15話 お祭り
「くそー。さすがに参加したくない」
時期は初夏の6月。梅雨と言えるこのタイミングだが、この6月中旬はよく晴れる。
そしてこの時期はお祭りがあるのだ。毎年毎年まぁよくこの時期だけ晴れるものだ。
相当な晴れ男が運営委員会にいるに違いない。早く委員会から去ってくんないかな。こういうことを考えるのはよくないことだが、いわゆるデートや家族連れは俺には優しくない。
ジョニ男はほぼ確実に用事がある。参加してもいいが、俺の居心地が悪いので参加したくない。
かといって、男メンバーだけで行ってもさみしいので、基本的には俺には関係ない。
俺の仕事は当日の晩御飯を購入しに行く用事だ。両親は祭り好きなので、2人で行く。
小さいときは俺も一緒に行っていたが、さすがにこの年になると両親と一緒に行くのはぼっちより恥ずかしい。
とは言っても祭りの雰囲気は好きだし、祭りならではの食べ物はありといえばあり。
さて、焼きそばやらお好み焼きやら、何にしようかなー。さっさと購入して雰囲気だけ楽しんで家で飯だ飯。
「しかし、割と1人で来てるやつもいるな」
俺の気にしすぎだろうか。でもやっぱ知り合いに会ったら気まずいしな。俺だけならいいけど、相手を気まずくさせるのは悪いし。こういうことを考えるのが面倒くさいから嫌なんだよ。
「…………、そしてまた面倒ごとがありそうだ」
焼きそばの屋台の前で、数人の男が女子に絡んでいる。あきらかに女子は迷惑そうだ。
その女子が俺に何の関係もなかったら、俺は無視する。関係あっても通常は無視する。俺に関係ある女子はほぼ全員ジョニ男のファンである。俺にメリットがない。こんなことを考える俺はクズか。
だが、その女子がそのほぼジョニ男のファンに該当せず、それでも俺に関係し、しかも目があったら無視できない。
大きな碧眼の瞳で俺に助けを求めたいのだが、それはプライドが許さないのか俺を見ては目を逸らし、そしてまた見るみたいなことをしてるから余計に目があう。しゃあない。
「よっす、シャーベット。ここにいたのか」
「わ、私はシャーロットよ! シャーベットじゃない! というか名前で呼ばないで!」
とまぁいつもの恒例行事をかまして自然にシャーベットに話しかける。
シャーベットもいつもの返しをするのだが、いつもは本気で嫌な表情をして少し距離を置くのだが、今回に関してはちょっとうれしそうに、しかも俺の後ろに来る。なにこれ可愛い。
「ちっ、やっぱ彼氏持ちか」
「仕方ねぇよ。そりゃ美人だもん。相手は普通だが」
「シャーベットとかいうよくわからんあだ名を受け入れられてんだぞ。そこそこ深い仲に決まってるじゃん」
そういうとナンパ3人組は離れていった。ナンパする人間は尊敬できる。俺もまだまだ挑戦中だからな。
しかも見た目ほぼ外人のシャーベットをナンパできるというのは相当の勇気があるに違いない。超リスペクトしたい。
「あ、あらー。桐林くんは1人かしらー? こんなところで会うのは偶然ねー」
そしてはっとすると俺から少し離れて目を逸らしてよくわからないことを言う。というか、シャーベットは浴衣じゃなくて、私服か。この前見たけどこいつは暖色系の服が多いな。金髪碧眼と対比的で妙に似合う。
「橘も1人か?」
「え、ええーと、さっきまで一緒にいた子がいるけど、帰っちゃったのよー。で、今帰ろうとしたら絡まれちゃってー」
こいつこんな話し方だっけ? どうも棒読みだし。
「そうか、じゃあ俺もなんか買って帰るから、また絡まれる前にさっさと帰れ」
俺は至極まっとうなことをいう。
「えーと、でもー。この後家で食べるのよねー?」
「そりゃそうだ。何が悲しくて1人で祭り会場で食わなならん。誰かと一緒ならまだしも」
「そ、そうよねー。私もそうしようと思ってたけど、祭りの食べ物はこの雰囲気で食べるのが1番じゃない?」
「それはわかる」
正直言うと、祭りに限らず、テイクアウトではその場で食べる空気を味わうことができない。そこで食べるから美味しいというのはある。
「だから、不本意だけど一緒に祭りを歩きましょうよ!」
「は?」
まさかのあちらからのお誘い。……と都合のいいことは考えない。また食い気か。1人でいると何もしなくても目立つのに、さらに食べてたら余計目立つ。いわゆるスケープゴートだろう。
だってすでに視線が俺のほうに向いてるんだもん。妬みと嫉妬の視線で。明らかにさー。
しかしそれ以上になんだろうこの高揚感は。さっきまでうらやましく見えてたカップルとかが、そう見えなくなってくる。
むしろあっちの彼氏とかがこっちに目線を向けてきて、彼女に怒られてるし。こういう光景って普通にあるんだな。なんと晴れやかな。嫉妬の視線が全然痛くない。むしろ心地よい。
「め、迷惑かしら?」
「い、いや、別に断らんし」
「そうね! 1人さみしく夕食を食べる桐林くんにしょうがなく付き合ってあげるわ」
「へいへい」
もう慣れてきた。
というわけで奇しくも俺の願いが叶ってしまった。お祭りデートである。
「えーと、あれとこれとそれと」
「おい、まだ買うのか?」
「何言ってるのよ。お祭りは買い食いが醍醐味でしょ」
「それはさっきも聞いたし、俺もわかるけどさ」
量がおかしい。
焼きそば、オムそば、モダン焼き、焼うどん、ラーメン(持ち歩きできないので、すぐ食ってた)がすでに彼女の両手に抱えられて、パンパンである。量もおかしいが、麺類に偏りすぎだ。
「もっとほかのものも食べろよ。麺ばっかじゃあきるだろ?」
「何言ってるの? 麺類が飽きるはずがないじゃない」
「そんな真顔で言われましても。橘はラーメン以外も麺類が好きなのか?」
「そうね。麺類が大好きでほかのものが大好きというところかしら?」
「なるほどわからん」
要するに好き嫌いがないいい子ということだ。
「桐林くんこそ、そんなパン類ばかり食べて飽きないの?」
俺の手元はベビーカステラ、サーターアンダギー、タイ焼き、今川焼である。ちなみに量は普通だ。あとこの辺りをパン類というかどうかは加減が難しい。俺はパン関係をすべて愛していますので、近いものはみんな好きである。タイ焼きは特に好き。しっぽにあまりあんこが入っていないあっさりとしたタイ焼きが好き。
「箸いらないから楽だしさ」
「そうかしら? そんな甘いものばかりじゃ食べた気がしないんじゃ?」
「余計な心配だ」
「おいお嬢ちゃん! サービスするからこっちにも来てくれ!」
「こっちは安くするぜー」
さて、シャーベット人気はかなりのものである。
単純に量がすごいので、いいお客様というのもあるが、シャーベットは屋台で複数購入すると、そこで1つ食べる、しかもまぁ美味しそうに。
それがいい広告になり、ほかの人もそこに行く。シャーベットが食べているのは、比較的どこでも出るようなオーソドックスなものだから、購入する側からすれば、どこで買っても大した差はない。となれば、シャーベットの宣伝はその差を大きく広げるものだ。シャーベットの両手にものがたくさんあるのは、サービスで何品かもらっているのだ。しかもこいつ断らない。
大方回ったので、Uターンして元の場所に戻ろうとしているのだが、シャーベットが買った屋台は焼け野原と化している、いい意味で。
その帰り道にお礼でものをもらってせいで、さすがにシャーベットの食べるペースにもらう量が追い付かなくなってしまった。
「ごめんなさい。桐林くんにも持ってもらっちゃって」
と、いうわけで俺も焼きそばやらなんやらを持つ羽目になった。
「どうしようかしら? 食べるのは問題ないけどちょっと邪魔ね」
「食べるのは問題ないのか?」
「ないわ」
きっぱり言いやがった。俺この量あれば3日くらい生きてけるんだけど。
「あっちのほうが空いてるから座って食うか」
「ええ、そうね」
というわけで、お祭りの喧騒や空気は味わえる程度の場所に腰かけた。持って帰るという選択肢がないところが恐ろしい。
「んー、美味しいー」
じっくり味わいながらも次々と空の入れ物がなくなっていく。
俺がタイ焼き1個食う間に、パックが3つなくなってるんですけど。フードファイターじゃん。
「ふぅ、食った食った」
俺はベビーカステラを残して大方食べる。家ならいいが、あと歩いて帰るのに腹八分目にしておかないとな。
「うん、美味しかったわ」
シャーベットは、焼きそば8パック、オムそば4パック、焼うどん6パック、モダン焼き4パック、そしてその場で食ったラーメン3杯を平らげた。まだ焼きそばが1パック残っていて、それを食べながらおいしかったと言っている、もうそれは終わる前提ですか。
しかし、この量を食べてもやっぱりお腹が出ないな。胃が膨らみやすいというわけでもないとすると、やはり構造がわからん。
「何見てるのかしら?」
「え、あー、焼きそば旨そうだなって」
いかんいかん、ちょうど視線がお腹から胸辺りになった。変なことを言ったら、殴られかねんから、適当にごまかしておこう。
「ほらやっぱり、甘いものだけじゃ満足度が足りないのよ」
「辛い物ばかり食べてる橘に言われたくない」
「いいのよ。炭水化物は糖分が取れるから。焼きそばちょっとあげるわ」
そういって、俺に焼きそばを渡してくる。
「いや、俺箸もってねぇし」
俺の買ったものは手づかみで食べられるもの。箸はもらっていない。そして、律儀なシャーベットは箸を1本しかもらっていないので予備もない。
「じゃあ私のを使っていいわよ」
「へ?」
と、箸を差し出してくる。何言ってんだ?
「何? あ、私はそういうの気にしないわよ」
いや、俺が気にする。というか、貞操観念強そうなのに、なんで急にフランクやねん。少しは気にしろ。
しかし正直興味があることも事実。甘いものばかり食ってたから塩気は欲しいし、何よりシャーベットがめちゃうまそうに食ってるからそれ以上に美味しそうに見えてはいた。
「もう! いいって言ってるじゃない! じれったわね」
そして俺に手に箸を握らせてきた。
仕方ない、ここは妥協して反対側で箸を……。
「そんなことしたら、手が汚れるでしょ!」
「いや、でもさ」
「もう! ほら」
そして箸を俺から奪い取り、焼きそばをすくって俺の口に突っ込んできた。いやん、アグレッシブ。
スタイリッシュあーんみたいな感じだし。焼きそば食ったのかよくわからんくらい緊張した。
そしてそのまま半分ほど残っていた焼きそばをもらった。普通にシャーベットの箸で。いいのかな。
お礼にカステラを少しあげたら、それも満足そうに食べていた。
ん? 口元にソースとマヨがついてるな。
「おい、口についてるぞ」
「ん?なんのこふぉふぁひふぁ?」
カステラをハムスターみたいに口にいれていて、俺の言葉に首をかしげる。かわいいからやめろ。
「ああ、もういいや。ほれ」
「あ。ちょっと」
俺は失礼承知でシャーベットの口を持っていたポケットティッシュで拭いた。
「ひゃんっ!」
なんだその声は?
顔を赤くしてるし、やっぱ怒られるかな。普通に指摘すればよかったか。
「……ありがと、はしたないところ見せてごめんなさい」」
え。めちゃ普通に礼言われた!
「あはは……」
「う、うふふ……」
その微妙な空気にお互い乾いた笑いでごまかすしかなかった。
そして、彼女を家の近くまで送り、おそらく俺の史上最高の祭りは終わった。




