決意
暫くの沈黙が続いた。能面のように表情を無くした顔。しかしどこか思案するように双眸だけが光を持って揺れている。
廊下の窓。赤い夕陽が私達を照らしていた。彼はようやく日が暮れかけていることに気付いた様にしてすっと目線を窓の外。山々の向こうに向けた。
赤く焼けている様にその横顔が照らされる。
ため息一つついた後でソルト様はゆっくり私に目を戻して見せた。
「……戦争になるのは知ってますか?」
きっと責めている訳ではないだろう。そう思うけれど、責められている様に感じるのは私が酷く申し訳ないと思っているからだろう。
「デリオロンの……リュートが……あのっ」
私の言いたい事を悟ったのか、ソルト様は最後まで私に言わせることなく口許を開く。
「――いずれはこうなったんです。――思違いをしないでほしいんですよ。その辺は。細かい衝突にローエルの結果があるだけですから。ただし私達は――ローエルの決断を浅はかだと思っていますし、裏切られたと感じている者も少なからずいます。結果としてとしてリュートと一緒に消えましたしね――いいですか? ライラさん」
それはどこか優しく、どこか厳しいように思えた。――気に病むな。全体的にはそう言われているような気がしたが、はい、そうですかとも言えない。言えなかった。
「ともかく。戦争です。貴女の為に、私も――兵も時間は取れません。貴女になにがあろうと私は助けることができません。それは弟の本意ではなく、私の心に反するものです。死が近くなるだけだと言うのに――困った人ですね。……それに。貴女が捕まれば駒として捕まる可能性もあるのに――邪魔になるだけという事がわかりませんか?」
「……ごめんなさい」
それはそうだろう。分かるからこそそう言う事しかできなかった。けれど、引き下がるつもりもない。
暫くなにかを待つようにして重苦しい沈黙が横たわっていた。しかし、珍問を遮るように重々しいため息一つ。見るとソルト様は少し考えるようにして夕日に目を向けて眩しそうに軽く目を細めていた。口許には少しだけ困ったような薄い微笑。視線を逸らしたままに彼は薄い唇を開いた。
「――けれど、そうですね。私はおそらく馬鹿なのでしょう。やはり為政者には向いていないと言うか――」
苦虫を潰したような声だった。
「行かせてあげたい。そう思うんですよ。貴女が行っても弟は救え無いどころかあれの願いも叶えることすらできないと言うのに――愚かですね。けれど、どこかで期待しているのかもしれない。貴女が弟と共に戻ってくることを」
「……ソルト様」
名前を呼ぶと彼は軽く微笑んで私の頭に手を乗せた。まるで幼子をなだめるかのような優しい笑み。けれど、どこか悲しいものだった。こちらが泣きそうなほど――。
「行ってくると良い。伴は――何とか見つくろいましよう。一人しかつけられないかもしれませんが……向こうにはオーエンもいるでしょうし。さぞかし仕事をゴミ箱に叩き込んで協力してくれるでしょう」
「――いいのですか?」
反対されても、最悪抜け出そうとは考えていた。どんなに危険でも――迷惑をかけても。けれどそうしなかったのは『援助』が欲しかった為ではなく、ただ筋を通したかったからにすぎ無かった。黙って抜けるよりも、賛成を得て出て行く方のが気が楽だったから。
「行ってきなさい。私はこれ以上助ける事は出来ません」
「……迷惑を――ごめんなさい」
ソルト様は笑うと私の頭をゆっくり軽く叩いて見せた。それはまるで合図のように軽く優しく。当然痛みも音も無い。空気が抜けていくだけだ。
覗き込む琥珀の双眸――それが魅せられるほどにとても艶やかで私は眼を見開く。
「違うでしょう? ライラさんは私にも言い忘れてないですか?」
「――え?」
先ほどまでとは違うどこか悪戯っぽい笑顔で威圧するような沈黙だった。よく分からなくて小首を傾げるけれど――ようやく思い出した言葉に私は軽く『あ』と呟いてから慌てて腰を折るようにして頭を垂れていた。
「あのっ、ありがとうございます」
私がそう言うとここに来て初めてソルト様は、楽しそうに笑っていた。




