リスタート
気だるい日々が続いていた。いつもと変わらないそんな日々。いっそ何かが起こればいいのにそう思えるほどに。窓から流れ込む温かな風。それは眠気を誘う。手に持っていたペンはいつしかノートに謎の文字を描き出して後々何のためにもならないだろう。
教科書に目を止めれば丁度百年ほど前の戦争の話が載っている。教壇に立つ教師もそんな事を言っているだろうか。なんにせよ――どうでもいいか。と思う。私には関係ないし終わったことだ。
眠いな。
心の中で独り言ちていると、それに気づいた様にして教師が私を当ててくる。……聞いてなかった――と思いつつ私は半ば欠伸を殺しつつゆっくりと立ち上がった。
めんどくさい。
見ると教師は意地悪そうにニコリと微笑み、生徒は私と目を合わせないようにしている。皆、次は我が身。当てられないようになるべく身体を小さくしているのだ。答えられなければ嫌味と相応の課題が出るから――。
「――デリオロン侵攻から始まり大陸全土に飛び火した戦乱でしたが、この戦乱で我が国は多くの犠牲を払いました。主に三つ。答えなさい。ストローズさん」
「……」
私は黒板を盗み見たがきれいに消されている。その後でにっこりとほほ笑む教師。苛めるのが生きがいなのかと思ってしまう程だ。
「――あ。ええと。一つは血の契約の解除による精霊の損失でしょうか?」
精霊。今では当たり前に感じられるものなのだが――戦中に発見されたある鉱石を介すれば誰でも精霊を使役することが出来る――当時は血で使役しその力も強大だったのだと言う。戦後、精霊の方からだったか忘れたが『契約解除』がなされその力は失ってしまったのだと聞いた。
――父に。
「そう、ですね。次は?」
教師は答えられると思っていなかったらしい。少し怯んだようだっが気を取り直して眼鏡を軽く上げた。
ギラリと眼鏡が威圧するように白く反射している。
「ええと。第一王位継承者の失踪と首都の消滅――ですか?」
首都は何か攻撃を咥えられたわけでも何でもない。おかしなことに大戦末期ある日街ごと消えてしまったのだ。そこがまるで初めから『荒野』であったかのように。取り残されたのは何も無い。人さえも忽然と姿を消して現在に至る。――王子ごと。国王と妃。そして第二王位継承者は図らずも違うところで指揮を執っていた為王家は現在まで続いているが――不思議な話だ。精霊でも関わっているのだろうか。
そう言えば父に聞いたことがあるけれど――閉じ込めてやった。だって邪魔だから――と笑顔でよく分からないことを言っていた。あの人はどこまでが本気なのか。母はもう突っ込むのも面倒と言う顔をしてるし。いざとなれば元軍人なので異様に強気なんだけど。基本放置。何が良かったのか分からない夫婦だ。ちなみに父は考古学者をしてる。精霊にも精通していてよく王宮に呼び出されはするけれどいかないことの方が多い。
「え、ええ。まあ。よくできました――が。私の授業を聞いていなかったのば事実。放課後、課題を渡しますから職員室まで来なさいね?」
「……」
悔しいらしい。けれど悔しいのは私だ。何で答えたのに職員室まで――課題を渡されなければいけないんだろう。反論しようかとも考えたがやめた。さらに割増で渡されるのが落ち。私は軽く『はぁ』と返事をすると着席する。
まぁ、歴史なら父に聞けばいいか。あの人甘いのですぐに答えてくれるだろう。――そう考えながら窓の外を見つめていた。ただ――。
『数学の先生に頼んで出してもらったから』
そんな事があるなんて思いもしなかった。否。そんなことがあっていいのだろうか?
歴史の教師にいい笑顔で渡される数学の問題。その後ろで数学の教師は『お前の為に考えてやったぞ?』と押し付けがましい笑顔でこちらを見ていた。言うまでも無く、軽い殺意を覚えたのは本当だ。
十枚程度の問題が書かれたノートを抱えながら私はコツコツと人がまばらな校舎を歩いていた。消えてしまった首都に建てられた城に併設されている王立学院。以前にあった建物を模しているらしくそれはとても荘厳と言うか――古めかしかった。日が暮れたらお化けが出る。そんな噂さえ漂う校舎。向かうのは図書館だった。




