ギーズ邸の奇妙な住人――疑惑の悪妻
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★隣国からの亡命貴族ランベール・ギーズ周りの、軽そうに見えて重い事情です。
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僕の朝は遅い――大切な奥様も。
今朝もご機嫌伺いに、奥様専用の寝室へ行く――忍び足で――まどろみを壊さないように。
「朝ですよ、エレン」
「う〜〜ん、もう?」
「起きましょう、マダム。モーニングティーですよ」
「今朝は何?」
「ブルーベリーティーでございます、奥様」
「ストロベリーがよかったわ」
「わがままが過ぎますよ、奥様。ですが許しましょう、僕はあなたの奴隷ですから」
エレンの額にさりげなくキス。
ついでに頬にも。
ついでに……。
「も〜ランベールったら、何をコソコソしてるの?」
あぁ、今日も失敗。
「べ、別に何も……していませんよ、麗しの奥様」
(結婚してるのに……)
しかしこの結婚は、貴族籍が欲しかったエレンと、まとまった資金が必要だった僕の『共犯』のようなもので……はじまりが『事後事故』だったとしても。
朝食は、シェフのジャン・ジロー特製『亡き王国のキッシュ』に、たっぷりのカフェオレ。僕は軽食用ダイニングで、奥様は陽光をレースカーテンで遮ったサンルームで、侍女たちと共に。
今日の予定は出版社とお抱え芸術家巡り、奥様は『侍女』という名のセントレ家用心棒(複数)とエステ通い、そのあとはパーティー巡りだ。
現在僕は、クーデターで祖国から逃げてきた芸術家のパトロンをしている。宮廷お抱えだったシェフのジャンも、僕を頼ってこの国へやって来た。
クーデター政権が終わらない限り、僕たちは祖国に帰れない。何しろ処刑された僕の祖父母は、新興貴族なのに頑固な王党派だったから。
今更王政というのもどうかとは思うけどね。
「ジャン、ミシェルのピアノ・リサイタルを来月わが家で開催するから、簡単につまめる素敵なメニューを考えておいて」
「お任せ下さい、旦那様。クーデター政権が発狂して暴れ死ぬようなメニューをご用意いたします」
「それはいいね」
ピアニストのミシェル・バルビエも亡命組だ。彼は王宮でピアノを弾いていた。王妃のお気に入りだったのだ。彼のピアノが好きな僕はギーズ邸に招いた。近々新作『将軍様のエチュード』をわが家で発表する予定だ。
「旦那様、一週間遅れの祖国の新聞でございます」
「どうなったかな、わが祖国は」
「首都のレストランにて、反クーデター集会があるそうです」
「相変わらず耳ざといね。じゃあ、匿名でワインとオードブルを用意して。予算はいつも通りで」
「かしこまりました。これは昨日配達されました、旦那様宛てのお手紙でございます」
有能な執事が新聞と手紙の束を差し出した。
執事のパスカルほか数名の使用人も亡命組だ。祖国のギーズ家タウンハウスをクーデターのお偉いさん――処刑人と言うべきか――に没収されたため、行き場を失った。
「ミセス・ロイド、ミセス・ケーヒル、ミセス・ムーニー……」
手紙の大半は有閑未亡人からだ。
最近はそういった熟女フレンズとの逢引きを控えている。アイラ嬢にバレたら軽蔑されるかもしれないからね。あの虚ろな、けれども純真な、汚れのない目で非難されたら、立ち直れそうもない。
(過激なクーデター政権が終わったら――さて、どうしよう――エレンを祖国へ連れて行く? それはセントレパパが許さないだろう。では、アイラ嬢は?)
ウォルティーと出版社へ顔を出し、くだらない噂話を選り分け、遅いランチをしたあと、パトロンをしている画家との打ち合わせを終えて屋敷に戻ると、エレン奥様が侍女を伴って馬車に乗る所だった。
「おや、奥様。今宵はどちらへ?」
「パーティーよ、銀行組合の」
「うん? フリップもそんな事を言っていましたよ?」
「偶然じゃないの。わたしはパパのエスコートで行くの、セントレの大事なお付き合いだから。今夜は実家に泊まるから、帰りは明日の夕方になるわ」
「ハハッ、僕の奥様はいつもながら正直でいらっしゃる。僕の部下をペットにするとは」
「フフッ、ランベールもね。聞いてるわ、あなたのところの新人作家」
「……」
華やかで洗練された装いの奥様を馬車までエスコートすると、奥様はセントレ銀行のホールへ向かった。
(フリップのヤツ、チクったな!)
エレン奥様の奔放さは今にはじまったことではない。何かをしでかしたとしてもパパが全力でカバーするから、気にしていないのだ。
――来月画家仲間とタンディーゴルフ場へ行くから、ゴルフウェアを一新しよう。その後はミシェルの新作発表を兼ねた演奏旅行だ。
あぁ、忙しい。
無表情で虚ろな、何を想っているのかつかめない不思議な目。まるで人形のようなアイラ嬢。僕には彼女の癒しが必要だ。
※
そんな忙しい日々を送っていた矢先、アイラ嬢が知らない男に攫われた。
『実は、わたし、ぶ、ヴェストル伯爵家に、行く、ことになりました』
(――誰だ、その泥棒野郎!)
どうやらその男は伯爵らしい。
爵位が下で、しかも亡命貴族である僕に太刀打ちできるのだろうか。
『一年間の、契約なんだ、そうです。先方が『ご所望』、だと』
ご所望!?
その契約自体が眉唾ものではないか! 僕が親なら絶対に断る。一体サウス家はどうなっているんだ!?
『そんななおかしな話をなぜ引き受けたのですか?』
『う~ん、叔父に、言われたから』
『……困ったことになりましたね。今からでも契約を断ることはできませんか?』
『断われ、ません。両親が死んで、叔父に、引き取られた、から』
おそらく彼女は金と引き換えに、高位貴族へ売られたんだろう。今のサウス家は金なら何でも欲しいだろうから。僕がもう少し早く彼女を救い出してさえいれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。彼女を自立させるために家政婦付女性専用アパートを用意した直後だったのに。
悔やんでも悔やみきれない。
もしもこれが『愛人契約』だったら?
(許せない!)
《ヴェストル伯爵絶許!》
(待てよ、『ヴェストル』……ウエスト家のことか……では、例の……)
サウス家と同時にそいつの調査もウォルティーに依頼しよう。
僕は謎契約を強いられた、〈虐げられたエンジェル〉との連絡を取るため、伯爵家に出入りしている書店業者を調べた。その結果、アーチーという貴族専門の御用聞きに連絡係を依頼することにした。
「ウエスト邸にいる女性の客人へ、わが社が発行している書物の売り込みに行ってほしい。彼女に本を売ることができるのは、あなただけだ」
「かしこまりました、ギーズ卿。しかし、あのお屋敷に女性がおりましたか? 先代の奥様は領地で療養中と聞いております」
「若い当主の客人らしくてね」
「ほう……初耳ですね」
「当主がしばらく不在のためか、その女性は離れで生活しているとの情報があってね」
「『セカオピ』の裏取りがあるのでしたら、そうなのでしょう」
「周囲に気付かれないよう、慎重に接触してくれるかな」
「かしこまりました」
何とかアイラ嬢の現状が分かるようにしたものの、一年間という長い期間拘束してしまう謎の契約。その後アーチーから渡されたアイラ嬢からの手紙で知ったのは、訳の分からない支離滅裂な契約内容だった。
(愛人契約ではなさそうだが……アホか? ヴェストル伯爵という男は、アホなのか!?)
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『一年後、再会しましょう。必ず迎えに行きますから。どうかご無事で』
アイラ嬢との約束。
絶対に果たさなければならない。
そのためなら少しくらい道理を捻じ曲げても構わない。
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☞アイラとランベールから『アホ』認定されたヴェストル伯爵。本人はそんなこととは知らず、一生懸命お仕事をしているらしいです。お仕事頑張ってください。
☞次回からしばらくアイラのターンです。
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