呼ぶ声
今回もキリが良かったので少し少ないです。すいません…。
「――両眼が赤。そう聞いたが。まぁいい。お前の『眼』を貰う――悪く思うなよ?」
クッと男は小さく口許を吊り上げた。
同時に――トン。と地面を蹴ったのはどっちが先だったか。一気に詰め寄る集団。ローエルはまっすぐリーダーに向かうと思われたのだが、身体を反転させると背――後ろへ迫ってきた男の顔に持っていた棒を叩き込んだ。
思わず倒れこむ男の剣を流れる様に奪うと弧を描く様にして辺り一体を薙ぐ。
慌てて私は避けるようにしてしゃがむけれど、私の身体に阻まれて視界が遮られている男はどうにもならなかった。初めて見る赤い鮮血に私は凍り付く。
「――ひ」
「ふたり」
ポツリ。落とすように呟いてローエルは足元に力を入れ蹴った。どう見ても小柄で子供。少年の行動に一瞬怯んだのだろう。もしくは仲間を倒されて驚いているのかもしれない。ただその時間は無駄だ。ローエルは息を止めたまま男たちに切り込むとその懐に潜り込み一気に――薙いだ。
男たちの懇願するような双眸とは裏腹に、平然とした顔で。それはもはや子供のするそれではない。愉しげに『ヒーロー』を語っていた少年はどこにもいなかった。今までこんな事は何度もあったのだろう。そう思わせるほどに状況に慣れてしまっている幼さの色濃く残る少年の横顔には似つかわしくないほど冷たい双眸が輝いていた。
一瞬の出来事に私は瞬きすることもできない。
「――残るはあんただけだ」
血染めの顔でにっと笑う。ただ、男はそれに大きな反応は見せなかった。倒れている者達を一瞥し『やはり』と馬鹿馬鹿しそうに呟いた後で、自身の剣をスラリと抜く。そして見据えた目はどこか今までとは違う威圧感を放っていた。
『格』が違う。そう思わせる程に。
「ライラ。――合図したら、逃げろよ?」
俺にあれは難しい。消え入る声に顔を上げるとその横顔はもう私を見ることはなかった。
『え?』
私が聞き返す暇など、無い。緊迫した空気の中、仕掛けたのはローエルだった。鈍い金属女と響くのは『今だ!』という悲鳴にも懇願にも似たような声だった。
一刻も早く――弾ける様に私は逃げようとしていた。それは半ば本能の様に。けれどぎりぎりのところで私の意識が告げる。
『逃げるの? あの子を残して? あの子は死ぬかもしれないのに?』
「――つ!」
けれど。私が残ったところで何ができると言うのだろう。何もできない。足手まといにしかならないだろう。
けれど――いけない。
私は泣きそうな思いで唇を噛んだ。
「いけって――」
ローエルはこちらを見ることも無く困ったように呟く。ぎりぎりと押し当てられた剣は男の方が優勢に見えた。
「でも」
「逃がすわけないだろ? ――誰かを呼びに行かれたら困るしな」
ぞわりと這う様に上がって来る悪寒。気が付くと私は腕をねじ上げられて小さな悲鳴を上げていた。一体どこにいたのだろう。突然木の上から降って来た男。
彼は喉を鳴らすと私の顎を押し上げた。
覗き込まれて全身に粟立つような悪寒が走る。その灰色の双眸には異様な浮かんでいる様に見えた。
「ライラ!」
焦ったように声が響くが彼がこちらに向かってくることはない。来ることは出来ないのだろう。
「――お前の目も『精霊持ち』だな? ――しかも強い」
「……」
何を言っているのか分からない。いや、理解しようとしても何も思考が働くことはない。ただ恐怖でガタガタと全身が震えていた。
それを当然だが労わるわけでもない。男は愉しそうに両眼を細め骨ばった掌を私の目に這わせた。
「――い、や」
微かに口許から声が漏れる。
「らい――くっ!」
甲高い音が響いて剣が宙を待っているのが見えた。風を切って地面に突き刺さる剣。どちらが負けたなど私には何となくわかった。
それ故、絶望に心が黒く、深く、闇に塗りつぶされていくそんな気がした。
荒くなる呼吸。止まらない震え。見開かれた隻眼に映るのは男の卑しい笑み。
――すべてが怖い。怖かった。
殺される。
「眼を貰う」
誰か――。
「に、い、さま」
カラカラに乾いた唇で私は殆ど無意識に言葉を紡ぐ。
「――助けて」




