やっとのことで大団円(?)
ビアンカは驚きにしばらく声を失っていた。
何日ぶり、いや何ヶ月ぶりだろう? 父親の顔を見るのは。
広島で1人暮らしを始めてからもう何年も経つ。年に一度か二度、それこそ年末年始に会うか会わないか、という程度なのに。
借りている部屋のチャイムが鳴った時、おそらく刑事だろうと思って迷いなく扉を開けた瞬間、思いがけない顔が見えてひどく驚いた。
「パパ……」
「……遅くなってすまなかった。怪我の具合はどうだ?」
「え、えっと、あの……」
とにかく中に入って、とビアンカはドアを大きく開いた。すると再び驚いたことに、父の後ろに刑事が立っていた。
「ビアンカさん、こんにちは」
高岡聡介。自分の父親と比べてみると、彼がとても若く思えた。
「お加減はいかがですか? これ、お見舞いです」
そう言って彼が差し出してくれたのは、ピンクのバラとピンクのガーベラ、そしてかすみ草をあしらった小さな花束である。
「話はすべて聞いた」
父は昔からそうだが、余計なことはほとんど言わない。
「たいへんだったな、いろいろと」
「ええ、大変だったわ……いろいろと」
会話が続かない。
とりあえず、お茶でも淹れよう。
「ママが心配していた。ドイツに住む方がいいんじゃないかと、そう言っている」
「……」
湯が沸くのを待っている間、そろそろ会社に戻る、と父は言い出して立ち上がった。
「待って、パパ!」
彼は動きを止めた。
「私はお前に何も強制しない。すべて、自分で決めなさい」
父はそう言い残して、本当に出て行ってしまった。
「……ビアンカさん。少し、外に出られますか?」
刑事が言い、ビアンカは了承した。
外は快晴である。しかし気温は低く、空気は乾いている。
「ビックリしました……まさか、父が来るとは思っていませんでした」
今でもまだ、少し信じられない気分だ。
「私が、無理矢理連れてきたんです」
聡介が笑って答える。
「え……?」
「どうやら、あなたもお父さんとのことで何か悩みを抱えておられるようだったので。余計なお世話かと思いましたが……」
余計なことなんかじゃない。
ビアンカはそう言おうとしたが、声にならなかった。
幼かったあの頃。彼女に音楽の才能がないとわかった時から、父は自分を見限った。
ただ血がつながっているだけの関係。
娘が怪我をしたと聞いても、彼は連絡の一つ寄越さなかった。別に、そんなものだ。彼にとっての優先順位は仕事、音楽、家族のことはその後ぐらいなのだから。
もしかして、この人の良さそうな刑事もそうだったのだろうか?
「……西島進一のことですが……」
「ねぇ、どれぐらいの罪になるの? 何年ぐらい、刑務所にいることになるの?」
「ビアンカさん……」
「私は、いろいろ知っていることを隠してきたわ! 私だって、逮捕される資格があるでしょう?」
聡介は苦笑する。
「あなたは……何も、悪いことなどしていませんよ」
「でも……!!」
しばらく歩いていると、一台の普通車が止まっているところに到着した。
運転席に座っているのは確か、和泉だ。
ビアンカ怪我の原因を作った女の……元夫。
彼は運転席から降りると、すぐ近くまで歩いてきた。
「ビアンカさんに改めて、お詫びを申し上げようと思いまして」
真剣な顔でそう言う。
「本当に、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げられ、ビアンカは戸惑ってしまった。
「もう、それはいいの。それよりも……私もあなたに言わなければいけないことがあるわ」
頭をあげた和泉は不思議そうな顔をする。
「美咲の弟を助けてくれて、ありがとう。もしあの子に何かあったら、私は……大切な友人を失くすところだったわ」
和泉は微笑んだ。
優しい笑顔だった。
その時、携帯電話が鳴りだした。応答した和泉はなぜか急に青ざめ、こそこそと車の向こうに隠れてしまう。
「ビアンカさん。時々はお父さんに、連絡してあげてください」
突然、聡介が言った。
「え……?」
「どうやら私の見たところ、お父さんは本当は娘が可愛いのに、上手く口に出せずにいる不器用な人のようです」
「そうでしょうか……」
「そうですよ。ただどうも、お互いになんと言うか遠慮がちというか……距離を推し量っているような感じがします。そう言うのは日本人だけだと思っていましたが」
「どうして、そんなことがわかるの?」
ビアンカは彼を見つめた。
年齢はおそらく……だが、自分の父親よりも少し若いぐらいだろう。
「同じ匂いを感じるから、ですよ。私にも娘が2人いましてね」
なんだ、既婚者なのか。
がっかりだなぁ……。
あれ?
……今の何?
※※※※※※※※※
「これでわかっただろう? 周。大人しく僕の言う通りにするんだね」
「……」
「もう二度と、あの人達に関わらないって約束しなさい。いいね? 今度また同じようなことがあったら……今度こそ、助からないかもしれない……県警に入るなんて、バカなことは言わないでくれ……あの人達は命の駆け引きに慣れているのかもしれないが、君はただの……」
「賢兄……?」
「とにかく……もう、これ以上……は……」
「賢兄?! どうしたんだよ!! しっかりしろ!! 姉さん、救急車呼んで!!」
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!!




