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蛙のお姫様【仮】  作者: stenn
二章
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感謝の想い

まだ暗い。もう少しシリアスが続きます。

 ――白い天井が見えていた。見覚えのある天井だ。隅には雨漏りの跡と蜘蛛の巣が大きく張っていた。この間、掃除したのに。独り言ちながら私はゆっくりと身を起こす。



 小さな部屋。学院で一番小さな部屋らしいけれど私にはこれで十分だった。時計に目を移すと『四時七分』通りで外は赤く染まっているはずだと息を付いた。



 壁に掛けられているのは見慣れた黒い制服。――誰かがここまで運んできてくれたことには違いないだろうが気配は無い。そう言えば授業が終わるのはもう少し先なので聞きに行くのはもう少し先に置いておいて、と考えながら私は蛇口から水をコップ汲み口許に含んだ。



 喉が渇いていたらしい。自分でも驚くほどの勢いで飲み干すと軽く息を付いた。



 ――ともかく、行かないと。



 私は軽く石鹸の匂いが残るシャツを身に着けていた。それは明らかに自分のではない。大きめの――ボタンの配置が違うのでどうやら男性物のようだ。それを脱ぐと――それでワンピースみたいになるので下は穿いては無かった――私は制服に着替える。後で洗って返さなければならないので洗い物の籠に入れ、私は部屋を出ていた。



 と――そこには騎士様……ソルト様が立っていた。相変わらずの端正な顔立ちだ。花束を持っていると言う事は見舞いに来てくれたのだろう。



 にしても忙しいのに申し訳ないと思う。けれど、いい機会だとも思った。第一王子。ソルト・ディバイス。頭の中にある『記録』が蘇る。



 彼はにこりと微笑んだ。優しい笑顔。記録にある彼の顔はいつだってこんな顔をしていたように思える。



 後ろめたさもあって優しく、私に貢献もしてくれるのだろうが、それを考えると少しだけ淋しいように思われた。



「――ああ。もういいのですか? ライラさん。――驚きました。貴方が倒れてると巡廻の者に聞いた時には」



「す、すいません。あの、お忙しいのに」



「かまいませんよ。暇は作るものですから――また、戻るんですか?」



 少しだけ怪訝な表情を浮かべる。それはそうだろう――倒れたばかりなのだから、と自分でも思うけれど仕方ない。



「ソルト様に会いに行こうと思いまして――会えなかったらどうしよう。そう思ってましたが会えてよかったです」



「……私に――ですか?」



 少しだけ驚いたような表情。少しだけ考えた後で、すっと視線が真っ直ぐに私を見つめ返した。多分気づいたのだろう。私が『騎士様』でなく『ソルト様』と言ったことの意味を。彼は今まで私に名前など教えなかったから。



「思い出したのですか?」



 どこか悲しみが混じっているのは私の『期限』を知ってるためだろうと思う。



 ――どうやら私はすでに『死』を迎えているらしい。その命を繋ぐため私の中には精霊が眠り常に力を発揮し続けている。壊れかけた私の『時』をその場に保つために。



 つまり私は息ている人間でも死んでいる人間でもないらしいのだ。よく分からないけれど私の時は死ぬ前から一歩だって動くことはない。



 だけれど『死なない』というわけでもなかった。



 私の力を維持するためには――世界の理を曲げている為――膨大な力とそれに見合う対価が必要になって来る。



 一つは私の中に眠る『精霊達』の力。高位精霊と小さな精霊たちが助けてくれているらしい。



 一つは言わずと知れた記憶。これに関しては言われるまで気づかなかったのだけれど、『私』の細かい記憶はすでに消えているらしい。たとえば朝ごはんを食べたとか食べなかったとか。言われてみれば覚えていない。



 そうしてもう一つは――私とローエルの両眼。元々私の眼は『一回目』で右目を。『二回目』で左目を――。今あるのは力を持つローエルの両眼だが、私の魂を閉じ込めるために埋め込まれていると聞いた。



 一つでも私に還れば――記憶や眼――私は確実に死ぬ。尤も、『生かされている』とはいえ普通の人間なので傷つけられたり殺されてしまう事は普通にあるだろうけれど。



 そうしてもう一つ大切な事。この命は『ローエルに再び会うまで』という時限付き。つまりは彼にあってしまえばすべてが終わってしまうらしかった。



 私はソルト様の質問に軽く首を振り笑みを浮かべて見せる。



「いいえ。『聞いた』だけです――思い出しませんよ――ローエルに会うまでは」



「……それは弟の願いではないですが?」



 第二王子ローエル・ディバス。ソルト様の弟――。どうして彼は私をこの世に留めたのだろうか――身分なんて無いような娘。護られて当然のはずの存在。だから恩に着ることも無かったのに。



 自国を危険にさらしてしまう事は分かっていたはずなのに。



「私の願いはそんな事ではありません」



 私は胸に手を押し当てた。ドクン。ドクン。自分の身体がすでに死んでいるなんてとても信じられない。



 けれど、この音はどうやら偽物らしい。



「ソルト様。私、死ぬのなんて怖くないと思います。――もう死んでしまっているのなら、尚更。けれど私は、それに胡坐をかいて生きて痛くはありません。それを言えるだけの時間も力もあるのならば――私は言いたいんです」



「……」



 一人よがり。沢山の人に迷惑をかけるだろう。もしかしたら道半ばにして私の『時』は終わるかもしれない。



 助けたい――なんて贅沢は言わない。



 ただ伝えたかった。



「ありがとうって」

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