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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
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彼女の幕引き

 パチン。軽い音がして私の視界は『青』の世界に戻ってきていた。あるのは氷の天井。冷ややかな空気。見覚えのある白い塊の中に埋もれた双眸が私を覗き込んでいた。『くぅーん』切なそうに放つ鳴き声に一瞬知っている者とは別の何かと思ってしまった。



『なんだ、気付いたのか? しぶとい』



 なぜか舌打ち一つされている私。それを無視するようにしてよろよろと身体を起こして辺りを見回すと、嬉々として『兄様』と『ローエル』が戦っている姿が見える。



 そう、どう見ても『嬉々として』だ。二人とも笑顔。ローエルの顔には子供っぽい表情が戻り、赤い目を爛々と輝かせていた。



 鈍い金属音が響く氷の箱。闘う二人を呆れたように見つめているのは氷の彫刻――精霊だった。



「……何で?」



 心配を返せ!


 などと思わず言いたくなる想いで私は茫然と呟いていた。何となく距離を取ろうとした毛玉を捕まえると強引に胸元に抱く。以外にも嫌がるかと思ったのだけれど毛玉はそのまま私の手に抱かれていた。――『最後の情け』と苦々しく呟く声は私の時間が大して残されていないことを暗に物語っている。



「死ねぇ!! 魔王!」



「ハハハハハ! 貴様ごときに殺されるか!」



 何だろう? この三問芝居。役になり切っているのか地なのか分からない。限り無く地に近い気がするのは気のせいだろうか。



 とりあえずここでこんな事をしている場合ではない。少しげんなりはするけれど、私は毛玉を抱きかかえたまま足を進めた。



「兄様」



 二人の間に割って入ると私は交互に視線を投げかける。すると二人の動きが縫い付けられるように止まった。



「ローエル」



「……ライラ」



 そう言ったのはどちらなのかはたまた同時なのか分からない。ローエルはどこか泣きそうな表情。兄様は嬉しそうに私を見た後でどこか憎そうにローエルを見つめている。少しだけ不満そうにへの字に口許を曲げて見せたが兄様は静かに言葉を紡いだ。



「行っておいで。『それ』が目的だったんだろう? 目覚める前に殺してやろうかともおも――」



『内心がただ漏れだ』



 言われると兄様は軽く苦笑を浮かべる。その後でため息一つついた。



「……ま、そう言う事。別れなんて僕には関係ないから」



 何となく兄様が言うと物騒だったが考え無いようにしてローエルに目を向け、私は彼の目の前に立った。



 軽く笑みがこぼれるのはやはりこうしてローエルがいることが嬉しかったからかも知れない。ただ、彼は相変わらずどこか泣きそうな顔だったけれどそれとは相反するように怒っている様にも見えた。――自分自身に。



「ライラ。どうしてだよ? せっかく……」



 助けたのに。と言う声はかすれてはいたが私の耳元に届く。伏せた顔の表情はよく見えなかった。



「俺は―」



「うん。ごめん」



 軽い言葉に自分でも笑いが込み上げてくるようだった。本当に軽い言葉。ローエルが命を懸けてすべてをしたことを無駄にし、何もかも崩してここに立っているのだから。



 もうすべて押し付けて消えることしかできないくせに。



「何で、謝るんだよっ!? 謝らなきゃなのは俺の方だ」



 苛立たしげにローエルは顔を上げ私を睨んで見せる。それは何と何く駄々をこねる子供の様にも見えた。彼は大股で私の前に移動すると手を取った。――それはとても力強く、どこか強い意志が感じ取れるように見えた。



「だって」



「俺がした事だろ? その、リュートの事は兄上には悪いと思うけど……生きて欲しかっただけなんだ」



 泣きそうな顔を隠すようにしてポンッと軽く私の肩に彼の額が乗った。いつの間にかその差が広がった身長。少しだけローエルが屈む形になる。



「……なにも死ぬこと無かったんだ。俺を庇って」



 柔らかな金の髪。どれだけ大きくなっても纏う雰囲気は幼い頃と変わらないように思えた。小さくて泣き虫のローエル。だけれど私はずいぶんと変わってしまった。そんな事をふと思った。



「――それはお互い様だよ。ローエルが私を先に助けてくれた。私は其れを返しただけ――今度は何で返せばいいか分からないよ。だから、ね」



 ローエルはゆっくりと顔を上げた。泣いてこそいないが赤い瞳は微かに潤んで揺れている。私は彼をなだめる様にして笑いかけた。



「ありがとう」



 これしかもう何も返せない。私にはもう持っているものが何もないから。言葉と心しか返せない。



 彼は大きく目を見開いて見せる。



「ありがとう――友達になってくれて。助けてくれて。見つけてくれて」



 さぁっとどこからか風が吹く気がした。さわやかで柔らかい。そんな風などどこからだって吹くことの無い『箱』の中、それは先ほど見た麦畑の風なのだと言う事に私は気付いていた。



『時間、か』



 誰ともなく呟いたのは仔犬。振り向けば兄様がじっとこちらを見つめていた。その顔からは表情など読み取れない。そのまま兄様はゆっくりと口を開いた。



「ライラ」



「兄様。ごめんなさい――迷惑を」



 って、なぜそこで快心の笑顔を浮かべるのだろう。キラキラと。この人。妹との最後のお別れなのだけれど、うすら寒さを覚え私は顔を引き攣らせていた。いっそ今すぐ逃げてしまいたい。そう思う。



「大丈夫。魂に印つけといたから」



「……」



 何が?



『残念だな。生まれ変わっても悪魔の手の中。いっそ生まれるのを拒むべきだと俺は思う。いや、魂ごと消滅――』



 言い終わる前に兄様は仔犬を抱え上げるとそれは小さく鼻を鳴らした。まるで『ゴメンナサイ』と言うように。



 やっぱり別人だろうか。思わず生温かい目で見てしまう。もちろんそれを兄様も犬も気にすることは無かったけれど。



「何なら――生き返え」



『却下』



 言ったのは氷の彫刻だ。それは文字通り冷気を漂わせながら兄様を見ていた。足元はパキパキと凍り付いている。



 私は軽く頭を抱えていた。



「ええと。兄様。つまりは生まれ変わっても私に、積極的にかかわって来る、と?」



 兄様は嫌いじゃない。寧ろ好きだ。家族だし。どんな時でも頼りになる――多分――人だし。なのにこんな胃が痛いのはなぜだろう。



「うん。何か問題が?」



「……ええ、と」



 問題が――あるような。無いような。あると言っても兄様は聞く耳など持っていない。結局はしたいようにする人だから。



「あ、大丈夫。この世界。綺麗にしておくから」



 嫌な予感しかしないんですが。それはどう言う意味なんだろう。どういっていいのか分からず口をもごもごしているとローエルが隣に立った。赤い双眸がまっすぐ兄様を見つめている。



「――魔王は俺が何とかする。それが世界を救う俺の役目だからな」



「……」



 口許を歪めるローエルに私は少し引き気味で目を向けた。なんだか図書館で出会ったころの通常運転を始めた気がする。そして何だろう。その自信は。兄様は馬鹿にしたように薬と笑みを落として見せた。



「――生きて帰れるとは思ってるんですか?」



「それはこっちのセリフだし」



 いや、その前に。ここがどこだか忘れてはいないだろうか。二人とも。覆っている氷が溶ければ二人とも生きて帰れるか――いや。生きて帰れる気がした。



 ものすごく。



 どう考えても心配なんてするだけ無駄。そんな気がして私は口を軽く綻ばせていた。それに気づいたローエルが不服そうに見つめている。



「ライラ。何がおかしいんだよ? 魔王が幅を利かせようと」



「それを止めるんでしょう? ローエルは。でも、兄様も、ローエルもまずここを出ないといけないんじゃない? それをどうでもいいことかのようにスルーしていることが面白いんだよ」



 言うと不思議そうに首を傾げるローエル。



「だって、どうでもいいし――こんなところも、この国も多分何とかなるし。ってか、何とかするし」



「まぁ、何ともならなければ滅ぼせば――」



 どうやって滅ぼすのか置いておいて兄様の言葉を遮ると兄様は不服気にローエルを睨んでいる。



「黙れ魔王。何とかするんだよ。俺の名において。忘れてるだろう? 剥奪されてるとはいえ俺は元王子だ」



「元な。元。今や立派な国民の敵。クソガキなんて滅んだ方が喜ぶでしょ? 国民は」



 一瞬の沈黙。その後でローエルが呻く様に悔しそうに喉から声を絞り出した。



「……滅ぼす。絶対息の根を止めて見せるからな」



「いや、私の兄様なんで。そんな宣言されても」



 一瞬兄様なんていなくなった方が世の中の為なのかもとか思ったりしたけれど、実質世界に何かをしてしまったわけでもない――たぶん――し、私には『いい家族』なので同意はしかねる。



「――って、そんなバカ話してる場合じゃなくて、私もう行かないと」



 実は先ほどから身体の奥から何かがさらさらと出て行く気がする。すべてが『遠く』感じられて視界もすっすら霞みがかっている。



「ライラ」



 ローエルが私の手を取った。温かい――と言うよりも些か熱く感じるのは私の手が冷え切っているからなのだろう。



 にこりと笑いかけると、泣きそうな笑顔が返って来る。



「今度そこ、見せるよ。私の宝物を――」



 あの光景を。



 あの時は見せることができなかったから。



「バイバイ」



 呟くとともに――すべては暗転していた。

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