第63話 影を語る火影
その夜の食事に関しては、概ね危惧していた通りの様相だった。
いや、ラヴァリッサ自身は最初、昼の反省からか酒には手を付けない、というか目を向けないようにしていたようだったのだが、どうやらフューフィルが一服盛ったらしい。
気付けば、陽の光が月明かりと揺らめく焚き火に変わった以外は、昼食時の再現となっていた。
ラヴァリッサ氏の名誉のため詳細は伏せるが、むしろ昼よりも昂っていたように感じられた。二度目ということで何かしらのタガが外れたのかもしれない。
昼にはどこか後悔した風だったゼオも気付けば一緒に盛り上がっていたし、ひとり素面で置いて行かれるのがちょっと癪だった俺も今回は普通に飲んだ。
導輿を動かす可能性が残っていたため昼には一応自重していたのだが、それも翌日送りが確定して、我慢する理由が無くなったためだ。
……酔っ払い共の面倒を見る役割が残っていたかもしれないが、もう俺一人ではどうしようもないくらいに場が仕上がり切っていたので、その立場は放棄することにした。
夕食の主役は、昼から仕込んでおいた枯羽牛肉の果酒漬けを焼いて厚めに切り、ユプセン塩を溶いた香味油をタレとして添えたもの。
それを軸に、干し魚と茸の魚介出汁仕立て汁物、刻んだ酢漬け球藍の粗挽き火錐草和えを舌休めとして出したところ、特にフューフィルのお気に召したようだ。昼食時と同様、淡麗な褐酒を流し込みながら満足そうに平らげていた。
ラヴァリッサは、説明をよく聞いていなかったのか、火錐草和え球藍を一気に口に入れて咳き込んでいた。結構辛いって言ったのに。
勝手に酔っているなら都合が良いかと、彼女らの仲間達――魔王の配下についてそれとなく情報を聞き出そうともしてみた。
流石にここでトープドールに触れるのもどうかと思ったので、ひとまずは――カナンについて。
以前そんな人物との戦闘になった、という件を伝えてみたところ、二人は顔を見合わせた後、なんだか不思議そうに答えた。
「カナンって……カナヴェーヌ様の事ですわよね」
「自分でそう名乗るのね。呼ばれるのは嫌そうなのに」
やはりあの時名乗ったのは、偽名という程ではないものの正確な名前ではなかったようだ。
カナヴェーヌ。本来はそういう名らしい、あの細い影のような男。
北部から逃げ出した俺を、統聖国まで追跡してきて護衛の聖畜衆達を単騎で蹂躙、俺自身もろくに抵抗できず叩きのめされた、漆黒の襲撃者。
彼について、二人は何やら愉快そうに話しだした。
「見逃したってずっと言い張ってたけど、やっぱり追い払われただけみたいね。そんなところだろうと思ってはいたけど」
「わざわざ南部まで出向いておいて、情けをかけて帰ってくる訳ありませんものね。見栄を張りたかったのか知りませんけれど、もう少し自然な言い訳ができなかったものかしら。そういうところでサリュージア様やシュプロイデン様におもちゃにされるのですわ」
「……いや、俺一人ではむしろ彼に全く刃が立たなかったんですけどね、一応」
妙に辛辣な物言いをされている。嫌われているという訳ではなさそうだが、まさかいじられ枠なのだろうか、カナン。いやカナヴェーヌ。
まぁあの戦いは最終的には、痛み分けというかお互い手詰まりになって戦闘継続できなくなったという感じだった。一方的に見逃されたように吹聴されるのは釈然としないものを感じるので、この機会に真相を持ち帰ってもらうとしよう。
……と、そこに、
「カナン……って、あの時の細長くていかがわしい人ですよね? フィーノ様を道端で押し倒してた」
アステルが盛大に誤解を招きかねない言い回しで口を挟んできた。
いや、意図して貶めようとしているのではなくアステルの視点ではそれが事実なのだろうけども。
あーいたねそんなの、とミュイユが隣で肉を齧りながら今思い出したように呟いた。
「あー、うん……そのカナンで合ってると思うけど、もう少し言い方」
「おっ……お持ちくださいアステル様っ!! 今なんと仰りましたのっ!?」
「カナヴェーヌが聖王を、どうしたって? 詳しく聞かせてもらおうかしら」
特に間違ってはいないが一応かばっておいた方がいいかと口を開きかけたところに、なんかすごく目を輝かせて声を被せてくるラヴァリッサとフューフィル。
「あの男にそんな積極性……いえ勇気……度胸があっただなんて。これは評価を見直すべき情報かもしれないわ。ほらアステル、早く続きを」
「これはどんな物品よりも価値あるお土産、どんな食事よりもお酒に合う肴かもしれませんわねっ! この場にサリュージア様がいらっしゃらないのが残念で仕方ありませんわ! それでアステル様、聖王様、一体どうなってそうなって結果どうなりましたのかしらっ!?」
「え、いえ、どうと言われてもですねっ」
異様に食いついてくる淑女二人にたじろぐアステル。
困ったようにこちらを見るが、俺としてもどう対応していいかわからない。
わからないので、
「……アステル、よろしく」
「ふぁいっ!?」
雑に放り投げておいた。
よくよく考えてみれば、別に俺がカナヴェーヌを庇い立てする義理は無い。
むしろ散々痛めつけられた恨みさえある。いやそこまで黒い感情は抱いていないが。
まぁせっかくなので、ここで酒の肴になってもらうことで溜飲を下げさせてもらうことにしよう。いや特に根に持ってなどいないが。
「聖王の許可が出たわよ。さぁアステル、カナヴェーヌの勇姿……いえ痴態を存分に語りなさい」
「いえっ、あのっ、語るも何も私はあの時の事それほど詳しくは知らなくってですねっ」
「構いませんわ、むしろ知らない部分は貴女の思うままに誇張して脚色なさってくださいませ! その方が確実に面白くなりますもの、ねぇフューフィル」
「そうよ。今この場では面白さが全てに優先されるわ。安心しなさいアステル、話す内容が多少事実と違ったとして、困る人間はどこにもいないわ」
「私たち疵傀は死人の再現であってもう人間ではありませんものねー!」
大笑しつつ更に酒を呷るラヴァリッサに、したり顔のフューフィル。
これは自虐的な笑いと捉えたらいいのだろうか? 反応に困る。
それはそうと、彼女ら――過去からの蘇生者には、疵傀という呼称があるらしい。
毎度毎度長ったらしく説明的な呼び方をするのも面倒だと思っていたところだ。折角なのでこちらでも使わせてもらおう。
「えっとっ! 本当に適当に話しますよいいんですかいいんですねっ!?」
慌てながら俺とラヴァリッサ達を交互に見るアステル。
アステルがここまで戸惑う姿も珍しい。昼のロティといい、今日は稀少な反応をよく見るなー、などと他人事のように杯を傾けていたところに、
「何アステルに丸投げしてるのよ。あの時の話なら、一部始終に関わったあなたとあたしが適任でしょう?」
俺の隣に座り絡んでくるロティの声。酒杯を手に、何やらにやついている。
そんなに語りたいのか、あるいは――カナヴェーヌを貶めたいのか。
いやそもそも、情報を聞き出すつもりだったのに何故こちらが話す流れになっているんだ。
何にせよ、人任せにして逃げようとした俺の目論見は敢えなく失敗に終わり。
面白おかしく誇張されたりされなかったりしたカナヴェーヌの話は想定以上の大盛り上がりを見せ。
酒の香と笑い声が夜の森を遅くまで照らしていた。




