1話
ずしん、ずしんと大きな足音を立てて前進する化け物。
ビルと同じくらいの背丈を持つそれは、何もかもを顧みずに街を蹂躙して回っていた。
「嫌、助けて!」
「早く逃げろ!」
車が一つ、大きな尾によって潰される。幸い、中にいた人間は避難していて、車から血が溢れることはなかった。
化け物は喉を鳴らす。ゆっくりと、丸太のような足を前へ動かしていく。
「頼む、助けてくれ!」
「お願い"エテルナエルガ"!」
市民たちはその名を呼ぶ。「エテルナエルガ」、「エテルナエルガ」と。叫び声がこだまして、街中が「エテルナエルガ」のコールで埋め尽くされる。
——その声に応えるように、五つの閃光がやってくる。
赤、青、黄、緑、紫。それらはまっすぐに魔獣の足元まで伸びて、今にも振ってきそうな太い尻尾を弾き返した。
逃げる人々はその先を見る。誰かは歓喜の顔色をつくり、誰かは安堵のため息を漏らした。
「そこまでだ!」
凛とした、よく通る声が響く。英雄然とした、はっきりとした口調は逃げ惑う人々を落ち着かせるには十分だった。
その声の主は真っ赤なヒーロースーツに身を包んだ男だ。五人のヒーローのうち、中央に立っている。白いグローブが化け物に向けて指を伸ばす。人々は手を叩き、赤いヒーローを指差した。
「エテルナレッドだ!」
「助けに来てくれたんだ!」
ここには、既に恐怖で顔を歪めている人間はいなかった。民衆は颯爽と現れた五色のヒーロー、「エテルナエルガ」に対しての期待に染まっている。
エテルナレッドは隣の青いヒーロースーツの男に顔を傾け、声を続けた。
「ブルー、あの魔獣の特徴を教えてくれ」
「典型的なパワータイプだ。喉の近くが弱点だな」
お前は資料をよく読め、と青色のヒーロー、エテルナブルーはレッドを注意する。
「ほ、ほら、早く倒しちゃいましょ! 強そうですけど、あたしたちならできますよ!」
「うんうん、これ以上街を壊されたら困るからね」
黄色のスーツを着たエテルナイエローはエテルナエルガの面々の顔を交互に見ながら話し、エテルナグリーンはのんびりとした口調で獣を眺める。その隣にいるエテルナパープルは無言だった。
「じゃあ、俺とイエローで引きつけるから、その隙にグリーンとパープルは喉を狙ってくれ」
「え、オレは?」
ブルーの作戦に、エテルナレッドは首を傾げる。ブルーはゴホンと咳払いをして、顔を逸らした。
「お前は全体を見て動いてくれ。チームリーダーだからな」
「あの、後であたしが合図を出すので、その時に加勢してください!」
イエローはわたわたと手を動かしながら何度も頷く。レッドは正直に「分かった!」と元気な声で了承した。
その時、獣が大きな声で鳴いた。イエローの肩がびくりと動き、レッドの顔をチラチラ見ながら戦闘態勢に入る。
「いつまでも喋ってないで、行くわよ」
「ああ、待ってよパープル」
それまで無言を貫いていたパープルが地面を蹴る。それにグリーンが続き、あっと言う間に空高いところまで移動した。
「ブルーも行きましょう!」
「分かってる。レッド、後でな」
「ああ、無事でな!」
ブルーとイエローは魔獣の視界に入るところまで走り、レッドは後方から見守るという形になった。仲間たちの背中を見ながら、レッドは一人呟く。
「オレも頑張らなきゃ……!」
レッドはパープルたちの真似をして空に飛ぶ。残された民衆は「レッドが消えた!?」とレッドがいた場所を目を丸くして眺めていた。
獣が爪をブルーに向けて振る。彼はギリギリでそれを回避し、イエローがその腕を殴りつけた。
「次は右だ」
「はい!」
ブルーに言われた通り、イエローは右方向へ避ける。その動きは見事噛み合い、化け物の攻撃を空振りさせることに成功した。
その様子を、グリーンとパープルは空から観察する。そしてグリーンは仮面の横部分を押さえ、無線で伝わる伝令を聞いた。
「パープル、あと7秒後ね」
「分かってるわ」
同じ命令を聞いていたパープルは冷たい声で言い放つ。二人は何かのカウントダウンをして、魔獣をやけに落ち着いた目で見ていた。
そして、7秒後。そのタイミングぴったりに魔獣が上を向いた。喉の弱点が丸出しになり、二人と弱点の間に遮るものが何もなくなる。
その瞬間、グリーンとパープルはそこめがけてブーツを突き出し、勢いづけてキックを繰り出した。二人の強化された脚力が魔獣に突き刺さり、苦しげな息を吐き出して地面にずしんと倒れる。化け物はばたばたと暴れて、なんとか立ちあがろうとしていた。
「今です、レッド!」
「了解!」
トドメを、とイエローがレッドを呼ぶ。レッドは目にも止まらぬ速さでさらに高く飛び上がり、くるりと空中で一回転する。風が渦巻き、小さな竜巻が吹き荒れた。
「喰らえ——」
そして、そのまま最後の一撃を——としようとした瞬間。
「待て!」
いきなり割り込んできた、妙に焦った様子のブルーに、レッドは首を傾げる。
「え、なんだよ」
「今のはやめろ、危ないだろ」
「危ないって何が? オレ、トドメをさそうとして……」
レッドの周りに他のエテルナエルガのメンバーが集まってくる。ブルーの謎の行動を疑問に思っている彼に対して、口々に理由を告げ始めた。
「ほ、ほら! あんまり強い力だと道路ごと壊れちゃうかもしれないじゃないですか!」
「そうそう、レッド、街の復興のことも考えないと駄目だよ〜」
「あまり見誤らないで」
いつの間にか、立ちあがろうと暴れていた魔獣はその動きを止めている。大人しくエテルナエルガの様子を見ていた。
「いいかレッド、手加減してトドメを刺してくれ」
「まあ……確かにな。任せてくれ!」
エテルナエルガはレッドの近くから離れ、レッドは気を取り直して体勢を立て直す。レッドが攻撃しようとしているのを見て、魔獣は思い出したかのようにじたばたと動き始めた。
「喰らえ、魔獣!」
ドン、と大きな音が鳴って、それから砂埃が立ち込める。レッドがとてつもない速度で魔獣の喉に蹴りを埋めたのだ。手加減しろ、と言われて、レッドはその通りにした。
魔獣の叫び声が響き、やがて全身から力を失う。完全に動かなくなった化け物は色を失い、光の粒となって消えた。
魔獣が消滅して、人々はわあっと声を上げる。その中には拍手と指笛も混じっていた。エテルナエルガ、エテルナエルガと繰り返しコールが響き、誰もが彼らを称賛している。
「いいぞ、エテルナエルガ!」
「街を守ってくれてありがとう!」
レッドは手を振り、歓声に応える。レッド以外の面々は互いに顔を合わせた後、微妙な面持ちで軽く手のひらを広げた。
「ほら、帰るぞレッド」
「ブルーはせっかちだなぁ」
ブルーに肩を叩かれ、レッドはヒーロー本部へと戻るために空を飛ぶ。イエローも、グリーンも、パープルもそれに続いた。
だんだんと人々の声が届かなくなり、風の音だけがエテルナエルガを包む。その時、はあと大きなため息が宙に舞った。その持ち主はエテルナイエローである。
「よかったぁ、今日もやり通せて……」
「やり通せてって、何がだ?」
「……え? あっ!」
呟きをレッドに聞かれたイエローは空中で動きを止め、口元に手を当てる。その様子に「馬鹿」とブルーが小さな声でイエローを咎めた。
「あ、あー、えっと、ほら、囮の役ってあたし緊張して! 今回もできてよかったなーって思っただけですよ!」
「えーと、イエロー、注目を浴びるの慣れてないからねー」
慌てて説明するイエローに、グリーンが言葉を付け足す。レッドは特に気にする必要もなく、上手くできてたぞ、とイエローをフォローした。
「あー、腹が減ったな! 帰ったらすぐメシにしよう!」
「は、はい! それがいいです!」
あはは、とイエローは露骨な愛想笑いをする。仮面で気が付かれることはなかったが、ブルーはその様子に眉を顰めていた。
——だが、内心安堵していたのはブルーも同じだった。




