タンディーさんのスピーキング教室
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★裏庭での不便な日々に味方が。
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目標:自立!
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な~んて意気がったけれど、何も思いつかずに日々ダラダラ過ごしてます。
パンが届けられるだけで誰も訪ねて来ませ~ん。
カレンダーがないから何月何日なのか分かりませ〜ん。
壁の振り子時計は時刻しか知らせてくれませ~ん。
仕方ない、ゴミ捨て場から新聞を拝借しよう。
今日(昨日?)は七月七日かぁ〜。七夕だね。『お腹いっぱいごちそうを食べたい』と短冊に書いて、木の枝にぶら下げようかな――短冊も筆記具もないけど。
食事は固いパン一個と水道水だけ。サウス叔父(クズ犯罪者)は姪を餓死させようとしているらしい。
『姪は両親の死後、抑うつになり、儚くなりました……』ということにされそうで怖い。
(お腹空いた……ハンバーグ、大盛りパスタ、食べ放題焼肉……プリン……)
固くて不味くなった昨日の残りのパンをペイッと床に放り投げ、ホコリっぽいベッドでゴロゴロ。起き上がるのが面倒。トイレに行くのも嫌。何もかも面倒。このまま溶けて無くなりたい……気力ゼロ。
自立? もう、どうでもいいかな~。
転生したら愛されお嬢様に――なれませんでした。
あぁ、こうしていればまた死んで、違うところへ行けるのかなぁ~、気付いたら一億年くらいたって、宇宙人になっているかも、タコ型とかイカ型だったら嫌だなぁ~。
ものぐさっているとき扉をノックする音がし、見慣れないオバサンがバスケットを持って小屋に入って来た。
「アイラお嬢様……こんなことになって、本当に申し訳ありません!」
「あ〜?」
「あたしのことが分かりますか、お嬢様。マリオンです。今までずっとお嬢様のお世話をしてました。なのに、新しい旦那様は突然あたしに暇を出して……」
「だ~れ?」
「アイラお嬢様、お話できるようになったんですね、グスッ……」
マリオンさんという、エプロン姿で生え際が白髪のオバサンがわんわん泣いている。どうしよう。
「今まで、お、お嬢様がお話するところを、見たことがありませんでしたので、か、感動して……」
「あ?」
「あたしは執事様に呼び戻されて、また通いの小間使いをすることになったんで……」
アイラはしゃべれなかった。だからわたしは『あ~』しか言えなかった。
(薄々知ってたよ)
マリオンさんが持って来たパン入りバスケットの奥に、布に包まれたひと房のぶどうがあった。
「?」
「しっ、アイラお嬢様、大きな声を出してはいけません、大人しくしていなければいけません。執事様とタンディーに相談しまして、差し入れをすることにしました。旦那様やほかの使用人たちにはバレないようにしますので、お嬢様もあまり小屋から出ないように」
「……?」
事情は分からないけれど、ビタミン、アントシアニン!
えっ、すっぱ! けれどありがたや~。
※
今は七月、ここもたぶん夏。ということは、北半球のどこか? 某北関東ほどではないけれど、結構暑い。汚れたワンピースなんて着たくない。
配給されたシュミーズとステテコ姿で、小屋の外でダラダラとラジオ体操をしていたら、鬼の形相をしたマリオンさんがすっ飛んで来た。
「アイラお嬢様、いくら何でもそんなはしたない恰好で……あたしは、あたしは、こんな風に育てた覚えはありません! せめてこれを着てください!」
「あ、あ~」
怒られついでにワンピースをもらった、ラッキー。
(ワンピースじゃなくて、ゆったりパンツルックがいいんだけどな〜。このステテコ(ズロース)夏にはちょうどいいんよ、真ん中がスースーするけれど)
翌朝、自分で洗濯した下着を窓際に干していると、ときどき見かけるハンチング帽のお兄さんが裏庭でゴルフの練習をはじめた。
(この世界にもゴルフがあるんだ。ボールがかなり大きいけれど?)
お兄さんが、小さくパターを振った。
コロコロ……。
小屋の扉にボールが当たった。
『ナィ~!』と窓から乗り出して叫んだら、一瞬だけ驚いたお兄さんが親指をグッと突き立て、ボールを指さした。
(拾えということ?)
何やら甘い香りがするボールはゴルフボールではなく、布を丸く巻いたものだった。ソロリと布をほぐすと……。
わーい、チョコレートがいっぱい!
その様子を見たお兄さんが、再び親指をグッと立てた。
成長したペーターがタンディーさんなのか。随分こざっぱりしているような……なぜか目から涙があふれた。泣いたわけではないよ?
タンディーさんに、食べ物を粗末に扱わないでとは言えなかった。この世界に来て初めて食べたチョコレートはクルミの味がした。
それからは叔父一家の目を盗んで、マリオンさんとタンディーさんに差し入れをもらったりして、裏庭が輝いてきた。
ところでタンディーさん、何の仕事をしてるの?
ごみ捨て専門?
※
「お嬢、もう少し話せるようにしようか」
「あ~う」
タンディーさんに倣って話してみる。
「これは、バケツ、です」
「こ~、あ~、あ~!」
う、上手く口が動かない。
「あ~、あ~!」
わたしは手をバタバタさせて暴れ、ポロポロと涙を流した。
く、悔しい、言葉は分かるのにどうしてしゃべれないの?
「少しずつにしよう。じゃあ、『これ』」
「こ、れ」
「いいよ、いいよ、その調子!」
「これ、バケツ」
「これ、バケ~」
どこかで聞いたようなレッスンだわ。
「タンディー、普段使う会話にしてちょうだいな」
「へ~い、マリオン夫人」
「それじゃあ、『わたし、アイラ、です』」
「わた、アイラ、です」
「おれ、トマス・タンディー、です」
「オレ、トー、です」
「おっ、話せたじゃないか!」
わたしは嬉しくて、また手をバタバタさせた。
「いいよ、いいよ。少しずつ話せるようにしようか。今日はここまでね」
『アイラ、アイラ、アイラ』と、呪文のようにわたしは言い続けた。しかしタンディーさんの話し方は、上流階級流ではないことを知らなかったのである。
※
「お嬢、だいぶ話せるようになってるね」
「もっと!」
「いいよ、いい子、いい子」
「えへへ」
「少しずつでいいんだ、無理すんな」
「タンディー、あまりお嬢様を外へ出さないで。日に焼けてしまいます」
「はーい、わっかりましたぁ、マリオン夫人。じゃぁ、今日のレッスンはここまでね」
「ありが、とう、タ~、さん」
裏庭は使用人さんたちの社交場だ。世間話や男爵家の陰口も聞こえてくるし、わたしを虐げる人もいない。差し入れももらえるし、話し方レッスンも受けられる。
少しだけど生きる希望が湧いたのであった。
~続く~
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☞不幸中の幸いだったのは、タンディーさんに話し方を教わったことです……が、タンディーさんは上流階級ではありません。実は労働者階級でもありません。その秘密は後ほど。
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