衣風の服だ。

もし、どこかの集落で祭祀などに呼ばれたときの正装用で持って歩いていたものだ。


沢水で体を洗ってかなりすっきりした。

アンヂ・アンパヤラ「オホシリ様、もしかして、南の塔の集落で神降ろしに成功したと噂が立ちましたが・・・」


「人より少し丈夫なだけだから」

交易人に嘘をつくのはダメだといわれていたので、そういってごまかそうとした。

アンヂ・アンパヤラも何かを察したのか、それ以上は何も言わなかった。

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