会わせたい人
「何もそれだけで私はあなたをここに連れてきたわけではありません。――会わせたい人がいるんですよ」
「会わせたい人――ですか?」
誰だろう。家族が来ているとは聞いていないし――見たことも無い領主様がわざわざ私に会いに来るはずも無い。けれどそれ以外は何も思いつかなくて私は探るようにしてソルト様を見つめた。
「はい。私は『視ること』が出来ないので。もし――賊が言っていたことが本当であれば。貴方は我が国の最重要人物となりますね」
一拍の沈黙――。私は辺りを見回した後――私以外の第三者がいると思った――ソルト様に視線を戻す。彼は何一つ表情を変えずにニコニコと微笑みデリフィスと呼ばれた男は『うん』と言う様に私に頷いてた見せた。
「え? ええと。何を?」
デリフィスもいると言うのに、ローエル以外の事でもねじが緩んでしまったのだろうか。ふと思う。『賊』が私に何を言ったのか忘れてしまったが国の最重要人物は無いだろう。断じて。
「視――」
私の言葉を遮るようにして背にあった扉が重々しく開いた。軋む音。それと共に入って来るのは見覚えのある騎士団の人だ。兄様に脅えていた横顔はどこにも無く彼らはまったく別人のように開き切った扉の横に控えた。
浮かぶのは緊張。緊迫。とにかく口は開くことも無く真一文字に結ばれている。それはデリフィスも一緒であり直立不動で扉を見つめていた。
その中でソルト様だけが相変わらずゆったりと座りにこやかな笑みを浮かべている。
「来ましたか」
何が起こったのか分からず、右方佐生している私。そんな中で遅れて部屋に入室してきたのは一組の男女だった。麻色の髪と立派なあごひげを蓄えた男は厳つく大柄。それとは対照的に女は小柄だった。流れる様な蜜色の髪と金の双眸を持つ女は私を見つけるとふわりと柔らかく笑う。その笑顔も造形も本当にソルト様――いや、ローエルにそっくりで私は息を飲んだ。そして男が持っていたその両眼に言葉を失う。
赤い――両眼。それはローエルの物とち言うよりは私の眼に近い輝きを放っていたのだ。
「父上。母上――御足労ありがとうございます」
ようやく立ち上がるとソルト様は彼らに笑いかけた。『ウム』男は軽くソルト様に言うと私を見つめ、笑う。目じりに皺が寄るもののこちらの笑顔はソルト様によく似ていた。
「我が不詳の息子が迷惑をかけたようだね――ライラ・ストローズと言ったか?」
「――は、はい」
私はようやく気付いていた。自分が立ち上がっていたことに。雰囲気にのまれたのか何なのか。
とにかくソルト様のご両親に両脇を挟まれると私は促されるようにして再びソファに腰を沈めた。
何だろう。親子三人を除いて緊張感が酷く空気が重い。
「ふふふ。かわいい。そっちの目は義眼が入っているのかしら?」
「――あ、はい。見えませんが」
突然目の事を言われているのは慣れているつもりだったけれど、予想外の質問に私は戸惑いを覚えていた。大抵『可哀想に』とか、『大変だったわね』など好奇の目で言われるのが定番なのだけれど。
少し考えて瞼を開けると女は『まぁ』と少し驚いた様に言った。
「私がもう少し良いものを造らせましょう」
「え――?」
何故そんな思考になったのだろうか。謎だ。とにかく、滅多に右の瞼を開くことも無いのでいらないし決して安くは無い物だ。いくらお金があるのかは分からないけれど、申し訳なくて到底受け取ることなどできない。私は丁寧に断ろうと思ったがさすがローエルの母親。口を開くころにはもう違う処に行っているようだった。あれやこれ、何が良いかしら。などと一人で呟いている。何やら高価そうな宝石の名前が聞こえてきたが止めるにはどうすればいいのだろうか。
私が途方に暮れているのを知ってか知らずかソルト様が口を開いた。母親を止める気は毛頭ないらしい。
「紹介しますね。貴方の右隣が私の父――アヴェルド・ディバス。現国王で『精霊を持つ者』です」
「せい……こく……?」
王――。国王って何だろう。などと現実逃避をさらにニコニコと畳みかけられる。
「それでもって左隣が私の母――ティナ・ディバス」
「王妃してまーす。占いが得意ですのよ?」
どう見で壮年の女性だ。けれど重々しさも感じさせず、ニコニコ微笑みながら軽く返事をする王妃を見つめながら私はぼんやりと考えていた。空耳ではないだろうか。それともソルト様がからかってるのだろうか。騎士団の皆さんと共に。いや――何かの陰謀。何の――。いや。それよりも。と私はぎりぎりと音が鳴るようにソルト様に顔を向けた。
「お、王子?」
「ま、そうですね。継承権はローエルよりも低いですよ」
「……」
何かが口から出そうになった。そんな私を無視するようにして運ばれてきた紅茶に口を付ける父と子。なるほど、その優美な動作もよく似ている。
「父上。この分ではトーナメントは延期になりそうですね」
「うむ。ライラ嬢とローエルの戦いを楽しみにしてたんだが仕方あるまい」
悲しいことに中止ではないようだ。一体この国王様――家族は私とローエルの試合に何を期待していたのだろうか。そして王妃はなぜ私の掌をなめまわすように見つめているのだろう。
なんだか緊張と意味不明な状況に泣きたくなってきた。私の身分では絶対にお目に掛かることも無い一家――。とにかくこのソファから逃げて地面に坐れば少し落ち着くかもしれない。――が。こう両脇を固められれば無理な相談だ。
できれば気絶してみたいと心底思う。
「それよりも。父上」
意味ありげにソルト様が言うと国王様――は『うむ』と私を赤い双眸で見つめた。
「ライラ嬢。その目は後天的なものだと聞いたが?」
「――え。あ。はい。私は何一つ覚えていないんですが事故で色が変わってしまったと」
本来は『黒』なのだとどこか戸惑ったように両親は言った。兄様と妹の様に黒い両眼なのだと。けれど、そんな事実際にあり得るだろうか。気にはなってこの学院に来た当初いろいろ調べてみたがそんな記述はどの本にも載っていなかったし、医術専門教諭は『そんな事ありえない』と私の言葉を一蹴した。
では私の『左目』は何なのだろうか。そう言う疑問だけが残る。
「なるほど――事故」
国王様は少し考えるように言うと整った眉を寄せている。その間も赤い両眼が揺らめく様に光を放っていた。
王子って……ようやく1つタグ回収ですね(^_^;)。




