プロローグ2 1年後
西暦2050年 4月10日 午前4:30
この日世界中の画面がある男によって乗っ取られた。
男は自らを”魔王”と名乗りこう続けた。
「ひ、久しぶり!マオちゃん!僕に悪いところがあったんなら全っ部直す!他の男が好きになったんなら悲しいけど諦めるよ。だから、せめて…うっ…うぐっ……せめて……!なんでいなくなったか教えてよ…!」
このふざけた1分にも満たない日本語による放送は世界を震撼させた。
なぜなら約1分間、世界中”すべて”の回線が使用不可となったのだ。プライバシー、国防、全てを根幹から揺るがす世紀の大事件だった。
即座に各国の政府、諜報機関は「魔王」と名乗る男の正体、放送に隠された暗号について総力をあげて調べ始めた。
だがいくら調べようとも映像に暗号は隠されておらず、魔王についても「安堂 勇あんどう ゆう」というごく一般的な男の情報が”大量”に出てくるだけだった。ありふれた一般家庭で育ち、近所の小学校、中学校、高校を卒業し大学生となった”どこにでもいる”人間である。
対照的にマオちゃんという人間の情報はほとんど出てこない。日本のネット掲示板でその名前が少し出てくるくらいだった。
導き出される結論は”すべての情報はダミー”おそらく安堂 勇なんて人間はこの世に存在しない。仮にいたとしても捜査を撹乱するための囮である。
だってそうだろう、一介の大学生にこんな芸当できるはずないのだから。
事件発生からすでに3時間。高度な情報操作、人智を超えたハッキング技術を持つ者の正体はまだわからない。それどころか窓ガラスにも放送が映っていたなんて眉唾ものの情報すら出てきてしまった。
困り果てた各機関は「日本のサイバー攻撃」と苦し紛れの結論を出し、その情報を受けて各国は日本政府へ糾弾の声を上げた。
だが数時間後に日本が『夏星 真央をパンダ公園で待つ』という国名に変更されたことにより、再び混乱の渦中へと引き戻される。
そしてここから数時間ごとに、日本周辺の国々が続々と『ごめんねマオちゃん』、『どこにいるのマオちゃん』と正式な手続きを経てふざけた国名へと変わり始めた。
このことは当然、再び全人類を震え上がらせる。
株価は大混乱。為替チャートは子供の落書きのように山と谷が繰り返され、たった一週間で先人たちが紡いできた資本主義社会は崩壊した。
そして我が国、アメリカにも魔王が現れた。シューベルトがまだ生きているのなら是非言ってやりたい。「魔王には足音なんてなかったぞ」と。
魔王は大胆にもホワイトハウスの目の前に突如現れた。すぐに常駐している特殊部隊が制圧に取り掛ったらしく銃声が絶え間なく響いている。そして「アンドウ」の情報を漁っていた組織の一人が私に喚きたてる。
「生体スキャンの結果、識別名『アンドウ』は生物であることが確定しました。」
けたたましい銃声の中に絶望が響く。
「なら、なんだ?!サイキックか?!」
「わかりません。脳の形状からして人間ではないとしか。」
「そんなことわかったって仕方が――」
その瞬間、銃声は止んだ。無音が聞こえ、時が止まったように誰もが息を呑む。そして無遠慮に回るドアノブ。
ホワイトハウスの扉が開かれるとそこには5フィートと7インチ(170cm)ほどの小男が佇んでいた。場違いなパーカーにジーンズ。そして吸い込まれそうなほどの黒い瞳。映像で見た通り、年はかなり若い。アジア人の年齢はうまく読み取れないが報告書通りなら20代前半のはずだ。
小男は日本語を少し話し、言葉が通じないことに気がつくと口を閉じる。 その瞬間、私の背筋を冷たいものが駆け上がった。拒絶も恐怖も、許されない。ただ理解だけが脳に流れ込んで語りかけてくる。テレパシーというやつか。
「……これは丁度いい。通訳が逃げ出したところだったんだ。」
――
――――
いかなる外交手段も圧倒的な力を持つ”個”の要求に為すすべもなく、小男に促されるまま山のような書類に署名する。途中何度か我が国の誇る特殊部隊が小男の狙撃に試みたようだが跳弾が私を掠めたので止めさせた。こうして我が国は『マオちゃん帰ってきて』となった。たった半日のことだった。世界が積み上げてきた歴史を嘲笑うような振る舞いはまさに魔王と呼ぶに相応しかった。




