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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
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帰還

 当然課題を終える為なんだけど、図書館の空気が私は何となく好きだった。静かで日常とはどこか違う空気。懐かしささえ覚えるインクの匂い。そんなところで課題をすればはかどること間違いない。と思っていたりもするのだ。



 ドアノブに手を掛けると金属の軋む音が高く響き、私の眼前に本棚がたくさん広がっていた。少し日も暮れかけている為か学生は少ないが邪魔をしないように音を殺して歩き定位置に付こうとしたのだけれど。



 ――あれ?



 そこには見たことの無い少年――私より少し年上くらいだろうか――が本を広げて眠っていた。窓が開いている為金の髪がさらさらと流れている。長い睫。ニキビ一つない滑らかな肌。整った顔立ちはどこか人形のようにも見える。こんな少年がこの学院に居れば噂になるはずなんだが、そんな噂ついぞ生きたことも無かった。ただ、制服はこの学院の物で間違いないんだけれど。



 ……何でこんなところに寝ているんだろう?



「……風邪、引くし」



 別に病気になろうがどうしようが知ったことではないとは思うのだが、独り言ちて私は近くの窓を閉めた。



 少しどうしようかなと考えた後、私は結局少年の向かいを選んだ。別に愛でたかったなどではなく単にそこが私の場所の近くだったからだ。近ければ近いほど落ち着く。



 ――ただノートを見れば絶望が私の心に奔るけれど。



「分かるわけないじゃん」



 泣きそうな想いで思わずこぼしてしまう。だがそんな事を言っていても仕方ないのでにらめっこをしてみるが……うん。分からなかった。



「――あ、れ?」



 一体どのぐらい経ったのか。短いようにも長い様にも感じられる時の中で声が響いていた。ふと顔を上げれば、少年が眠気眼でこちらを見つめていたが――その両眼は驚くほど赤く爛々と異様な輝きを発していた。



 まるで――いつか聞いた精霊を使役するものの様に。それに思わず息を飲んでしまう。



「ライラ?」



 ごしごしと子供っぽく目を擦る少年はなぜだか私の名を呼ぶと嬉しそうに顔を破綻させた。はっきり言って見も知らない人間――たとえ子供でも――名前を呼ばれて笑いかけられると気持ち悪いの一言しか出てこない。



 軽く身構えると困ったように少年は笑う。



「また、忘れてるのか――と言うより『今回』は単純に知らないんだなきっと――うん。俺はローエル。ローエル・ディバス。アンタ――ライラ・ストロースだろ?」



「え。あ。はい」



 ディバス家……王族に連なる者だろうか。ローエルって――大戦で引っ掻き回し、首都と共に消えた王子の名だったような。何でそんな悪趣味な名前を子供に付けたのだろうか。単に、目立ちたいとかだろうか? 理解できないがともかく名前に関してはローエルに非はないのだろう。



「オーエンは元気?」



 パラパラと本のページをめくりながら彼は訪ねる。まるで何かを探している様に。



 私は一瞬名前の主が誰か分からなかった。少年がまるで友達かのように言うから同級生なのかと思ったが、何の事はない――父親の名前だった。



 知り合いなのだろうか? それにしては幼すぎるし馴れ馴れしい。あの父が許とは思えなかった。



 たとえ王族でも足蹴にする――何故首がつながっているのか不思議だけど――人だ。だとすれば、何なのだろう。見極めようと目を凝らすが別に『禍々しい』ものでも『精霊』の様にも見えない。顔を除けば身に纏う雰囲気はごく一般的な少年そのものものの様にしか見えなかった。



「――ああ。父が何か?」



「はぁっ!? 父……あのヤロゥ。マジで手の内に置きやがった――がしかし。俺は負けねぇ」



 何の勝負なのか、一体何を言っているのか理解が出来ない。いや、もうすでに思考が止まっているのかもしれない。言う言葉も無くし困惑したまま固まっていると彼の滑らかで骨ばった手は私の両手を組むように握りしめた。



 美しく輝く赤い双眸が私を覗き込む。それを見ているとなんだか心まで吸い込まれていくようなそんな気がして私は殆ど本能的に目を反らしていた。



「閉じ込められている間、精霊王になった俺が何とかしてやるから!」



「――」



 もしかして。



 私の頭の中に疑念が過り思わず顔を顰めていた。その疑念を確かめるために私は言葉を紡ぐ。



「……閉じ込め?」



「そうなんだよ! あの――魔王! 俺が邪魔だからって首都の民ごと精霊界に

送りやがって! 俺が、民が向こうでどんな扱いを受けたと……」



 確か、父は『閉じ込めた』みたいな事を言っていたけれど、そんな事よりも私の中で『うわぁ』と引き気味の感想しか思い浮かば無かった。



 それに加え、頭の中で警鐘が鳴る。



 『関わるな――』と。関わったらろくな目に合わない――と。



 どう逃げようか。そんな事を考えながら視線を泳がせていると、少年は半眼で私を見ていた。



「お前、信じてねぇし、俺が『痛い』奴だと思ってんだろ?」



「……」



 ばれてるし。私が顔を肯定するように引き攣らすと舌打ち一つ。『あの野郎、やっぱり殺す』と呟いたのは気のせいだったか、彼は前髪を軽くかき上げていた。



「とにかく、行こうか?」



「行かないですけど?」



 どこに――そう言う前に私は即答していた。はっきり言って関わりたくないし、連れていかれれば何をされるか分かったものではない。この少年自体は無害なものに見えるけれど。



 彼は脱力するようにして大きく息を吐き出した。明らかに『しょんぼり』といった感じで肩を落とす。それはどこか小さな子供のようで、思わず『ごめん』と言ってしまいそうな所を必死に我慢した。



 それにしても私が素直についていく、そう思ったのだろうか。



「………俺、そんなにここに居られねぇんだ。生きていたころとはもうすげぇ時が経っているし。身体も多分結構変わってる。異質なものっていうの?」



 どこが異質なのだろうか。どう見ても人間そのもの。父よりも人間らしい気がする。私は苦々しく笑う少年に軽く生返事をした。



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