Ep.97『Lyserkilt』
「エンケファリンだ。」とマツシマは言った。
それが、タツミの腹から白銀の刀身が這いずり出てきた理由の、全てだったんだと思う。
ぐぽ、という間の抜けた音が、タツミの口の端で絡まった血液から漏れた。血泡が弾けて、ずりゅ、ずりゅ、とナイフが袈裟斬りに近い軌道を取った。反面、その速度は、魚を解体するように機械的だった。
「……飛ばせ。」
タツミは、今わの際の言葉で、そんなことを言った。
それは、親殺しを成そうとしている息子に残した言葉か、はたまた、僕に向けた鬼哭か。どちらでもなかった。
マツシマ・タツミとは、そんなにも感傷的な人間ではない。
生温かい風が顔面をぐおんと抜けて行って、僕はそれに何故か体温を連想した。視界の奥、風景の立体感が、奇妙な心地を抱かせた。やがて、それはありきたりな風景から沁みだすように出てきた。
巨大な十字架にも見える、鈍色の直方体。角が潰され、表面に機械的な部品の一切が見えないそれに、既視感があった。それは、MSCSの機体造形思想と通じている。その内側に、おそろしい情報量と機械部品を搭載していながら、外見からではそれを見て取ることはできない。
一つのビル、あるいは証券取引所、あるいは大使館。巨大で威圧感のある建物のそのどれよりも、それは巨大であるように思えた。
鈍色一色に塗られた外装の表面、ところどころに光シグナルが滑走するラインが引いてあった。
僕が満足に視認することのできる多面体の一面、垂直方向に真っ直ぐに引かれたラインには、青色の光が、下から上に遡行している。
タツミは、それを飛ばせと言ったのだ。
タツミは、もはやこの作戦に意味はないと考え、神々の魔法工学を、空の彼方へと戻せと言ったのだ。
もう少し感情的になることはできないだろうか。
呆れた僕のことなんて眼中にないタツミは、顔面の半分を血液に染めた眼で背後を見やる。愚かにも父親に歯向かった息子へと、あまりにも軽々しい軽薄な瞳を向ける。
「親父の言葉を教えてやるよぉ、甫。そのナイフは、あの妖精は、俺たちはなぁ」
「呪いだ。」
簡単に言い切ったマツシマに、タツミは一瞬、呆気にとられたようだった。
「わかっていましたよ。なんなら、彼がそう言っていたのを聞いた記憶も……もう薄ぼんやりとしか思い出せませんが、ある。」
呪い。
マツシマの祖父と、初代ファミリアのボスが、互いに手を取り、その呪いを生み出した。やがて、呪いは呪いを連れてきた。
そのナイフと、マツシマの血脈が出会うことで、呪いは道となる。そして、その道はやがて力を授ける。呪いの道の具象化は、彼らマツシマ家の血脈だった。その、ナイフの軌跡だった。
僕らは、最悪の時代に生きていた。
ファミリア・ナイフを持つ資格───ファミリアのボス───に、マツシマは期せずして収まってしまった。そこで、呪いは融合した。最恐の呪い───魔薬資本主義が、僕が現れた。その莫大な力は、エンケファリンを解き放つほどの威力を持っている。
だから彼の祖父は、マツシマ・シロウは、僕らにその役割を繋いだ。その血脈と、ナイフで以て。
「アルカロイドから生み出された人格。それが、私達には想像もつかないような本物を持っていた。皮肉な話です。私たちより偽物みたいなのに、本物だなんて。」
「……てめぇのじじいの話だろ?俺は、んなこたぁちっとも興味がなかった」
老躯とは思えぬ力で突き出されたタツミの腕が、マツシマをどついた。二、三歩後退したマツシマに、ファミリア・ナイフも遅れて追随した。タツミの脇腹に空いた切傷から、ぼとぼとと血液が流れ落ちる。
「なぁ、甫。まだ、その呪いに捕らわれてやがんのか?なぁ!?お前にも、あんのか、あの幻覚が、……俺の親父を狂わせた幻覚が見えてんのか!?」
全て、全ては幻覚だ。
あぁ、わかっているよ。全てが、幻覚であってくれたのなら。
いや、そんなこと、考えても仕方がないことだ。きっと、これまでそれを考えた誰もが、最期には答えを吐いた。唯、わからない、と。
「幻覚なら!幻覚なら……どれほどよかったか……ッ」
マツシマの背後、炎が立ち上る。ファミリア・ナイフが、その業火を描く。
その輝きは、容易に彼の表情に影を落とし、読心を困難にさせた。あるいは、それを被覆した。
真っ黒のシルエットが、真っ黒の顔が、言葉を吐く。闇に浸され、漆黒に埋没させられた声が、ただ響いている。
「貴方も祖父も、【 】も、なにもわかっていなかった!どうせ信じるしかないのなら、私達にはもっと、信じられるものがあったはずだ!ファリンは本物だ。だが、そんな本物をわざわざ単離する必要なんて、……眠りから覚ます必要なんてなかった!」
僕の記憶、何かがじゅくじゅくと脳の中を這いずり回った。僕は、努めてそれを考えないようにした。少し耐えていたら、いつの間にか消えていた。
「被膜を切り開き、その中に眠っているもんを解き放つ。あんな化学物質の中から出てきたから、奴らは輝いて見えたんだろ。単純だから、綺麗に見える。」
「いいや、そうじゃない。」
「人間の中からは、くそったれのヘドロみてぇなもんしか出てこねぇぞ!俺が証明する。俺の生き様がぁ!魔薬を与えられた俺たちが、どんな殺し合いをやり始めたのか、お前はその、当事者だったろうが!」
魔薬戦争は、年二十万人の死者を出している。
これは、昨年に限って言えば、現在全世界の中で行われている戦争の中では三番目に死者数が多く、内戦に限って言えば最も死者が多く。そして、イデオロギーを持たない、資本主義の市場原理によって行われた民間の戦争という点では、有史以来、最も多い死者を出している。
「あぁ、妖精は本物だ。だが、そいつらが切り開いた俺たちからは、魔薬戦争なんて代物が出てきちまった!俺たちは終わりだ……最初から、なんの価値もない、資本主義の奴隷共だ!」
魔薬が、人間を解き放ち、人間が、魔薬戦争を起こした。
いつだったか、そんなことを思った。
魔薬の中にあんなにも美しいものが眠っているのだから、僕らが殺し合いをやめられないのは、魔薬のせいじゃない。
魔薬に宿った魔力が、僕らの残虐さを発露させるのではない。魔薬が解き放つ人間の醜悪さが、残虐な形を持っているのだ。
確かにそうだ。そんな醜悪な人間から、何か、美しいものが出てくるなんて。
「あるさ、マツシマ・タツミ。」
「あぁ……?」
アステアは、僕が親子喧嘩に口を挟んだのを、意外そうに見ていた。
それもそうだ。このまま同士討ちしてくれれば、僕も手間が省ける。ホームセンターで買ってきたステンレスのナイフを放り投げた。
「あの箱を切り開いて、本物ってのを解き放ってしまったら。歴史は、そういう風に解釈してしまうらしい。でもそれじゃあ、空しいじゃないか。寂しいじゃないか。僕たちは一ミリも眩しくはないし、誰も本物を持ってはいないし、そうやって切り裂かれた時に、醜い血と肉と脂を漏出させることしかできない。そんなの、寂しいじゃないか。」
僕は、妖精を本物だと思っている。
あの暗闇の中に差し込んだ光が、妖精を照らす。彼女は、思わず目を瞑ってしまうくらい素敵な顔をする。その箱を開けて、光を届ける役割は、どうか、僕が担うことができないだろうかと、ずっと思っている。
でも、それと同じくらい。
闇の中に惹かれた真っ白の肌が、最悪の夜───アメリクス大陸の夜空を駆け抜けていった光が、眩しくて仕方なかった。
目の前を布が舞い落ちていく瞬間が、忘れられなかった。
あぁ、そうだ。確か彼女も言っていた。血脈の呪縛とは、窮屈で、それでいて、不可視で、どんな距離をも超越して、どこまでも追いかけてくる。だからお前は、僕に言ったのか?
「窮屈になってはいけない。」
アンタゴニストのトリガーを引く。その照準機能は、あの箱の中、エンケファリンが担う。
ファミリア・ナイフのトリガーを引く。その魔法発破機構は、あの箱の中、エンケファリンが担う。
僕が一段目の照準を担った。マツシマが、最期のトリガーの引き代を担った。僕らは、そこで共犯者となった。いいや、それは、最初からそうだった。僕らは、仲間でも、友でもなかったのだから。
僕らは最初から、共犯者だった。
「さぁ、最悪の呪いを解呪しよう。」
ファミリア・ナイフが、とある妖精の力を授ける。それは、輝きを司り、光を体現する妖精。
「討て───
───こんな夜にこそ輝いて」
きらり、と網膜で光ったとき、既にそれは通過している。秒間なんてのが馬鹿らしくなるくらいの速度で、古典物理学を置き去りにするようなスピードで、全宇宙───最速の速度で。
輝きが解き放たれる。残光でさえ眩しくて、思わず目を瞑った。
おそろしき速度、それは換言して、恐ろしい情報量を持つ。そしてその恐ろしき情報量が氾濫したとき、僕らがこの眼で見ることができるのは、あまりにも単調な現実だけだ。
真っ白に塗りつぶされる視界と、小さな耳鳴りだけが聴覚を司る。
キン。
高音域で結実する金属音。それは、取り落されたファミリア・ナイフが、地面と起こした反響だった。
小さな金属音を皮切りに、視界は人間が処理できる平均的な情報量を取り戻し、音は猥雑さを引き連れてくる。
焦げた肉の匂いと、レアのステーキが放つような香ばしい血液の風味。バーベキューで見向きもされなくなった炭のような肉が、煙を吐く音。
上半身を喪失したタツミの死体が、ばたりと倒れた。
「いやぁ……彼女のようには、いかないものですね。」
マツシマは、その特徴的な泣きぼくろをいつもより低い位置に落として、光速によって消失した片腕の先をふらふらと揺らした。ファミリア・ナイフを持てなくなった彼の肘から先、筋線維を纏った鋭い骨が、煙を吐いている。
*
マツシマと僕は、努めて距離を取っていた。
普通の話し声じゃ聞こえづらいから、腹に少しばかり力を込めて話さなきゃならなかった。友人としては不可解な距離。しかし、敵としては、当然の距離と言えた。あるいは、少し近かったかもしれない。
「親縁の呪いを解呪した気分はどうだ?」
「えぇ、存外、気分がいい。私はこれで、ようやっと、自分の快不快だけで行動を起こせるわけですからね。」
マツシマを縛り付けていた祖父の呪い。ファミリア・ナイフの呪い。それが引き起こした、魔薬戦争。
そこから生まれた、魔薬資本主義。
マツシマは、焼け溶けてしまった片腕を冗談めかして振って、僕に離れろと忠告した。アステアを伴ってそれに従い、マツシマはそれを見て、ファミリア・ナイフのところまで歩いてそれを取り上げた。
「妖精は、本物だと思うんだ。」
いつものようなカマトトぶった笑みで、マツシマは頷いた。続きをどうぞ、との含意を、僕は正しく受領した。
「僕は親から毎日毒を呑まされてた。あぁ、今思えばあれは麦角アルカロイドだったな。でも、僕は死ななかった。多分致死量なんて超えていたし、フラクタルが見えるくらいだ。トリップしてたこともあったんじゃないかな。」
アステアが僕の手を取ろうとした。振り払おうと思った。これは、僕の歴史だと思った。でも、僕らに課された運命共同体という宿命が、その手を振り払うことを許さなかった。それと、アステアの頑固な力強さが。
「彼女が僕の前に顕れたとき、泣いてたんだ。なんで泣いてたのか、わかんなかったよ。悲しいことがあるなら、僕がどうにかしてやりたいと思った。でも、違うんだ。そうじゃないんだ。彼女は、僕のために泣いていたんだ。
実の親に殺されかかって、それでも、上っ面だけは”家族”ってのをやろうとしてた僕のために。
死んじまった方が幸せだと思ったよ。でも、本気では思わなかった。彼女がいたおかげだ。そんな彼女が、偽物な筈がない。」
僕は、ただのリゼルキルトだった。
マツシマのように、親縁の呪いを持たず、セスタのように天賦の才があったわけでもない。アザルベーダのように光を宿していたわけでもなかったし、コンドルのような人情もなかった。ゼータのような強さも持たず、メルやルムみたいに誰かに寄り添おうともしなかった。トールのような信心深さもなかったし、エミリアのような絶対的なカリスマも、エスメルダのような眩しさも持ち合わせていなかった。ゼリタのような誠実さも、ベートのような眩しさもない。
アステアのように、ただ一歩を踏み出すことすら、僕は、一人ではできなかった。
「僕は、本当に、何者でもなかったんだ。あんたらみたいに大層なバックボーンがない、ただの人間だった。こうなっちまったのは、成り行きで、全部、何者かであった奴らから授けて貰ったものだ。僕が、最初から持ってたもんなんかじゃないんだ。」
「……貴方が何者でもなかったとは……呆れる」
「あんたは知ってるだろ?僕が何者でもなかったときを。」
マツシマは何かを呟こうとして、けれど、結局何も言わなかった。ただ、悲し気に嗤うだけだった。
「何者でもない僕は、何も受け継ぐことはできない。ゼータの後釜になることもできなかったから、自分勝手に新しいコードを作っちまったくらいだ。器じゃない。」
「えぇ。しかし、いつだって、貴方が始発点だ。」
終着点であるマツシマは、僕にそうしてファミリア・ナイフの切っ先を向けた。
僕も、アンタゴニストを起動した。
「あんたはさ、これをなんかに喩えたよな。」
「注射器、でしょう?」
「馬鹿が。お前はわかってなかった。」
「あぁ、最初は、剣だと思っていましたよ。私の仲間なのかともね。」
おちょくるように、マツシマはナイフを振って見せた。
そのナイフの切っ先は、一筋の傷跡を描くように、ずっと、引き続けられてきた。ずっと、斬り続けてきた。【 】、オース、バルデリーニ。松島四郎、松島甫。
「これを、最後は聖剣として使ってやるよ。全てを断ち切る、剣として。」
「こちらを悪いものみたいに言われるのは心外ですが……こちらも聖剣だ。」
ずっと、僕はMSCSを救ってやりたいと思っていた。
それは、呪いを詰め込まれて、僕らのようなものを呼び出さずにはいられなかった、その悲劇的な宿命を。傲慢だろうか?問題ない。僕は傲慢で、この地球上で唯一、それが許されている。
まるでMSCSのようだったアザルベーダが、その宿命を切り捨てたとき、僕は彼女に憧れた。
マツシマがそうして、自分で宿命を切り捨てたとき、痛快だった。
でもそのナイフは、まだ、宿命を果たそうとしている。
「そのナイフが刻み続けてきた呪いを、僕が切り捨てる。何者でもない僕は、そのナイフに鬱積した誰の願いも、継承することはできないからな。そいつに、真の自由を与えてやれる。この因果を、切り捨ててやる。もはや僕から、何も始発しない。何も、結実しない。」
僕らはもう、戦う理由がない。
ファミリア・ナイフはそこにあり、マツシマは呪いを解呪した。僕はフラクタルを解き放ち、マツシマも、自分の光のもとに行く。そうすれば、僕たちは全部丸々、大丈夫になる。
また、馬鹿みたいな敵に喧嘩を吹っ掛けよう。また、朝っぱらからバーで濃ゆいエスプレッソを酌み交わそう。また、セスタと一緒に作戦会議をして、気の置けない軽口を叩き合おう。
「しかし私は、エンケファリンを解き放つ。」
幻想だ。そんなものは、幻想にすぎない。幻覚に過ぎない。そんな幻覚に惑わされれば、きっと、僕のもう一つの名前が泣いてしまう。
聖アンタニオスは、悪魔の幻惑に耐え、その名前を聖人に連ねる栄誉を得た。
僕は、幻想を抱かない。
幻覚を見ない。
幻惑を絶つ。
僕が見るのは、本物だけだ。
「私の感情は、それでも……エンケファリンを解き放つ。貴方と同じだ。人間の輝きに目を奪われながら、同じ脳で、私たちは、妖精の美しさを求めている。人間も妖精も、変わらない。そこには、光がある。」
エンケファリンを解き放つ行為。それは、僕がフラクタルを解き放つのと変わらないのだろう。だから、僕はそれになにも反論を挟めない。ほんの少しのセンチメンタルを介在させることすら許されない。
最初から、わかりきっていたんだ。
あの浄水場で、お前と結んだ小さな相互確証破壊が、こうやって終着するのだと、僕はわかっていた。
───僕らはここで、袂を分かつ。
「絶対に躊躇うなっ……リゼルキルト!貴方は俺を、仲間だと認めたことはなかった筈だ!」
マツシマは、トリガーを引く。
その一段目を、自分の手で引いて。そして、その残りの引き代を、誰に仮託したりもしなった。そこで始発した松島甫の物語。あまりにも短いその物語を遡行する道は、一車線道路だ。松島甫以外の、誰にも通じていない。
だから彼は、一人だけでトリガーを引いた。
僕は、魔法も、妖精も使わなかった。
もう解き放たれることはないエンケファリンに、松島の系譜である人間を照準させるのが心苦しくもあったし、そうであるならば魔法は発動しないだろう。
でも、一番の理由は。この剣を、聖剣にしないためだった。
魔法にも、妖精にも、誰にも、この決断を許してやるつもりはない。この罪過は、この感触は、絶対に、誰にも味わわせてやるつもりはない。僕だけが、それを享受する権利がある。誰も、介在させない。
僕のこの感情を、魔法や妖精に、背負わせたくなんてなかったから。
僕は、驚くほど容易く、マツシマに吶喊した。一瞬の躊躇もなく、走馬灯のような想起すらなかった。
「僕はお前を、仲間だと認めたことなんて、なかったはずなんだけどな。」
「えぇ、それが正しい。」
思い出すのは、あんたが僕に遺した、呪いのような言葉だった。
『窮屈になってはいけない。』
あぁ、敬愛なる、軽蔑なる、親愛なる松島甫。
仲間ではなく、友でもなかった、ただの、マツシマ。
眠れ、マツシマ。
───僕は、躊躇しない。
何の魔法も纏わず、何の妖精の異能もなく。アンタゴニストは、鈍い音を立ててマツシマの首に激突し、その肉をごっそりと抉り取った。一瞬でマツシマの眼から意識が剥落し、人間的な代謝が喪失する。不可逆の行為、殺人。そしてそれは、僕に宿ったとある肩書き。死刑執行人の本懐。ファミリア・ナイフの切っ先が、僕の脇腹に突き刺さる。
アンタゴニストの刃は、マツシマの脊髄を巻き込み、その先にあった延髄を引き千切った。
断頭には至らなかった。不格好なシルエットの死体が、どしゃりと崩れ落ちる。
もう、蘇らない。もう戻らない。
ずっと変わらなかった、磨き上げられた革靴の音。真っ暗の夜、振り返った瞬間を思い出した。
マツシマの指先が、半ばまでトリガーを引いていた。
マフィアの街、楽園から来たマフィア。それが、僕の名前を呼んだ。「リゼルキルトさん。」ただ、それだけを思い出した。でもそれも、すぐに鎮静化する。
死とは、全てに作用する受容体拮抗薬だ。




