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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
52/61

叩きつけるもの

このシーンが長い……orz

「!?」



 かわ――。いや、ええと。どこからどう見ても白い毛玉は嬉しそうに兄様の顔を一通り舐めるとゴミを見るような目つきで私達に目を向けた。



 その落差に思わず顔が引きつってしまう。



「……」



「かわいくないわね。絶対。そんな事より――どうしたのか教えてくれるかしら?」



 いつか聞いた水が弾ける様な音に何故だか兄様は薄く口許を綻ばせた。冷えていく空気。霧のカーテンはいつしか氷の壁となり、私達を閉じ込めてしまう。



 息を吐くと微かにそれは白く染まり宙に溶けて行った。



「何で? そんな事も分からないなんて、だからデリオロンは三流国家止まり。他国へ軍事力でしかアピールできないんですよ」



 精霊を撫でながら兄様は小首を傾げさも不思議そうに言う。馬鹿にしている。そんな口調ではなく本気でそう思っているらしい口調にリュートの眉が跳ね上がるのが分かった。



「……囚われた鳥の分際で言ってくれるわよね」



 苛立たしげに彼女は低く呟くが兄様は馬鹿馬鹿しそうに声を上げた。



「はぁ? 囚われているのはあなたでしよう? 自ら『檻』を作って。馬鹿じゃないんですか? 上位精霊の力。中位精霊の力――。絡まり合って『違う物』になった壁は、短時間では壊せないと言うのに――この国に居る『疑似精霊』すべての力を合わせてもね」



 そう言えば、『疑似精霊』と言うものをようやく思い出していた。確か――この国に来る時にジルから聞いた。ローエルの力というより解析結果を元にして一般の人間でも精霊術を使えるようにしたものなのだと。義眼を媒介にして精霊を捉え、無理やり使役する。当然力など『本物』とは劣る。そう聞いた。



 国民には一切知らされることも、利用されることも無く、ただ軍事に使用される冷たい力――。



 それはとても寂しいように思える。



 精霊の力は人を傷つけたりするための力ではなく、楽しいものだと『記録』の中で感じたから。



 兄様は私に『精霊』持たせてくれた。ふわふわ、もこもこ。毛玉だ。とても温かくて気持ちいい。私は思わず頭を撫でていたが『ヴヴッ』と警戒するような軽いうなり声にそれをやめ、兄様に目を戻す。



「ま、僕は簡単に出ることできますし。別にいいんですけどね」



「――こんなところに閉じ込めてどうする気?」



 言うと楽しそうに喉を鳴らす。兄様は大股でローエルに近づきなかぜら腰に掛けていた剣をすらりと抜いた。



 ゆらりと生きているのか死んでいるのか分からない双眸が兄様に向けられる。それは剣を鼻先に突き付けられても、兄様の気迫に当てられても変わることは無かった。



「そのまま返しますよ。――にしてもローエル。いつまで操られている?」



「……」



 返答はない。その代わりと言わんばかりにリュートが口許を開いた。



「ローエル様、その男を殺しなさい。――男であれば心おきなく殺せるでしょ? 私はこの女を殺すから――」



「女の言いなりかよ?」



「黙りなさい」



 凛とした声が発せられた刹那――金属音が氷の壁に響いた。と言ってもその音は低く、すぐ壁に吸収されていく。



「に、兄様っ!」



「大丈夫だ。兄様は死なない」



 そんな事は知っている。と素直に思った。なぜだか分からないけれど『死なない』という圧倒的な信頼感。なので、心配は『ローエル』に向けて発せられたものだったけれど、そんな事は兄様が分かるはずも無い。



 いや、分かってしまえばそれはそれで恐ろしいそんな気がした。何故ならあまりにも兄様が平然と戦っていたから。その目は窺う様に動きその手は受け流すようにローエルの剣を弾いていた。



 まるで練習をしているかのように。



「……天才と何とやらは紙一重って言うけれど――馬鹿ね」



「――」



 変態なのか、馬鹿なのか迷う。がそんな事を考えている場合では無かった。『殺す』と私にとって辛い宣言をしたリュートに目を向けて見れば彼女は再び氷の剣を手に握りしめていた。



「『あの日』から『同調』がうまくいかないのよねぇ。けれど、安心して? まぁ、氷柱の雨でなくとも、あの日みたいに見送ってあげるから。あっちは、あっちで忙しそうだし――はやく終わらせましょう?」



 リュートは一歩、また一歩と近づいて来る。その度に私は一歩一歩と下がったが最後には壁を背にする形となっていた。



「リュート。私はローエルに――」



 ローエルに返したいだけ、そう言いたかったけれど言葉を遮るようにしてリュートが口を開いた。



「ごめんね? 私だってほんとは――ね」



 どこか泣いているような、笑ているような歪さがある笑み。首筋に当てられた刃は酷く冷たく、切れた皮膚から流れ落ちる血は酷く温かかった。



「ほんとは」



『バカ女。手を差し出せ』



 ドクドクと心臓の音だけが支配する中でスルスルと私の耳に入って来た低く渋い声――。声だけ聴いていれば中年で品のいい紳士の声だったが、そんな人間ここにはどこにもいない。



『早くしろ』



 叱咤され、私は言われるがままに手を差し出すと白い靄のようなものがさあっと背後から現れた。渦を描きながら中心に固まると――弾けるようにしてリュートの身体にぶち当たった。



 その間僅か数秒。意味も分からないのは私もリュートも一緒で『え』と間抜けな声を発したと思えば一瞬にしてリュートの細い身体は私と対をなす壁に叩きつけられていた。



 強い衝撃音と共に聞こえるのは小さな悲鳴。倒れこむ細い身体。痛みで動けないのか気を失ってしまったのかそれは動くことは無かった。



『ち。やっぱり死んではいない、か』



「リュート!」



 酷く不服そうな声を無視して思わず駆け出そうとしたが、いつの間にか私の手から滑り落ちていた精霊に裾を掴まれそれは阻まれた。

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