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il pazzle  作者: 橘颯
2/5

No.101~No.200

101. AM 12:00-着ぐるみステップ


真夜中十二時。

軽やかに尻尾を揺らし、オーズィーが歩いている。

黒猫の姿は月明かりに朦朧と浮かび、恰も本物の様。

硝子の目も金色の光を放ち、瞳孔が円く太る。

黒い望月に、思わず目を擦った。

オーズィーは此方を気にせず、尚も歩く。

背中のファスナーを光らせて。


102. AM 1:00-迷い路三叉路


店を出たのは一時頃。

ほろ酔い加減、煙る視界。

ふと入り込んだ隘路。

細く捩じくれた階段を見付け、這う様に登る。

登り切った先は行き止まり。

飾り窓の奥で女が誘う様に手を伸べる。

歩み寄り掛けた刹那届いた、猫の鳴聲。

一つ瞬くと、水路の縁でOZに襟首を掴れていた。


103. AM 2:00-霧中の余情


バルの席に掛けた儘、瞬きは逓減を続けていた。

乳白の靄が球体の骨の中を巡り、奈落へと誘う。

眠い。

夜も二時を数えたからな。

隣の男が云う。

OZは何処へ。

疑問は柔く遮られた。

お眠り。

瞼に掛かる掌。

指の間から覗く逞しい顎の輪郭。

此の上を望まない様、意識を落した。


104. AM 3:00-裸眼の視角


全てが闇染まる午前三時の習慣。

傍机の上。

輪郭の融けた搗色の塊。

眼鏡を掛けず手探りに、波打つ表面を開く。

仄か漂う潮の香。

膨らんだ紙を伸す様に這わせた掌に、微かな凹凸。

遊び紙に銘まれた二つの名前。

オーズィーが見付けて呉れた昔の名残を、指先で慈しみ乍ら眠る。


105. AM 4:00-継ぎ接ぎカーテン


溜まった書類を片付けて時計を見れば四時。

苦心して作ったカーテン。

其処から漏れる青光に、慌ててベッドに潜り込む。

OZが引掻いた様な、とはノイさんの譬え。

確かに鉤裂きに似てるかもな、と思いつつ目を閉じた。

陽が否応無しに突き刺さる前に眠っちまわないと。


106. AM 5:00-靴紐の反抗


五時開催の朝市に新品の靴で行く。

満足してたのは初めだけ。

何故か解けて仕方無い靴紐を結び直す事十回。

もう潔く靴を脱いで素足になってやったわ。

……男らしいですって。

此の美しいペティギュアが見えないの。

周囲を睨め付けると、そそくさ逃げ出すOZの背中が見えた。


107. AM 6:00-鏡の裏側


ベランダにて。

白む空の下、烟草を燻らす。

君は未だ眠りの底。

僕は一人、夢の残滓を辿る。

今傍に居ない事も。

嘗て一緒に居た事も。

均しく胸に抱いて生きる。

其れをきっと赦せる様になった。

六つ鐘が鳴り終え、余韻を受ける背に掛かる声。

本当に? 水路でOZが笑っていた。


108. AM 7:00-枕にお願い


ぽんぽんっと枕を叩いたのを覚えてる。

起きたい時間分、七回。

教えて貰ったおまじない。

枕さん起してねってお願いして寝た。

はずなんだけど。

気付いたらオーズィーの膝の上。

黒猫はにんまり笑って、私を放り上げる。

びっくりして叫ぶとベッドから落ちた。

あ、七時の鐘だ。


109. AM 8:00-何時もの角


スタンドの親父から新聞を買い、ダイナーへ入る。

三叉路を見渡せる席。

八時丁度、通行人を眺め乍らの朝食も何時もの事。

追われる男。

肩車の親子。

禿頭の眩しい走る男。

ヒールの音も高らかな女。

シルクハットを被った猫の着ぐるみ。

代わり映えの無い光景。

今日も良い日だ。


110. AM 9:00-揃わない片割れ


何時も不思議だ。

九時の鐘に合わせた訳じゃ無かろうが、卓上に残る九足に首を捻る。

色も形も違う、見事に片足だけの靴達。

左右二足、揃ってこそ靴。

だから、モビィが吐き出すのも分かるんだが。

其れなら、もう片方も落ちて来て良い筈だろうが。

OZの中身同様、謎だ。


111. AM 10:00-椅子から逃亡


窓外をOZが釣竿を片手に過ぎるのを見て、決意した。

この上天気に出ないなど、どうかしている。

しかし。

港に浮かびたいですか。

腰を浮かし掛けた途端、爽やかな笑顔を伴う聲。

昨夜の名残は微塵も無い。

降参とばかりに手を上げた。

未だ十時。

君とのランチ迄我慢しよう。


112. AM 11:00-谺すディンドンベル


時計の針は容赦なく時を切り刻む。

私も同様に、材料を刻んでは炒めたり煮込んだり。

十一時迄後五分。

終には鳴り出す、カウントダウンの様な鐘音。

猫の手でも借りたいわ。

OZの手なら尚更。

市での事を思い返しつつ、仕上げに取り掛かる。

ランチタイムはもうすぐ。


113. PM 12:00-ケチャップの憂鬱


十二時になる前に駆け込んだダイナー。

窓越し、OZに手を振った君が小さな悲鳴を上げた。

カーディガンの胸元。

食べ掛けのパニーノから落ちた赤い滲み。

慌てて脱がせ、濡れたナフキンで叩く。

大丈夫。

僕は怒ってなどいないよ。

ただ、左胸に赤色を見たくないだけだ。


114. PM 1:00-微睡む帽子


鍔影から覗く空間に現れた物。

翳り一つ無い水色[すいしょく]の眼。

太陽を写したかの如く眩い金髪。

空と海、そして陽。

全ての色を携えた、正に此の街の申し子。

そんな男がOZに担がれ、騒々しく喚いている。

促されて身を起こせば、もう一時。

昼休み終了か。

ありがとよ。


115. PM 2:00-スープ・オペラの困惑


午後二時。

定例の騒動の後、扉の外には鍋を持った女。

作り過ぎたから。

未だ腫れの残る瞼を隠そうともせず云う。

押し付けられた一人分には多いスープも毎度の事。

だが、安手のドラマの役者になる気は無い。

さて、其処で覗いているOZ君。

少し持って行かないか。


116. PM 3:00-空ろに入れる


シャッターの動かないカメラを手に、ファインダーを覗く。

先ずは名物の着ぐるみ氏。

ぱ、しゃ。

効果音は自分の口から。

手元に残らない光景を硝子越しに捉える。

遠い光の中、三時のお茶を楽しむ親子に向け、又密やかにシャッターを切った。

脳内に空いた儘の洞へ蔵う様に。


117. PM 4:00-窓の向こうで


百花繚乱とは此の事だろうか。

仕事も途中な午後四時。

妙に浮き足立つ、外出序での寄り道先。

硝子越し、手招く色彩に目も泳ぐ。

……良し。

漸く選んだジェラードを一掬い。

口に運び掛けた所で刺さる視線に、店主からもう一つ紙カップを貰う。

口止め料を受け取れ、OZ。


118. PM 5:00-ドーナツの縁


もうビアが恋しい五時。

辺り一面橙色に染まる中、寄り添う影を見付けて隠れた。

尊敬する人と片思いの相手。

口惜しいが似合いだ。

じくりと、体幹の中央に空いた穴の縁が痛む。

項垂れる俺の穴の上を、オーズィーが慰める様に叩いて行った。

……本気でアイちゃんを狙うか。


119. PM 6:00-旅鳥はゆく


夕方六時、昼夜の境界。

潮風に乗り、舞う鳥を見ていた。

翼を膨らませ、暮れ滞む空に紅染まり乍ら、彼等は島から離れて行く。

鳴聲も次第に遠くなり、残照の矢が呉れた最後の一射しに眩うと、易く見失った。

彼等は何処迄行けるだろう。

……何処にも。

OZが紅い爪を舐めた。


120. PM 7:00-来るべき13番目


七時の鐘を待って聖堂の扉を閉めた。

薄闇に閉された室内で、先代の神父が今際の閉ぢめに行った告解が甦る。

――OZが私を神父に仕立てた。

詐欺師の私に空の聖堂を与え、管理人にしたのだ、と。

私も又、先代と同じ様に此の教会を受け渡すのだろう。

又別の罪人へと。


121. PM 8:00-諦観する象徴


眼下の光景は唯円い眼の表層を辷るのみ。

人が増えたかも知れない。

街が栄えたかも知れない。

少しずつ変化し、昨日と同一ではない街。

だが、決定的には変われない街。

遥か上空を翔る風に乗る聲一つ。

背に座す黒猫に構わず、モビィは八時の鐘鳴らす時計台の上を旋回した。


122. PM 9:00-歌うバスタブ


お風呂の中で口ずさむ、オーズィーに教えて貰った歌。

次はどうだったっけ。

歌詞を忘れてごまかそうとしたら、九時の鐘と一緒にお隣から続きが聞えて来た。

耳を澄ますと、他にも歌ってる人がいる。

街のあちこち、お風呂でシャボンみたいな虹色の声が弾けるのを想像した。


123. PM 10:00-調子外れの恋歌


真実の夜が始まる午後十時。

バルの片隅。

OZに退いて貰い、くすんだ赤天鵞絨の椅子に掛ける。

奏でるはホンキートンクピアノ。

何、こいつと同じ様に誰も彼もどうせ何処か調律が狂ってるんだ。

だから其の賢い顔を捨てておいで、お嬢さん。

いかれた歌が気に入ったなら。


124. PM 11:00-橋を渡ったら


街を縦横無尽に走る水路。

ならば必然、橋も又無数に。

毎夜何処かで新たな橋が架かる。

……さて、橋は境界の象徴だと御存知か。

彼方と此方に架渡された形は又、彼岸此岸を繋ぐ形でもある。

只今十一時。

後一時間で『今日』の境。

此のOZが居る此方へと、君は渡れるかな。


125. AM 12:00-止められた時計


卓上の螺旋に指を伸ばせば、手ごと払われた。

厭に軽い音を立て、落ちた螺旋は何処かへ。

夜影に紛れて行方知れず。

十二を指す針は鼓動を止め、終幕の時刻も見失う。

さあ、もう静かに。

重なる唇は甘く。

肩越しに覗く、OZの目に似た月。

幸福に怖じる指が窓帷を引いた。


126. そんな寓話


『私』はOZですが、『俺』はWZでした。

道化だったり、案内人だったりしました。

其れは昔の事でもあり、つい昨日の事でもあります。

でも今は、猫。

オーズィーは手をぽふと合わせる。

だから明日が今日の続きとも限らない。

開いた掌にはお魚。

ホラです、って飲み込んだ。


127. エンド・オブ・ストーリー


一応、親切の心算です。

悪びれも無く彼は云う。

あの親子は幸せそうに見えませんか。

黒天鵞絨の手からパン屑を零し乍ら。

着包みの表情は平坦で、何の感情も覗かせない。

足元で鳩は無心にパンを啄む。

其れの何が不可ないのです。

硝子の目は風切羽を見ていた。


128. オン・ザ・クラウド


此の街では少し雲が低いらしい。

地面の上、ぽつり、ぽつり、落ちる黒と白。

君は水溜りに浮かぶ白雲と、煉瓦を染める雲影とを交互に渡る。

浮島を渡る様、時に助走を付けながら。

僕は地上に留まった儘、宙を飛ぶ赤い長靴を追い掛ける。

時に落ちる君を雲に戻し乍ら。


129. サテッリッザーレ


工房に転がっていた木材二つ。

君に乞われて色を塗る。

出来上がったのは青い星一つ。

淡黄色の星も一つ。

家の窓辺に糸で吊るした。

木製の衛星は天窓の隙間から入って来た風に触れ合い、からから音を立てる。

青い方が大きいからパパよ。

そう君は云うが。

本当は、違う。


130. ジェンティルウォーモ


パパの頭には白髪がぱらぱら。

そのうち真っ白になっちゃうかも。

でも、パパはコトリさんみたいになりたいんだって。

きれいな白にはなれないだろうけど、出来るだけ白くなってみたいって。

目指せ老紳士だね!

って親指立てて言ったら、コーヒー噴出しちゃった。


131. パドゥローネ・デラ・リブレリーア


本屋さんの隅にあるのは、革張りのトランクみたいな本。

多分、お嬢さんの歳よりずっと長く居るんじゃないか。

そうケイさんは言う。

大きいし、重たいし。

何より高いから皆こっそり読みに来るの。

って、エイさんは本に挟まってる栞達を見せてくれた。


132. インディチェ


赤ちゃん指は約束の指。

お姉さん指は恋人の指。

でも神父さまはお母さん指が一番大事だったんだって。

とても大切だったから人にあげた。

大変な思いもしたけれど、失くした事が嬉しかった。

って言って、目を細める。

綿を詰めた指を見る神父さまは、本当に嬉しそうだった。


133. ブルーノ


白じゃないのね。

指先迄黒染めの男を見て、君が零した疑問。

黒は全ての色を内包するが故に黒。

白は全てを含まぬから白。

で、あるならば。

総ゆるモノを受容する此処には黒装こそが相応しかろうとは詭弁、だが。

実際は目立たない故。

何が、とは云わず、神父は唯十字を仰いだ。


134. トゥラッターレ


手当て、と云うのは。

文字通り、手を当てる事。

其れが一番肝要なの、とロラは云った。

医者に見せるのも、薬も、そりゃあ大事だけれども。

本当に大事なのは、痛みに手を添えてあげる事。

眠りに落ちた君の腹に手を置いた儘、聲を反芻する。

僕の手は未だ触れられるのか。


135. ブルボコディウム


案外未練は無い、とは本屋夫婦の談。

其れは彼等が、二人揃っての珍しい『落下者』だからか。

強いて云うならヒサギの事かな。

レヂ傍に飾った喇叭の様な花を見つめ、夫君が零す。

唯の想い出にしてくれてれば良いけど。

貴方もそう思うでしょう。

妻君の透徹な目が云う。


136. 吹き溜まるもの達


道の隅に小さな砂とゴミの山。

少しずつ風に運ばれて溜まって、そこから何処にも行かなくなったもの。

溜まり過ぎて捨てられるか、チリになるまで。

この街のミニチュアさ、ってルーカは言う。

あっちこっちから寄せ集って、ここに居る。

小さな私たちを手の平に包んだ。


137. 街角の落書き


物語は決して終わらない。

三文字とカンマで終を突き付けた心算でも、物語は其の先へと進行を続ける。

終了の文字は単に『語り手』の交代を示しているに過ぎない。

どの人称であれど其処に『語り手』が存在する以上、乗り換えて継続するのである。

物語とは、感染性の病だ。


138. パラーボラ


茨姫の糸紡。

白雪姫の林檎。

人魚姫の尾鰭。

灰被り姫の硝子靴。

夜毎繙かれる物語に登場する物。

少女は眸を煌かせ、淡い嘆息を零す。

素敵ね、と憧憬を聲に乗せる。

狼、であろう僕は其れに穏かな同意を向けるだけ。

君の御伽噺は未だ御伽噺の儘。

此れから先も、自ら気付く迄。


139. 逢魔が時に待つ


パパは本当は優しくなんかない。

今日も一人でどこかに出かけてく。

私は良い子の顔でお留守番。

暫くしたらお土産を持って帰って来る、けど。

多分、私が居なくても気にしない。

ただ、お土産をゴミ箱に捨てるんだ。

でも、私は待つの。

まだ、要らない、って言われて無い。


140. 独り善がりは程々に


ケーキにココア。

縫い包みにリボン。

硝子球の指輪にレースのハンカチ。

手当たり次第、思い付く儘に買い与える。

そうすれば喜ぶから。

だが。

アイちゃん、其れが好きなのか。

或る日レッシに云われ、初めて気が付いた。

僕は聞いた事が無かった。

君の好きな物は何だ。


141. オルタナティヴ


リストランテでメニューを近付けたり、離したり。

暗いから見にくいのかな。

そう思ってたら、もう眼鏡が必要だね、とパパは言った。

年を取れば誰でも見えづらくなるんだ、って。

だから、代わりにメニューを読む。

私がパパの目の、ううん、目以外の代わりにだってなる。


142. 道理未開通


無理だ、と云う。

懇願に耳を貸さず、唯無理だと。

無理でも少しは如何にかなるんじゃないか。

そう食い下がる男に向け、首を横に振る。

駄目、ならば出た目が悪いだけで次回もあるだろう。

無理、は理自体が無いのだから如何ともし難い。

諦めろ。

此の限定ケーキは僕と娘のだ。


143. 招歌高らか


朝から街中に降り注いだのはモビィの歌。

何時もと違う声を聞いたみんなが忙しく動き出す。

嵐が来るよ。

大きな嵐が。

大急ぎで家中を板で覆って、街で一番高い教会に避難。

歌うから来るのか。

来るから歌うのか。

考えてる内に歌は聞こえなくなった。

後は風と海の唸る声だけ。


144. プレゼンテ


黒猫に鴉の羽、切れた靴紐。

立て続けの小さな不幸を語った後の事。

一寸此所に座ってくれ。

そう乞われ、アイちゃん愛用のクッションに腰を下ろす。

――此れで娘の不幸が全て移った。

重々しく云ってのけたユウに嘆息一つ。

迷信を信じるのも何だが、俺の扱いも酷過ぎないか。


145. 除けきれぬ不純物


生きているから、失う。

生きているから、手に入れる。

何方が幸せなのか。

出会わなければ失わない。

けれども、知る事だって出来無い。

そう、知らない儘で終わってしまう。

指先に絡む掌の小ささも。

高い体温も。

此方が『仕合せ』と繋ぐ手が云う。

僕は唯君の手を包む。


146. 痺れる腕と脳の重さの話


右腕を庇う姿を契機に聲は流れる。

脳の重量は大凡1200から1400g。

男の方が女に比べて重い。

又、7歳児辺りでは既に成人の90%の重量迄生長する。

感覚の鈍っていた右腕を擦り乍ら、ユウは淡々と語る。

要するにだ。

あの子に腕枕してて痺れたんだな。


147. カタリテ


時の流れは可逆。

止まる事も無く。

決して一定方向にも流れず。

跳躍や前後を反復して変化を続ける。

モザイク。

カレイドスコープ。

トイボックス。

否、パズル。

てんでに散らされた其れを正しく組み合わせた時、浮かび上がる絵は何か。

街の住人は見得ないが。

かたる猫は消える。


148. 灯輝祭


教会で貰った籠の中には、まだロウソクだけ。

ルーカにお願いして、一番最初にパパの所に行く。

良かった。

玄関にロウソクが置いてない。

ベルの音で出て来たパパに、いっせーのでおまじないを叫ぶ。

ドルチェット・オ・ルーメット! パパはロウソクと交換にキャンディをくれた。


149. パラゴージュ


聞いた所に拠ると万聖節に収穫祭、盂蘭盆。

『落下者』達が知る様々な祭りを一纏めにした物だとも云う。

玄関の隅で、君が持って来た蝋燭は緩々融ける。

青い焔に炙られて崩れる白い鯨。

『落下者』は鯨に乗り彼の地へ。

生来の者は灯を導に帰る。

今日は死者が街に溢れる日。


150. 食べ掛けトルテは知っている


猫皮を被ってる癖をして。

僕の言葉にOZはトパァズの眸をついと細めた。

私は猫です。

着包みは器用にフォークを操り乍ら云う。

貴方も人の皮を被っていないと言い切れるのですかと、一欠けを丁寧に咀嚼。

本当なぞ誰にも分かりゃしないんです。

そう結んだ。


151. 短過ぎる腕を懸命に伸ばして


振り上げた拳は力無く下ろされた。

嗚呼、君は知っているのか。

其の痛みを。

固く拳を握り、俯向く君を抱き寄せる。

我慢しなくていい。

僕は受け止められる。

君の力なんて大した事無い。

だから、ぶつけにおいで。

何度でも。

軈て力無く叩かれた胸に安堵した。


152. 円舞曲から逃亡


古いカロゼッロ。

何度もペンキを塗り直したお馬さんに馬車。

ぐるっと回ると、一匹足りない。

残ってるのは錆びた棒だけ。

実は奴さん、逃げ出したのさ。

新月の夜を待って海へ一目散。

だから、時々いななきが聞こえるんだ。

切符売り場のおじさんがこっそり教えてくれた。


153. ヴァンジェーロ


それは小さな声。

恐い顔のパパへ、にっこり笑ってみせる。

だって、拾われっ子って事はパパが拾ってくれたって事だもん。

パパが拾おうと思ってくれなかったら、拾われっ子になれなかったでしょ。

パパが私を本当にパパの子にしてくれたのよ。

だから悪い言葉じゃないわ。


154. 五分前は


寿命だった。

涙目で窓と云う窓を開けて巡る君の跫。

耳で追い乍ら、僅かの間に青年を過ぎ、老年すら越えてしまったモノを恭しく掬い上げる。

原初の闇に帰った塊は掌大まで収縮し、軽い。

僅かな振動でも表皮が剥離する炭化したケーキを手に、オーヴンを早急に直す事を誓った。


155. 初めから無い


お嬢さんに、と渡されたチョコレート細工の鳩。

君の目に触れさせる事の無い儘、ミルクと共に小鍋へ放り込む。

ふつふつと沸く白に、融け崩れる鳩。

新円の目は僕を見上げた儘、軈てはセピアに沈み消える。

出来たホットココアは、無事君のお腹の中。

鳩など何処にも居ない。


156. 回游する昏黒の


長袖は当然。

マフに手袋。

ありったけのクッションと毛布を積み込んで。

クッキーと紅茶も忘れずに。

最後にオリーブ色に染め付けたオーガンジィで覆いを掛ければ、夜更しの準備も万全。

船は静かに水路を辷り出す。

今宵は、星が泳ぐ日。

空を航る光に、君が歓声を上げた。


157. 鎖骨の願


パパにあげる。

ざらり掌に触れたのは、白く乾いた歪な棒。

枝では無い、此れは。

二股に分かれた其れを凝視する。

ウィッシュボーンって云うんだって。

だから、願い事一つ、パパにあげる。

暢思骨を撫でて笑う君。

其れなら、今は未だ取っておくよ。

何時か君の願いを叶える為に。


158. 優しい昏がり


パパのポケットからはいろんな物が出てくる。

クッキーに棒付きキャンディ。

お花のヘアピンにリボンの端っこ。

私の好きな物、たくさん。

帰り道、ポケットの中には私の手。

もう何も入ってないよってパパは笑うけど。

そんな事無いよ。

見えないパパの指を、ぎゅっと握った。


159. 不完全な子供達


人は誰しも罪と歩む。

故に神と言う機構が存在する。

何故唯の救済機構に形を持たせるのか。

寄り代と言う物は明確な形を成していた方が好いからだ。

――神父さまのお話はいつも難しい。

貰ったマカロンを齧りながら考える私に神父さまは言う。

君にはまだ必要無い、って。


160. ファンタズマ


街を走る水路が生み落とす。

連れて来る。

朝に夕に沸き立つ白。

此の街は度々霧が深くなる。

一寸先すら見得ない乳白の帷。

街を覆い尽くす間、住人達は一時息を潜める。

日常の騒がしさが嘘の様に。

時折過ぎる影から目を逸らして。

僕も君を引き寄せる。

何か、を見ない様に。


161. ピストレーロ


輪ゴムを指に引っ掛け、拳銃の様に構える。

胸の中でスリーカウント。

放った輪ゴムはレッシの銜え烟草に命中し、狙い違わずグラスの中に弾き落とした。

背後からは君の細やかな拍手。

抗議の為に開かれた男の口には、棒付きキャンディーを押し込む。

娘の前で吸う方が悪い。


162. ウィー・ノウ


いい子にしてたら来るって言うけどさ。

正体なんて判りきってるだろ。

君んちはいいけどさ、うちなんかあの神父様だぜ。

お使いの帰り道、ルーカが石を蹴りながら口を尖らせる。

いいじゃない。

パパでも、神父様でも。

嬉しいもの。

そう言うと、ルーカも小さく頷いてくれた。


163. 手を伸ばす昔


コツコツと控えめなノック。

扉を開けば其処に、もう見慣れた女の子の姿。

見慣れないのは、腕に抱えられた小さな灰色の塊。

成程、任せろ。

今にも泣きそうなアイちゃんに、胸を叩いて請け負った。

斯くして。

ヲルトと名付けた同居人は、今日も我が物顔でベッドを占領する。


164. 優先順位


アイちゃんが心配してたのよ。

其れで、皆から『二人』に。

リィスが悪戯げに笑って渡してくれた紙袋。

中には幾つかの缶詰。

猫のと人間のとがごちゃ混ぜに入っている。

其れを分類しがてら、貼られた儘の値札を見て、愕然とした。

畜生。

俺よりヲルトの方が良い物を喰うのかよ。


165. セマーフォロ


街外れに近い所。

一つきりの信号がそっと瞬いてる。

『街』では必要ないから、少し眠たそうに。

赤いランプで誰も止まらない、誰も見ない信号機。

てっぺんで鳥が憇[やす]む。

足元で猫が寝[やす]む。

私も、柱にもたれて休む。

時間の足もちょっとゆっくりになるココで。


166. リモンチェッロとリモナータ


夕闇の中、歩く歩く歩く。

カネット瓶二本、歌う歌う歌う。

君の跫とハミングを連れて。

長い影を引き摺り乍ら。

僕の両手は塞がっていて。

君の両手も塞がってる。

君の手で揺れるのは月の子みたいな果実二つ。

帰ったら直ぐ半月にしよう。

今日は君と月を飲む。


167. マレビト


船が港に着く。

外洋から来る彼等は一様に陽に焼けた褐色の膚。

見慣れぬ荷を街に卸すなりしては去って行く。

来る海路は一つ。

行く海路も一つ。

其れを外れたならば。

『工房』にある残骸達が航海の涯を物語る。

二度と同じ顔を見る事は無い。

故に称ばれる。

旅人[マレビト]と。


168. コンプレアンノ


耳朶を掠めた君の声。

パパの誕生日は何時。

高く柔い声が再度問う。

――判らない。

本当の誕生日は判らないんだ。

誕生日にしておけと云われた日はあるけれども。

喉を掻くそんな言葉達を嚥下し、与えられた日を告げる。

本当なんて如何でも良いんだ。

祝って貰えるのなら。


169. だからどうか


一緒に寝るコト。

ご飯を作って食べるコト。

片付けをするコト。

お話するコト。

散歩するコト。

私はそういうコトが楽しいと思うの。

ただパパと一緒に何でもないことをしていきたいの。

傍に居るのが間違いなのは元々でしょ。

解ってたことでしょ。

愛せない言い訳にしないで


170. 良心の不在


昨日は缶詰一つ。

缶切りが無いから無理矢理抉じ開けてたっけか。

一昨日はパン。

バターすら塗ってない唯のパンを珈琲で流し込んでた。

で、今日はクラッカーだけ。

そういや、此奴はこう云う奴だった。

終業して即、姿を消したユウに昔を思う。

早くあの子の風邪が治ればいい。


171. ユウ・ノウ


『正義』ってなあに。

その時、その場所、そこに住む沢山の人が『正しい』と言う事。

とりわけ『沢山の人が』と言うのが大事なんだ。

パパはすらすら答えてくれる。

だからいつも『正しい』訳じゃないよって、少し失敗した顔で笑う。

一つだけの『正しい』なんて無いんだって。


172. ビー・ユアーズ


まずは準備運動。

それからどぼんっと水路に飛び込む。

深く潜ると水の膜が目に張り付いて、ぐんにゃり世界が歪んだ。

でも大丈夫。

ちょっとは見えるもの。

ルーカと練習すれば、すぐに人魚みたいに泳げるようになるわ。

そして王子様じゃなくて、泳げないパパを助けるの。


173. 終の仮寓


喉を灼く焦躁は何時しか甘さに宥められ。

癒えた喉は蜜に塗れた戯言を歌いたがる。

押し止め様とも、執拗に。

日溜りで微睡む君にブランケットを掛け、額に口付ける合間にも。

嗚呼、此処が『煉獄』だとして。

其れでも僕は君に寄り添い、二度と彼の地へ戻りたく無いと願うのだ。


174. ネウトゥロ


世界を難しくするのは何時も、男と女なのよ。

磨き上げられた爪が卓上を叩く。

其れは『お前が生まれたのは午前か午後』とだと云うと、鼻で笑われる。

『か』じゃなくて『と』よ。

全く違うモノは反発して当然って事。

だが、皆はお前の様にはならない。

ロラは唯、肩を竦めた。


175. 口唇から宝石


パパは私の前だと『パパ』の話し方。

ゆっくりで、優しくて、柔らかい。

どうしてって聞いたら、出来るだけキレイな言葉で話したいんだよって言うの。

女の子はスパイスにお砂糖、何より素敵な物で出来ているんだからねって、ウィンク。

だから私もキレイな言葉で話すのよ。


176. 張り紙の名残


此処は現在、『誰の』物語なのだろうか。

誰が『語り手』となっているのだろうか。

そも、舞台を下ろされた役者に与えられる『物語』など存在し得るのか。

此の舞台は『誰が』設えたのか。

――褪せた紙片は断片を語り続ける。

住人達が狂人の詩[うた]と称ぶのも知らぬ儘。


177. 真綿に埋める


寒くない様に。

君はそう云って小箱に綿を降らした。

緩く丸まった桃色の果敢無い脚は白に埋もれ、消える。

隙間無く積もった綿。

此れで暖かいよね。

繊く囁き伏せった赤い眸を見下ろし、願う。

君よどうか恐れず、死を想いなさい。

其れは、今の生を想う事と同義なのだから。


178. 欲しい物は


諦めないのが子供だろう。

昔の自分を思い返してみて思う。

菓子、玩具、欲しい物。

手に入れる迄、或いは諦める迄。

形振り構わず泣き、地団太を踏んで。

だが其れは、望んでも決して手に入らないモノが在ると知った時、唐突に終る。

首を振るだけの少女はもう知っているのだ。


179. 君と哀す


開いた本の中。

ぽろぽろ泣いてるお花に、泣かないで、って小さな手を伸ばすネズミさんの挿絵。

私だったら泣かないで、なんて言わない。

泣いてもいいよ、って言うの。

泣けばいいんだよ。

私も一緒に泣くから。

そうすれば、どっちが最初に泣いたかなんて分からなくなるでしょ。


180. クワルクーノ


パパの手首には、キズだらけの時計。

電池じゃないからね、ネジを巻かないと止まってしまうんだよ。

そう言って、毎晩小さなつまみを回してる。

私も時々お手伝いするけど、ちょっと気になる事があるの。

くたくたのベルト。

二つ、広がってる穴。

本当は誰のだったんだろう。


181. ハッシャバイ


ロラの舗を出る寸前。

投げ付けられたレッシの挨拶に、記憶が揺さ振られた。

漣立つ水面。

歪んで浮かぶ影。

パパ、如何云う意味?

無邪気に見上げる君に答える。

お休みって意味だよ。

――其れはあの男なりの洒落だったのだろうか。

頭蓋に反響する過去の声は厭に優しげだ。


182. 遥かに遠く


サァカスのライオンは居眠りばっかり。

昔は輪潜りも上手だったのに。

でも、もう、おじいちゃん。

本当は還してやりたいんだけれどね。

どうしようも無いからなぁ。

そう言って、団長さんが頭を撫でても、うとうと。

でも一回だけ、モビィを見上げて鳴いた。

とっても長く長く。


183. ラッタイオーロ


パパ、抜けた。

嬉しそうな君の手は小さな歯。

最後の乳歯が抜けたらしい。

なら、枕の下に置いておきなさい。

僕の言葉に、君はこくんと首を傾げる。

屋根の上に投げるんじゃないの、と。

そう云う考えもあるのか。

けど、枕の下にしなさい。

もうコインは用意しているんだ。


184. 鴉神の巫


今日は風の強い日。

バヴィさんは目を細めて私に言う。

フォーラント公が歌っているよ。

ヘクセンナハトだからね。

今宵の番いを求めているのさ。

だから海に行っては不可ない。

夜の乙女が公を歓ばそうと鍋の中身を捨てるからね。

嵐が来るよ。

それは昔はみんなが知っていたお話。


185. 二人で一つ


ユウが買ったのは、優に二人分はありそうな大振りのコート。

太りもしないんだから、サイズが合わないのなんか買っても意味無いだろうに。

そう思っていたのだが。

先日、ペンギンの親子めいた姿を見て、納得した。

そうだよな、アイちゃんを中に入れるには其れ位必要だよな。


186. 微温湯の温度


社長の留守を見計らって、『職人』達が其々の竿を持ち出す。

水路に糸を垂らした所で、大した得物が掛かる訳が無いのだが。

釣れない方が面白いんだ。

浮標も碌に見ず、暢気に嘯く大人達に首を傾げる君。

僕には、少しだけ判る気がした。

僕が君と過ごす時間。

其れと等価だ。


187. 感情羽化


リボンを結ぶ。

結び目に気持ちを入れる。

悲しい、淋しい、イヤな気持ち。

中に入れて、結んで。

でこぼこリボンはゴミ箱へ捨てたのに。

朝、戻って来た。

ほどいてごらんって言うから、イヤイヤほどいた、ら。

ころん、とガラス球。

キレイな物になったね、なんてパパは笑ってる。


188. 裏返しのパズル


ルール。

パパは静かに言った。

僕達は本当の家族じゃない。

だから、最初にきちんと決めよう。

門限。

お風呂掃除は私の役目。

言う事を聞く事。

パズルを嵌めるみたいに決めてく。

でも、まだ穴だらけでグレーなの。

私が本当の娘になれたらきっと、表に引っくり返せるのよ。


189. 紙一重の演出


慎重に先を読む。

ふらふら宙を彷徨う指先が一点で止まる。

其の瞬間、上げそうになる声を奥歯で噛み殺し、新たな策を練り直す。

待って、待っててね。

そう懇願する君に頷き、一先ず黒白の盤面から離れた。

ゆっくり考えなさい。

其の間にカフェオレを二人分淹れて来るから。


190. 足下の界


あなたは幸せ?

急に聞かれて隣を見上げた。

リィスさんは?

さっきノイさんと一緒に居る時幸せそうだったよ。

そう言うと、リィスさんは私から目を逸らして下を見た。

幸せ過ぎると怖くなるわ。

又何処かに『落ちる』んじゃないかしら、って。

地面のうんと下を見るみたいに。


191. エヴァー・アフター


そして幸せに暮らしましたとさ。

読み上げて、本を閉じる。

童話の最後はどれも概ね同じ文句だ。

本当に幸せに暮らしたのかしら。

君の疑問を僕は肯定する。

其れは約束事だからね。

大丈夫、『主人公』は幸せになれる。

但し其れは作者次第。

脇役は尚更に、とは云わず。


192. 汚れ無き悪戯


さて。

如何して態々僕を跨いだの。

寝てる人を跨ぐと、其の人の背が縮むんだって。

其れでね。

叱責に答え乍ら、段々と小さくなる君の声に耳を傾ける。

パパが小さくなったら、もうしゃがんだり私を抱っこしたりしなくていいでしょ。

――御免。

もう腰が痛いとか言わないよ。


193. 君が望むなら


此の島には土が少ない。

街中隅無く煉瓦で鋪装され、其の下には在っても僅かばかり。

蟲が息衝く事無く、命を育む事も無い。

他には鉢植え程度が大半。

其れ以上を求めるならば『塵芥箱』迄行く以外に無い。

ならば、簡単だ。

今、目前には草原を走る君。

実に有意義な休日だ。


194. 溜息を食べる


気付いたのは、つい昨日の事。

しかし意識さえすれば、其れは確証となった。

僕が溜息を吐く度、君が深呼吸をする。

今日も、深く息を吸う君の口を押さえた。

窘めると、君は得意げに笑む。

だって溜息を吐いたら幸せが逃げるんだもの。

だから、其の前に私が捕まえてるのよ。


195. ワールズ・エンド


一番遠い場所。

世界の果ては深い崖なの。

昔、テレヴィで見たのよ。

教えてあげる。

そう言うと、パパはそうっと静かに笑った。

世界で一番遠い所は、自分だよ。

自分の内側が一番遠くて見えないんだ。

じゃあ私が乗っかってるパパの胸。

この中に深くて暗い穴があるのね。


196. トルトレッジャーレ


耳を澄ました所で理解出来無かった。

ベランダから届くのは、至極普通の会話なんだろう。

が、意味の取れない声は鳥の囀りに似る。

親子二人だけで通じる、いや、世界で二人だけしか出来無い会話。

誰も入れやしない。

いちゃついてんじゃねぇよ。

ぼやきは宙に消えた。


197. あの子の為の腕


煉瓦の隙間は意外に厄介。

ヒールが引っ掛かるのも良くある事。

足を取られた私を抱き止めた腕。

其の思い掛けない拙さに笑ってしまった。

以前はそつ無く、軽妙な態度で熟していた癖をして。

今のぎこちなさと云ったら。

ユウ。

貴方は漸く、人への触れ方を学び始めたのね。


198. 儚き羽ばたき


繊く娜やかな先端に触れる。

初めは指先だけで。

次には辿る様に。

亜麻色の睫毛を辿ると、君は僅かに身動いだ。

けれども、其の瞼は伏せられた儘。

睫毛に口唇を寄せ、微かな震えを宥める様に口付ける。

君が目覚める気配は、無い。

此の無防備な生き物は、僕が守らなければ。


199. 私は私を撃ち殺す銃声を聞いた


ここから出なさい。

パパの声は、いつもみたいに静かだった。

耳の中で、ぱらぱら、乾いた音がする。

壊れて、散らばる音。

床の下に在った黒い塊が壊してしまったんだ。

ごめんなさいの言葉も、もう届かない。

熱い頬っぺたを押さえて、『家』を飛び出した。


200. 無情の行進


掌が未だ痺れている気がして、幾度か擦った。

君は未だ帰らない。

二度と戻らない心算かも知れない。

元々気紛れに居付いただけ。

君を好く人間も多い。

別の何処かで幸せになるだろう。

零す言葉は、尽く過ぎ去る時に踏み拉かれる。

廻る針音が厭わしくて、僕は部屋を後にした。

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