転生薄幸令嬢、放置DVでしょっぱなから詰む
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★決闘事件の二年後、アン女王(架空の女王です)治世歴二十六年。
★【第一部】は転生ヒロインが閉じ込められた小屋を脱出するまでのストーリーです。
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『男爵家当主一家転落事故』
去る六月十九日午後、アウステル県スパリゾートからの帰路、サウス男爵家当主一家と親族一家が事故に遭った。当主一家の馬車が崖から転落、夫妻は死亡。御者は行方不明、娘は奇跡的に救出された。
前日の雨で道路がぬかるんでいたことが原因だろうと警察は結論付け、事件性は無かったとしている。
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……という新聞記事を、今、わたしは読んでいるのですが。
不満ばかりだよ。
狭くてジメジメしたベッドにゴロンと横になって片肘を付き、頭をポリポリ掻いて。汚れはじめた下着と茶色い木綿のワンピース、ボサボサの髪の毛を高級そうなスカーフでまとめて。
新聞は裏庭のごみ捨て場で拾った。
見たこともないアルファベット風文字をなぜ読めるのかは謎。
(『サウス男爵家』ってこの家のこと? というか『娘』って、わたし? わぁ~、有名人)
な~んてのん気に構えているのは、わたし自身がこの屋敷にいる連中とは真っ赤な他人だから。
だってわたしは北橘佳奈だもんね。
けれど違う人になっちゃったみたい。
(はぁ〜、お腹空いた……誰かいないの……?)
※
さっきまでわたし、某北関東田舎民で二十四歳オトナな社会人だったんだけど。こんな生白ろい、ふくらはぎの筋肉が全然ない痩せガキじゃなくて。胸だって少しはあったし、男性のメシ友もそれなりにいたんだけど。
確か、職場の仲良し同士で湯畑のある有名温泉へ行った帰り、同僚が運転する中古の軽が、関越自動車道の玉突き事故に巻き込まれて……?
そこで記憶が途切れて……?
乙女なベッドルームで目覚めたときはあせった。病院ではなさそうだし、ここはどこって。外国人のオバサンが擦り傷だらけのわたしを見て、『アイラお嬢様……』と涙を流していたし。
(アイラお嬢様? アンタ誰?)
花柄模様のカーテンや絨毯、豪華な調度品のある重厚な造りの薄暗い部屋。明かりはキャンドルだけ。出入りするのはメイド服の外国人。
痛む身体と朦朧とした意識のまま何日かたったとき、わたしは突然乙女な部屋を追い出され、裏庭のみすぼらしい小屋に放り込まれたのである。
おおぅ、不遇令嬢キタコレ!
※
そして冒頭に戻る。
わたしは新聞記事と使用人(?)たちの噂話から、次のようなことを知った。
・ここは首都にあるサウス男爵家タウンハウス。
・亡くなった当主夫妻が首都で事業を進めていたため、一家は領地ではなく首都で暮らしていた。
・男爵家当主夫妻が死亡してからまもなく、中央官庁で官吏をしていた叔父の家族が乗り込んで来た。
・その後亡き当主のひとり娘――アイラ・サウスを裏庭の小屋に隔離した。
ということらしい。
(どういうこと?)
まさか――馬車事故で死亡して魂が離れた少女の身体に、自動車事故で死んだ(?)自分の魂が乗り移って奇跡的に甦った――だったりして。異世界というか、事故現場がリンクしたパラレルワールド的な。
だとしたら、アイラ・サウスの魂はどこへ?
食料はバスケットに入った固くて丸いパンがひとつ、毎朝小屋の前に届けられるだけ。シーツやタオルの替えはなく、掃除や洗濯をしてくれる人はいない。着替える服もない。シュミーズみたいなのとレディースステテコみたいな下着がパンと一緒にときどき届けられるだけ。
(こらこら、パンを入れるバスケットに下着を入れるんじゃないよ! 衛生観念ないの?)
『しゃべれない不気味な子』という残念ワードもたまに聞こえてくる。
(誰だよ、ソレ?)
お気楽だった自宅暮らしの北橘佳奈から見ると、生活全般が悲惨。
試しに屋敷へ入り込もうとしたら、チェックのハンチング帽をかぶったソバカスお兄さんに捕まった。薄い茶髪の、成人したペーターみたいな人だった。
「お嬢、屋敷内に入ると旦那様に叱られるから、止めときなさ……止めときな」
「あ……」
「いい子だから、もうしばらく大人しくできるかな? 水がほしかったら母屋から運んであげるから」
優しそうなお兄さん。使用人なんだろうけど……こざっぱりした私服?
「大丈夫、心配しなくていいよ」
「あ~」
『あ』しか発音できない。言葉は分かるのに、しゃべれない……口が動かない……。
『しゃべれない不気味な子』とは、わたし――アイラ・サウスのことだったのだ。
ナンテコッタ!
いきなりハンディキャップもらいました。
マイナスからのスタートです。
孤児になったとはいえ、アイラって現サウス家の姪じゃないの? 酷くないですか。放置監禁DV犯罪ですよ。
転生先が不幸ってどうなの! 誰に訴えればいいの!
もしもこれが事故と見せかけた殺人だったら――。
二台の馬車が崖にさしかかったとき、アイラと両親の乗った馬車だけが崖から落ち、なぜか御者は見つからなかったし。
アイラという厄介な生存者がいて叔父夫婦はガッカリし、貴族の娘を孤児院に入れるわけにもいかず、小屋に閉じ込めた……と、勝手に想像する。
叔父一家絶許かな!
《燃えろ、全部燃えちまえ!》
アイラと両親はさぞ無念だったことだろう。ご冥福をお祈りいたします。できれば毎年お墓参りに行きます。できれば、だけど。
事故に遭ってからしばらく自室のベッドだったし、放り込まれた小屋には鏡がないから、自分の顔が分からない。
髪の毛はシルバーに近いプラチナブロンド、赤みがかった白っぽい肌に、傷だらけにはなったけれど、家事などしたこともなさそうな手をしているから、いかにも貴族の令嬢ですという感じ。
(そんなことどうでもいい、この状況を何とかしなければ……死ぬかもしれない)
裏庭で井戸端会議をする使用人さんたちの噂では、叔父の娘でミリーとかいう従姉は、テラスハウスからサウス家のタウンハウスに引っ越して以来、贅沢をはじめたらしい。
高級オーダー服にアクセサリー、婚活(男漁り)パーティー。仮面舞踏会という怪しげな所へも出入りしているみたい。
『もう二十歳になるんだからさぁ、本気出さないと行き遅れるよねぇ。それにさ、最近貴族の息子に貢いでるらしいんだよ、アハハハハ』
『婿養子捜しで忙しそうだねぇ、今までいい人いなかったんかい』
『あのキッツイ性格じゃあねぇ』
『アハハハハハ』
噂好きの使用人だ。容赦ないな。
小屋の隣に物置があるから、庭師がいるんだろうか。狭い庭だけど。
間取りは水道付キッチン・テーブルセット・小さいベッドがある居室、便座が大きすぎる木製トイレのみ。いわゆる1K。
お風呂はなく、ホーロー製のタライがあるだけ。これでは足湯にしかならない。けれどお湯はない。暖炉がないからお湯を沸かせない。
「お、お~?」
ギギギと無理矢理口を動かしたら、『お』と発音することができた。
仕方なく、チョロリとしか出ない水道からタライに水を入れ、泡立ちにくい固形せっけんで身体を洗う。シャンプーリンスがないので髪の毛は水シャン。髪は腰まであるから乾きにくいし、ギシギシする。
冬なら死ぬかも。
(絶望だよ……)
照明用ランプは燃料切れ。燃料が何なのか知らないけれど。明りといえばロウソクが少し残っているだけで、マッチは見当たらない。季節はたぶん初夏なので、日中はじんわり暑い。
(誰か何とかして〜、ヘルプミー!)
本館は三階建てのクラシックなプチホテルという感じ。小屋のある小さな裏庭はこじんまりしたイチイ林になっていて、背よりも高い赤茶けたレンガ塀で囲まれているから、外が見えない。
裏門は鍵がかかっているので脱出不可能。
小屋とは反対側の塀の角にゴミ捨て場があって、ときどきハンチング帽のソバカスお兄さんが現れては何かを捨てていく。わたしはそのたびに、使えるものはないかと漁るようになった。
立派な屋敷内野良娘ですにゃ~ん。誰かエサ下さい。
この小屋は一応マイホーム、リフォームでもすっか。
わたしはゴミ捨て場から、欠けた鍋や食器など使えそうな物を拝借した。
そこにはブルードレスを着た、五十センチくらいの薄汚れた人形が捨てられていた。耳に青いピアスをしているけど、ガラス玉かな?
もしかしたらアイラの宝物だったの?
人形に『アイラちゃん』と名付け、一緒に眠ることにしよう。
それなりに掃除をしたからどうにか住めるようにはなったかも。一日パン一個で不衛生な生活はキツイけれど、叔父一家とは会わないからお気楽。
会ってもアイラはしゃべれないしね。
いっそのこと屋敷の外へ出て暮らしたい。
それなら……。
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目標:自立!
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わたし――アイラの『明日はどっちだ』波乱万丈ストーリーがはじまったのであった。
~続く~
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☞アイラ・サウスは身体と頭脳が未発達な令嬢でしたが、強情でポンコツな北橘佳奈が入ったことにより、物語はシリアス路線から永遠に外れてしまいました。
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