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Callin you  作者: 戸理 葵
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私は教科書を凝視したままそこから視線が反らせない。腕が震えてきた。心臓が止まりそう。


やっとの思いで浩輔の顔を見上げた。


「どう言う事?」

「それ、俺が聞きたいんだけど」

「これって・・・」

「あさみの字だよね?」

「・・・多分・・・でもいつのまに・・・」

「いつ書いたの?」



浩輔は険しい顔で、眉根を寄せながらもう一度私の顔を覗きこんだ。

こんなに真剣で厳しい表情の浩輔は初めて見たものだから、正直、恐くなってくる。

心臓が止まりそうだったのに、今度は鼓動が激しく胸を打つ。それは浩輔の顔が恐いからなのか、このあり得ない状況に大きな不安を感じるからなのか、

それとも彼の顔がこんなに間近にあるせいなのか。



「それに何で、あさみが俺の教科書持ってんの? 俺、貸したっけ?」

「・・・覚え、ない」

「どう言う事?」

「・・・だって・・・夢の中では、おばさんがくれたんだもん。浩輔の形見に、って。それで私、それを貰って、それで・・・・」

「ここにこれ、書いたんだ?」



そう言って彼は、私が持っている教科書に視線を落とした。

私もつられてそれを見た。私の殴り書き。



「・・・うん。でもあり得ない・・・」



あり得ない。自分で言葉にしたら益々受け入れ難くなってきた。この状況が。




・・・あり得ない!





「・・・今日さ」


浩輔は俯いて教科書を見ながらボソッと言った。



「バイト先のコンビニで、万引きしたヤツが警察に捕まったんだ」

「え?」

「そいつ、ナイフ持っていたって」



彼の言っている事を咄嗟に理解出来ない。私は一瞬黙り込む。

そして次に驚愕した。何ですって!!??



浩輔は私から教科書をそっと取った。そして顔を上げて私を見つめた。

その顔はまだ真剣だったけど、目には少しの戸惑いの色があった。



「俺昨日、あさみがあんまり否定するもんだから、なんか気が引けて言わなかったんだけど・・・これ、駅であさみから・・・て言うかその女の子からぶつけられた」



そう言って私を見つめたまま、軽く教科書を持ちあげる。

私は再び唖然とした。自分の目が大きく見開かれているのがわかる。息が止まった。


嘘でしょ?



「中身読んで最初驚いて、何の事だかさっぱりわかんなかったんだけど、目の前のあさみが知らないって言うのウソついている様にも見えなかったし。そんでこの6月3日って何だろう、って。あと、コンビニで刺されるってやつ」



そう言った彼は軽く肩をすくめながら、少し苦笑した。


「だからかな。今日おかしな奴を見た時、俺、いつも以上にビビっちゃった。こいつヤベーって。警察呼ぶだろ、俺勝てねーって」


そして真顔で私を見た。




「もし、ナイフなんかもっていたら。俺、死ぬのかって」




私は、時が止まった様な感覚に襲われた。

頭の中がフリーズしているのに、色んな事が一気に押し寄せてくる。写真か何かの様に。バラバラに。次から次へと。私の頭を駆け巡った。




浩輔が教科書の走り書きを読んだ。私が駅で泣いていた。誰かが教科書を投げた。強盗がナイフを持っていた。浩輔が刺されていない。私が教科書に書いた。誰かが昨日駅で泣いていた。浩輔が教科書を読んだ。浩輔が警察を呼んだ。浩輔が刺されていない。刺されていない。刺されていない。





今日は、6月3日。




「どっちが夢だろ? ホントの俺ってもう死んでるの?」



浩輔が、それこそまるで夢を見ているかのような表情で呟いた。

私はそれを、まるで夢を見ている様な気分で聞いていた。



「よくわかんないや。ホントって何?・・・でもあさみの泣き顔が脳裏から消えなくって」



眩しいものを見るかのように、目を細めて私を見つめる。

彼の綺麗な手が、そっと私の頬を撫でた。



「だから俺にとっては・・・それは事実で」



私は潤んだ瞳で、彼の揺れる瞳を見つめ続けた。


ついに涙腺が決壊した。



私が咄嗟に取った行動が彼に届いたの? それを浩輔が読んで、現在いまが変わったの? ううん、現在いまじゃない。だって私は6月3日に戻っている。

じゃあアレは全て夢だったの?

じゃあなんで今、浩輔がこの教科書を持っているの? そしてその中には何で私の手紙があるの?




何にも解らない。なのに涙が出てくる。

だって浩輔が目の前にいる。浩輔がいる。



「・・・浩輔がいるー」



彼の胸に抱きついた。Tシャツが私の涙で濡れるけど、そんな事気にしてあげない。思いっきり縋りついた。



「もうそれだけで、どうでもいいー」



何が本当かなんて、関係ない。仮に今が夢でも構わない。この狂った状況が何なのかなんて考えない。

浩輔に会いたかった。浩輔と話したかった。浩輔の声を聞きたかった。浩輔に触れたかった。

それを今、私はしている。それだけでいいの。これだけでいいの。



だって現実の世界でもいつも、先の事はわからないじゃない。



「あー、えーっと、・・・泣くなよ」



困った様な彼の声が頭上から聞こえてきた。ためらいがちに私の背中をポンポンと叩く。

私はそんな彼を無視してしがみつき、涙を流し続けた。

彼はそっと私を抱きしめてくれた。

たまらなくなる。私は今、浩輔の腕の中にいるんだ。



「可憐やみのりにはもっと気の利いた言葉が言えてたー」

「だってあれは・・・あさみじゃないし・・・」

「意味わかんないー」

「・・・あさみに泣かれたら、俺困るよ」



浩輔の、時折聞かせてくれる、よく通る低い声。

私はその心地よい声にひかれて、顔を上げた。

浩輔は困った様な、だけど切なそうな眼差しで私を見つめて、そして言った。



「どうしていいか、わかんないよ」



しばらくそれを眺めて、私はプッと噴き出してしまった。



「やっぱり浩輔だー。どこまでもヘタレてるー」

「何だよそれ」

「ヘタレキングー」

「あはは」



きっと目を真っ赤にしたまま、私は笑っている。一緒に楽しそうに、浩輔も笑っている。

こんな光景、想像していなかった。いつも願っていたけれど、ここまで素晴らしいものを思い描いてはいなかった。



「浩輔」


私は笑いながら言った。

浩輔は私の頬に手をやりながら、愛おしそうな表情でそれに答えた。


「ん?」

「途中でゾンビになっちゃったり、しないよね?」

「・・・・・・は?」


浩輔の手が止まる。

口が開いて、目がまん丸になった。

私はそんな彼を見つめて、うん、これって演技に見えないけどさ、でもね、だって一応確認しておかないと。


「映画とかでは、一度死んだ人間ってよくなるじゃん、ゾンビに。そんで性格もすっごい変わって、生きてる人とかを食べちゃうじゃん」

「・・・・え・・・ちょっと・・・」

「浩輔、ゾンビにならないよね?私の事、食べないよね?」


「・・・どんだけ好きなの?ホラー映画・・・」



益々下がった八の字眉、この顔、大好き。

これが見たくて、小さい頃よく苛めたっけ。

あ、その力が抜けたように肩を落とす仕草も、実は大好きなんだよ。



「アメリカ映画の見過ぎでしょ。ていうか俺、一度も死んだ覚えないし」

「じゃあ日本映画だったら、生き返って何日かしたらまた天国に帰っちゃう。浩輔、帰らないよね?」

「・・・ねえ、俺、どういうリアクション取ればいいの?」



下唇を突き出して少し拗ねたように上目使いで私を見る表情、もう、すっごく好き。

でもね、そんな表情が許される男なんてあなたぐらいだし、

10年後にそれやったら許されないよ、覚えといて。



「安心しろ、心配するな、あさみ。って言えばいいのよ」

「あ、そうか。よし。・・・安心しろ! 心配するなあさみ!」


わざとらしく大袈裟に、キリッと睨みを利かせて男らしく言ってみせるもんだから、

それがあんまりにも似合わなくって、やっぱり二人で大爆笑をしてしまう。



なんて素晴らしいんだろう。好きな人と一緒に笑うって言う事は。

大好きだよ、浩輔、大好き。



すると急に、彼は私をすくう様にふわっと抱きしめてきた。

そして私の顔を覗き込んで嬉しそうに言った。



「ずっと一生、側にいんだろ?」



微笑んでいる瞳は堪らない程優しくて、それを見た私は、嬉しさと共にドキッとした。



「・・・うん」

「一生一緒にいるんでしょ?」

「うん」

「・・・じゃ、よろしくね」



そう言って小首をかしげてにっこり笑って、なんて可愛い顔をするのズルイじゃない。

女の私よりずっと可愛くて抱きしめたくの。あなたの事を抱きしめたくなるの。



「うん。よろしくね」


私は精一杯明るく、そして負けないくらい可愛く微笑んでみせた。勝敗の程は不明だけど。

すると彼はその微笑みそのままで、にこりと聞いてきた。


「で、触っていい?」

「は?」

「さっきから俺の胸下にガンガン当たってる」


可愛い笑顔を崩さずに言うものだから何を言っているのかさっぱり分からず、気付いた時には彼に腰をがっしりと抱きしめられて逃げ場がなかった。て、ちょっと。


「・・・なっ」

「結構我慢したぞ。触っちゃえばよかった」


いつのまにやら彼の顔はしっかり男の子のものに戻っていて、悪戯っぽくでもどこか艶っぽく瞳が輝く。

なもんだから私は益々真っ赤になってしまう。


「な、だってお母さんにばれたらヤバいって自分が」

「あさみが大人しくしてれば大丈夫じゃない?ちょっとくらい」


そしてあっという間にベッドの前。彼に軽く押されて私はベッドに腰掛ける形になった。

更に顔を赤くしてうろたえながら浩輔を見上げる。


「ちょっとってどこまで」

「ちょっとそこまで」



そう言って彼は私の頬にキスを落としてきた。それをそのまま耳朶にまで滑らせ軽くそれを舐め上げると、なぞる様に唇が首筋を下りてきた。

その甘すぎる感覚に体中がゾクゾクする。今までとは違った意味で、涙が滲み出てきた。


浩輔の、キスだ。



「一生、離れんなよ?」



再び耳元に戻った唇が、熱い吐息と共に囁いた。

私達は見つめ合う。お互いの瞳が絡みあって、多分もうほどく事は出来ないの。


離れないよ、当たり前じゃん。


深く深く、口づけをした。息もつけない程キスをして、お互いの存在を確かめ合う様。

そして体の奥で火がついた欲望は、しばらく止める事が出来なさそう。



「最高、愛してる」



どっちの台詞かも分からない。夢中になって二人とも気付く事が無かったから。




この後二人でデートをしよう。博物館に行って、秋葉原にも行って、池袋で服を見てもらおう。

由佳に会って、からかおう。山下くんダッシュとどうなったか。

可憐に会って、元気づけよう。可憐はとってもいい恋愛をしたって。

みのりに会って、抱きしめよう。私達は一生みのりの味方だから。その後二人で大樹を殴りに行こう。



そして二人で、幸せになろう。

これから起こるであろう様々な事に、二人で乗り越えられる様に。今から幸せになる準備をしよう。



一体、誰に感謝をすればいいんだろう? 神様に? 仏様に? 運命に? 偶然に?

それとも、戻ってきてくれた、浩輔に?

誰でもいいや。ありがとう。

私はこの一ヶ月半、死ぬほどあなたを呼び続けたの。今まで一緒にいた14年間を足し合わせても足りないくらい、必死であなたを呼び続けたの。そしてそれを聞いてくれた何かがいるって、信じている。



だから、


ありがとう。




私の声を聞いてくれた人へ。

ほんとうに、ありがとう。









完結です。読んで下さって、ありがとうございました。

今回の主人公ちゃんは、あまり何かを頑張った感じはしないかな? でも必死だった事と思います。如何でしたでしょうか?

中編は短い中で起承転結を目指すので、なんだかドラマチックになりがちですね。



このお話が、皆さまの暇つぶしに役立った事を願っております。

次作も宜しくお願い致します。



戸理 葵

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