18 最後に笑うのは
1
「公爵位の返上だと」
ピーナッツが苦い顔をした。
「左様でございます。この度の査問会でウェンリーゼ家に非がないことは証明されました。ですが、マゼンタ様やオスマン様のおっしゃったように今後の管理つきましては心配される方々もいるにも重々に承知しております。此度の査問会とて、夫や家臣たちに助けられながらの綱渡り、今のウェンリーゼには公爵位としての格に相応しくないと、私自身の不甲斐なさ故に何卒、ご理解の程を……」
ラザアが頭を下げる。
「なんと殊勝な心掛けだ」
「公爵位を辞退するとは」
「勿体ない」
「大したものだ」
皆、一様にラザアに感心した。
「考え直さぬか? 手助けが必要なら援助しよう」
ピーナッツがいう。
「温かいお言葉有り難く存します。ですが……いた、少し、お待ちを、はぁ、はぁはぁ」
「ラザア様! 大丈夫ですか! 」
ジュエルがすぐさま駆け寄った。
「失礼しました。王陛下の御前でこのような……少し、緊張しているようです」
「そうか、良い、気にするな。して、先の辞退の件だが……」
「いたっ! いたっ! 」
「ああああああああ!ラザア様ぁぁぁあっぁぁあぁっぁぁっぁ」
ジュエルが慌てふためく。
「分かった! 分かった! もう良い! 『公爵位』辞退の件は了承した。ウェンリーゼは今後も伯爵位である」
「あああ、ありがたき幸せに存します。精神的に参っていたのですが、少し痛みが引きました」
「それは、良かった」
「陛下よろしいのでしょうか」
宰相バーゲンがピーナッツにいう。
「今回は、我々の負けだ。体を労わるといい我が義娘よ」
ピーナッツが笑った。
その時、その場にいた貴族たちの大半はウェンリーゼの殊勝な心掛けに胸を打たれた。しかし、これは正直に言えばウェンリーゼの利であった。貴族位は爵位が上がるほどに力を持っている。『公爵』となれば王室により近い立場であった。ただ、唯一の問題があるとすれば税であった。
貴族は爵位に応じて納める税の割合が多くなる。伯爵も多いが公爵となればさらに税は増す。権威と金は表裏一体なのだ。
裏を返せば、リーセルスやハイケンの狙いはここであった。
今後、ウェンリーゼの発展は次代の者たちにかかってくる。だが、それはまだ芽吹き始またばかりだ。今のウェンリーゼには時間が必要であった。
それならば、合法的に時間を稼げばいい。
賠償を盾にした『支援学校の設立』、『爵位の辞退』、さらには王室への『水の女神の涙』献上は無言での圧だった。さらには、六代貴族うちルビー、サファイアは家としても新たに当主選定でお家騒動は免れない。ジルコニアとムーンストーンはウェンリーゼ側であり、エメラルド翁にはアーモンドがアズールを生かした借りもある。
これでは、他のハイエナ達もおいそれとウェンリーゼに手を出せなくなった。
「恐れ入ります陛下」
ラザアが満面の笑みでいった。
2
パチパチパチパチ
「ゲコゲコゲコゲコ! 素晴らしいゲコー! ウェンリーゼの皆様おめでとうございますゲコー! サファイア公爵家の執事としてお祝いのお言葉を退場したマゼンタ様に代わり申し上げるゲコー! 」
「いきなりなんだ。そもそも、貴様は誰だ」
マウが聞いた。
「これは失礼をしましたゲコ。サファイア公爵家執事長フロッグですゲコー! マゼンタ様の教育係とでも申しましょうかゲコー」
「そうか、サファイア公爵家として今、発言権はない」
「そんな、寂しいこと言わないでゲコー! これからが本番だっていうのにゲコー」
ブン
その刹那にフロッグに向けてマウから槍が放たれた。
マウは槍を投げるつもりはなかった。だが、フロッグから放たれた空気に全身に悪寒が走った。そう、まるで子供の時に感じた魔獣大行進の時のような。
槍がフロッグの右肩に刺さる。
「きゃあああああああああ」
「なんだ! 裁判長が」
「マウ様がご乱心だ」
会場の空気が変わり皆が騒然とする。
「ゲコゲコゲコ。痛いゲコねー。随分、気の短い裁判長だゲコー」
「もうそのくらいにしたらどうだ。もう、貴様の正体は看破しているぞ。この目でな」
ピーナッツがフロッグにいった。
ピーナッツが眼帯を外し『神の眼』を発動する。
「あー、やっぱりバレてましたゲコー」
フロッグの気が解放された。
「やっと姿を現したかグルドニア王国に長く住み着く悪魔よ! 」
「「「!!! 」」」
皆が驚愕した。
「あああ、これはこれは、世界の皆様方、ご挨拶が遅れましたゲコー! 灰色の悪魔様が臣下、カエルと申しますゲコー。御機嫌ようさようならゲコー」
「さようならは貴様だ! のこのこ出てきやがって! 」
キャハハハハハハハハ
ピーナッツが巡剣を構える。
「おい! グルドニア王国! こいつは俺様がもらうぞ」
ボンドが巨帝を出す。
「うまそうなカエルだ! 」
獣王が牙を剥く。
「久しぶりだな! カエルよ! 積年の恨みはらさでおくべきか」
大賢者フォローは既に詠唱を完了している。
「我々もいますよ」
アーモンドたちも戦闘態勢だ。
「流石の私も、これは手に余るゲコー! なんてゲコゲコゲコゲコー! ありがとうございますご馳走様ですゲコー! 最高潮に高まった様々な感情に、膨大な魔力! 素晴らしい!素晴らしい! ゲコー! これならば十分すぎるくらいに開くゲコー! 」
その刹那に床から魔法陣のような紋様が浮かび上がる。
「なんだ! 力が抜けていく」
一同の魔力が吸われていく。
「開くゲコー! 開くゲコー! 冥界の門が開くゲコー! 数千年! この日を待ちわびたゲコー! おいでくださいませ! 御方々―! 」
『メエェェェェェェェェェェェェ!』
グルドニア王国に絶望を告げる声が響いた。
原案 ヴァリラート様
第七部 強く儚きもの達 完




