3.愛されヴィンセント
数年後、ウィルは不自由かもしれないけど眼鏡をかけて生活をしている。
平民はあの瞳の色が王家特有のものだとは知らないようで、珍しいとだけ感想を言う。
「母様、この料理はもう食卓に並べていいですか?」
ウィルもすっかり成長したものの、未だに生まれ育ったパン屋さんにお世話になっている。出来る限りの事をしよう。親子で約束をした。
「ウィル坊、この香辛料が足りないんだよ。お遣い頼めるかい?」
「任せてよ!もう何才だと思ってるの?」
女将さんにそういう風に言われて、気に障ったのかな?そう言って、ウィルはぷくっと頬を膨らませるけど、正直可愛い…。
「そうだった。ゴメンゴメン。まだまだ赤ん坊のような錯覚してたけど、私だって年取ってるんだよねぇ」
「「いってらっしゃ~い」」
その日、私と女将さんは二人で気軽にウィルをお遣いに出した。
「このガキを侯爵家に連れて行くってだけの仕事だから。簡単だろ?」
「なんだよ?俺になんか用か?」
「俺じゃなくて、侯爵様が用があるんだとよ。大人しくきてもらうぜ」
ウィルは街の皆に好かれていたので、ウィルが攫われていったというのはすぐにパン屋に伝わった。
「クレイグ侯爵家……」
未だに王家・玉座を狙っていたんだ。年月を経て諦めたものだと、油断したわ。
「私が行きます!」
パン屋の皆(女将さんと旦那さん)が制止するのも振り切って、私はクレイグ侯爵家へと向かった。
「先ほどこちらに私の息子が攫われたというのを聞きました。どうぞ中へと入れて下さい」
と、言うとアッサリと門が開けられた。
門番に礼を言い、私は家の中へと入っていった。
「私の息子はどこ?」
そこに目に入った使用人に手あたり次第聞いた。
遠くから「かあさ~ん」という声が聞こえた。
「ウィル!」
私は声がした方へと駆けていった。
「あらあら、侯爵家を追放されたはずのパトリシアではなくて?何をしに?」
「私の息子を返して!」
「この子の瞳は紫水晶の瞳のようね。うふふっ。パトリシアは邪魔だわ。うちの地下牢にでも入れてちょうだい」
私が侯爵家で護衛をしているような騎士に敵うわけなく、地下牢に連れて行かれてしまった。
「ウィル……」
~クレイグ侯爵視点
この子を王太子に担ぎ上げて、後々の国王にしてしまえば私はその外戚としてこの国を思うままに動かせる!
―――早くこの子を国王に謁見させ、王子の落胤だと認めさせれば良いのだ。
「お父様!考えていることはわかりますわ。私はこの子の母として名乗りをあげたいと思います。そうすれば後の国母!王妃ですわ‼」
数日後に謁見が叶った。
「ふむ。確かにこの子の瞳は紫水晶の瞳。してその母は?」
「私です!」
「この子の名は何という?」
「えーっと(パットが一瞬でもウィルって呼んだし)ウィリアムです!」
「この子の父親について、覚えていることはあるかな?」
「銀髪を後ろで束ねていらっしゃいました」
「さて、それはコイツだな。コンラッド王子。確かにお前はパーティーの雰囲気が嫌いだとよくパーティーを抜け出していたな」
「陛下、この子はおそらく私の子でしょう。しかしながら、彼女の事は知りません。彼女は誰ですか?彼女は母親だと偽っているのでは?」
何故一介の王子がわかる?
「かつて私が愛した彼女の瞳は美しい緑色でした。しかしながら、今そこにいる彼女は碧眼。別人です」
「ほお、面白い。王家を謀るのか?」
国王の顔こそ笑っているが、その紫水晶の瞳は笑っていない。コワイ。
「そこにいる我が子は声が出せないのか?本当は名前も違うんじゃないのか?母親に名付けられた大切な名前があるだろう?」
「…ヴィンセント」
「良く聞こえない。大きな声で言ってくれないか?」
「ヴィンセントだよ、おじさん」
コンラッド様はきちんとパトリシアのこと覚えてたんですね~。良き良き。
「おじさん」って言われたのは地味にショックだよなぁ。私は断固として「オバサン」とは呼ばせない!