22話 梓ハウスにご到着
「終わったー」
今日の俺は珍しく日曜日のボランティアに参加していた。
今回は学校のものではない、ガチボランティアである。近所の月1回の掃除に参加したのである。
俺はずっとこの辺りにいるし、この町は好きだから就職もこのあたりでしたい。となると、近所付き合いをしておくにこしたことはない。実際はいつも母さんが参加しているのだが、都合で行けないので、俺が来たわけである。
「お母さんー。今日はカレーが食べたいなー。もちろんニンジンは入ってないパターンねー」
「あなたねー。もういい年なんだから、好き嫌いは控えなさいよ……。成長できないでしょ」
「いいってー。これ以上成長しないほうが私には都合がいいし」
ふと右からとてもかしましい声が聞こえる。母親と子供の会話のようだが、子供はもう高校生くらいで割りと大きい。それでも仲良く買い物をしていたり、親に甘えているとことを見ると、いい関係のようだ。この前シャーベットの話を聞いたばかりだし、うらやましくも感じる。
「じゃあ嫁にもらってもらえないわよ。好き嫌いしてちゃ」
「そんなのはいらないし」
「そんなこと言って……、あ、そういえば1人いい人がいたものね……。その人はそういうこと気にしないのかしら?」
「ち、違うって! あいつはそういうやつじゃ……あ……」
「あ…………」
その仲のよろしい親子の子供は梓だった。そして、思い切り目があってしまった。
「あら、知り合いかしら?」
「あ、はい。俺は桐林樹と申します。梓さんとはクラスメイトで……」
「あらあらあら~。じゃああなたがあの樹くんかしら~。いつも梓がお世話になってます。梓の母親の瑞樹でです」
「あ、お母さんでしたか。俺のことは知ってたんですね」
「もちろんよ。この子が学校のことで話すのは、あなたのことか、恵梨香っていう子だけよ。しかも、恵梨香っていう子もあなたつながりで友人になったんでしょ」
「ええ、まぁいろいろとあったんですが。あ、この前は映画のチケットありがとうございました」
「いいのよ。梓が楽しそうで私はとてもうれしいわ。あ、この後時間あるかしら?」
「あ、はい。父さんも母さんも今日は出掛けてるのでどっか適当なところでお昼にしようとしてました」
「じゃあちょうどいいわ! 今からうちはお昼にするから、ぜひ来てちょうだい。お話したいし、この子も喜ぶわ」
「ちょっと! なんで私が喜ぶのよ!」
俺と目があってからは、お母さんこと瑞樹さんの後ろに隠れていたが、この発言は無視できなかったようで、突っ込みをいれる。
もちろん俺としてはお昼代も浮くし、ちょっと家での梓の挙動も気になるので、断る理由はない。
「あ、梓。俺が行っちゃまずいか?」
だが本当に嫌なら断らねばならない。
「べ、別にまずいとか嫌というわけじゃなくて……」
「じゃあ梓が断る理由はないわね。いらっしゃい!」
そして瑞樹さんのテンションは完全にあがってしまい、断るのが不可能な空気になってしまった。
「はい、どうぞ」
俺は梓の家に案内される。しっかりとした2階建ての一軒家だ。マンション暮らしの俺としては、あこがれる光景だ。
ワンワン!
そして家に入った途端、俺を歓迎してくれる家族がいた。
「おー、シロクマ! 久しぶりだな! 元気してたか!」
キャンキャン!
俺に突進してきて、しっぽを振って俺に体重を預けてくる。いかん、かわいい。
「あら、レスターがこんなになついてるのは珍しいわね。この子犬なのに、人見知りをするから、奥に引っ込んで出てこないのに」
「名前を間違えてる。シロクマじゃなくて、レスターだっての」
「いいじゃない。レスターが名前で、シロクマがあだ名ってことにしましょ」
「勘弁して……」
梓が俺と瑞樹さんの空気に押されて疲弊していた。なんか瑞樹さん俺の母さんに似てるな……。
「じゃあお昼ができるまで、くつろいでてね。レスターと遊んでくれててもいいから」
というわけで、俺はリビングに案内されて食事を待つことになった。
「えーと、どうしようかしら……、あ、桐林くんは苦手なものはあるかしら?」
「俺大体のもん大丈夫です」
「じゃあ肉野菜炒めでいいかしら……。あとはサラダと……。ごはんは炊けるから……」
「…………」
お、自然に梓も手伝いにいってる。瑞樹さんが何も言ってないのにキッチンに自然にいるということは、これはいつもの光景なのだろう。そういえば、うちに来た時も手伝ってたもんな。
トントントン。
耳に響く包丁の音。それをやっているのは梓だ。小気味いいリズムではある。
だが、明らかに音が長いのだが。野菜炒めに使う野菜にしては、切りすぎでは?
「……梓。ニンジンをそんなに細切れにしてどうするのよ…………」
そういえばニンジンが嫌いってさっき言ってたな。ニンジンを殺しにかかったか。
「…………、いや、大体このメニューにニンジンの必要性はないでしょ」
「いや、野菜炒めだから。ニンジンは入ってるものだから」
「野菜炒めでしょ! ニンジン野菜炒めじゃないんだから、絶対に入ってないといけないわけじゃないし」
「でもニンジンくらいしか、色が明るい野菜がないから、彩が地味になっちゃうでしょ」
「彩!? そんなことのために、ニンジンを入れるの!? ニンジンはビタミンCを破壊する成分が入ってるのよ! 危険よ!」
「…………ニンジンが嫌いなくせに、ニンジンを少しでも外させようと、ニンジンの勉強をするのはやめなさいよ……」
野菜炒め(豚肉入り)がメインなのはいいのだが、どうもニンジンについての話題が片付かないようだ。
「私が嫌いなのを知ってて入れないでよ……。ほかの野菜はちゃんと食べてるんだからいいじゃん!」
「今日はお客様がいるでしょ、彩は大事よ。ねぇ桐林君?」
え、こっち飛んでくんの?
「そんなことないよな! 彩が地味でもおいしいほうがいいよな!」
どんどん飛び火してくる。瑞樹さんおっとりしてるけど、やっぱり梓のお母さんだ。
「はぁ、いつまで経っても子供なんだから……」
「子供じゃない」
「そういうセリフは私の前に彼氏を連れてきてからいいなさいよね」
「…………うるさい」
あ、絶句した。これは梓の負けだな。
「というわけで、彼氏候補くん、ニンジン入りの野菜炒めをどうぞ召し上がってくださいね」
「はい」
俺は返事をした。
「梓、俺がニンジン多めに食ってやるから」
「……悪い」
そして一応梓にフォローもしておいた。普通に俺はニンジンが好きなので問題はない。
「もう、私があなたのころくらいには、もうキスくらいはしてたけど、あなたはあと10年たっても厳しそうね。あ、それとも桐林くんともういい関係が……」
「ねぇよ!」
顔真っ赤にして否定された。別にショックではないが、あまり顔が赤いと下手に勘繰られそうだぞ。
「すごくおいしいですね」
「それはよかったわ」
俺はさっそくご相伴に預かった。
結論、めちゃくちゃうまい。
俺の母さんもえらく料理上手だが、瑞樹さんも全く負けていない。
しゃっきりした野菜とか、味付けとか微妙に癖の違いがあったが、1番は独特の柑橘系の風味が料理からしたのである。
柚子かレモンのような香りがして、その微妙な酸味が食欲を誘う。
「それで、梓とはどんな出会いを?」
「公園で散歩してるときに出会いまして。そのあとクラスメイトということで、割と交流がありまして」
明確なところはぼかす。あまり具体的に言うと、梓が嫌だろうし、俺も嫌だし。
「本当にありがとうね。この子は女の子の友人は少ないし、男の子の友人なんて、小学校以来できたことがなかったの」
「そうなんですか」
「樹がやたらしつこかったんだ。それで無視できなくて、なんだかんだで今なんだよ」
「へー。じゃあ桐林君ももしかして」
「もう少し関係がよくなればもしかしたらですね」
「期待してるわ」
というわけで、俺はいろいろと瑞樹さんと話した。
ちなみにニンジンは俺がほとんど食った。
「今日はありがとな」
「いや……、むしろうちのお母さんがごめん。無理に誘っちゃって」
「いいお母さんじゃん。梓のことを気にしてて」
ちなみにものすごく瑞樹さんに気に入られたので、また呼ばれそうなレベルだ。俺のお母さんとは逆で、男の子の子供も欲しかったらしい。ただ、女の子より男の子が欲しいとは言わず、男の子も欲しかったという文は、うちの両親よりも優しい。
「……でもいいのか……」
「何がだ?」
「あんたは恵梨香のことが好きで頑張ってるんでしょ。私にあまりかまってると、恵梨香が勘違いを」
梓もか……。こいつらは。
「えーとな。まだそういう段階じゃないだろ。しゃ、橘とも梓とも友人関係ですらないだろ」
「……そんなわけないじゃん……」
「何がそんなわけないんだ」
「これだけいろいろ助けてもらって……、あんたのこと認めてないわけないでしょ……。好きとか嫌いとかはわからないけど……、一緒にいて嫌ではないわ……、それは恵梨香も一緒のはずよ……、じゃあね!」
そこまで言って、梓は家に引っ込んでしまった。
今あきらかに梓俺を嫌いじゃないって言ったよな……。え、そう考えるとシャーベットも俺を彼氏の振りさせる程度にはいいわけだし……、もしかして俺の作戦は前に進んでるのか。
冷静に考えてみれば、シャーベットも梓もかなり距離感が近くなっている、向こうが嫌いと言ってるし好きとは言われてないから、気づいてなかったけど……、きっと前進してるんだ。
ここから俺の頑張り次第か。よし、頑張ろう。
そして俺は岐路についた。




