第62話 陽落つ森に影四つ
「そういうんじゃねェっす。つーかしたくてもできねェっつーか」
「できなくはないのだろうが、しない方が無難だろうな。いや、私個人としては一向に構わないのだが」
「……えっと、何を言ってますの?」
要領を得ない二人の答えに、思っていたことをラヴァリッサが代弁してくれた。
「あぁ、すまない。別に勿体ぶるつもりは無かった。ただ、我々が今この場に四人いる、というのが問題なだけでね」
「四人? ……あぁ、そういう事。会議でも話していましたわね。――上限がある、と」
「そう、私達は今、ここに立っているだけで『彼女』の負担になっている。また、人数と距離の影響により、恐らくは大きく弱体化している。聖王殿の一行に戦いを挑むべき状態ではない、というわけだ。いや、私個人としては一向に構わないのだが」
「だからそういうところが問題視されてんだろてめェはよ。今回特例で出してもらっただけで謹慎はまだ解けて無ェのわかってんのかよ」
奇妙な会話。
言葉ひとつひとつの意味はそれとなくわかっても、全体として何を話しているのかはどうにも掴めない。
読み解くには俺の持つ情報が足りなさそうだ。
「……ともかく、そういう訳だ。私とイフラはこのまま離脱し、セラン・ウェーラーで待機する。貴女達も、極力速やかに聖王殿の元を離れ、我々と合流して頂きたい」
「つーかそもそもなんで聖王一行と一緒になって宴会してたんすか。しかもこんな昼から」
「みっ……見ていらしたんですの!? 一体お二人はいつから……い、いえ、あれはフューフィルのせいで仕方無しに……!」
「ラヴァリッサ殿が誰より楽しんでいたように見受けられたが」
慌てるラヴァリッサに、淡々と指摘する男の声。
責めたりからかうのではなく、ただ疑問を述べているだけといった口調なのが、むしろラヴァリッサの焦りを誘うようだ。
「すっ、聖王を油断させるためですわっ……!」
「ラヴァリッサ殿が誰より早く油断して眠っていたようだったが」
「…………もう勘弁して下さいませトープドール様」
――思わずむせた。
木々のそよぐ音に紛れて彼らには音は届かなかったと信じたい。
そうだよトープドールだよ、何で今まで思い当たらなかったんだ俺は!
容姿こそ見ていないが、この声に喋りに魔王の仲間という情報、推測できる要素は全て揃ってたはずだ。いや確かにあの男がここにいる事自体完全に想定の外ではあったけど。
あるいは、俺自身が無意識のうちに、その可能性から目を逸らしていたのかもしれないが……ともかく、今この木立の向こうにいるのは、あのトープドールで間違い無いようだ。
こちらの圧倒的有利な条件下で、辛うじて僅差で勝てただけの、武力の化身。
再開を懐かしむ気持ちがまぁ多少無くはないが、それ以上に、戦闘をした際の恐ろしいまでの強さが思い起こされて仕方が無い。
詳細はよくわからないものの、話の流れ的にどうやらこのまま帰ってくれそうな雰囲気はあるが……。
期待を込めつつ、続けて会話に耳を傾けた。
「とっ……とにかくっ、セラン・ウェーラーへ向かえばよろしいのですわねっ?」
「うむ。我々は北区の中央通りと第五円周路の交点付近にある『睨み火に沈み尾』という店、あるいはその近辺で宿を取る。少し引っ込んだ場所になるので、見つからなければ案内所で聞くといい」
「わかりましたわ。……お二人は、今から?」
「そうだな。折角ここまで来たのだし、聖王殿に挨拶しておきたい気持ちはあるが……」
と、一旦区切ると、トープドールは少しだけ声を張るようにして続けた。
「実のところ、私としてもこのような形で顔を合わせるのは本意ではない。彼女との再会は、然るべき機会までの楽しみにしておくとするよ」
ラヴァリッサに対してではなく、俺にしっかりと届く程度の声量。
……うん、どうやら俺の盗み聞きはしっかりバレていたらしい。
気付いていたのはトープドールだけで、ラヴァリッサとイフラの二人は急に声を張り上げたトープドールに慌てている様子だったが。
「うるせェよてめェは突然よ。何のためにわざわざラヴァリッサ様にここまで離れてもらったと思ってんだ」
「あぁ、すまないね。……では、そろそろ行くとしようか」
「なるべく早くお願いしますよラヴァリッサ様。こいつとずっと二人だと気が変になりそうなんで」
「わかりましたわ。私達は、明日の朝にこちらを発つことにいたします。しばらくの間だけ辛抱してくださいませ、イフラ様」
「何故我慢をする風になっている……?」
「いいから行くぞ。じゃラヴァリッサ様、俺達はこれで」
「フューフィル殿にもよろしく頼む」
そう言い残し、二人の男は森の奥へと消えていった。
向かったのは北西方面。恐らくは、セラン・ウェーラー側へ向かって森をまっすぐ突っ切るつもりなのだろう。
これから暗くなる一方、危険じゃないのかとも一瞬考えたが、あのトープドールだしまぁ大丈夫かと思い直した。むしろ危険を踏まえた上でこの経路を選択してそうだ。
取り残されたのは、木陰の向こうのラヴァリッサと、未だ身を潜めた俺。
今更出ていくのもなんだし、どうしたものかと悩んでいたところに、ぽつりとラヴァリッサが呟く声が聞こえた。
「……やってしまいましたわ……。まっすぐセラン・ウェーラーへ向かうことにしてしまっては、南部を観光する時間が取れないではありませんの……」
深刻そうな口調で漏らすのは、随分と利己的な後悔の声。
……まぁ一日程度なら、ローナセラを巡る手伝いくらいはしてあげてもいいだろうか。
わかりやすい名所みたいなものはあまり無い街だが、料理は独特なものがあるし。
土産物って属立共壇に売ってたかな……またアステルにでも訊いてみようか。
木にもたれかかりながら、俺は刺客への観光案内に思考を巡らせていた。




