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12 小事

1


「貴公の所属を問う」


 マウがラガー少尉にいう。


「はっ……はい! 管制室所属のラガー・ピルスナー少尉で……あります」


 ラガー少尉の膝は震えていた。ラガー少尉は昨年、学園を卒業したばかりの新兵である。査問会など初めての体験だ。しかも、自分が証言するのである。ラガー少尉の視野は狭かった。傍聴席には、各国の重鎮や自分より階級が上である高位貴族の視線がラガー少尉に注がれている。


「ラガー少尉さん、そんなに怖がらなくても大丈夫よん。裁判長閣下に聞かれたことに、ちゃんと答えればいいだけなんだからん」


 マゼンタがラガー少尉にいう。


「マゼンタ殿、余計なことは止めて頂こう」


「これは失礼しましたわ。マウ裁判長、ピルスナー家は我がサファイア公爵家の寄子なもので、若いラガー少尉があまりにも緊張しているので少し肩の力を抜いてあげたかったのですフフフフ」


「まあ、いいだろう。それでは、ラガー・ピルスナー少尉よ。これから、いくつかの質問をする。ここは、司法だ。神々と自身の名誉に駆けて、真実のみを言葉にすることを誓うか」


「あ…う、うう、ち……誓います」


 ラガー少尉は混乱していた。本日が査問会の日ということは分かっていた。だが、まさか自分が召喚されるとは思っていなかったのだ。本来ならば、昨日のうちに長期休暇で実家であるピルスナー領に戻るはずだった。だが、何故かスケジュールが推してしまい、休暇は見送りになった。通常勤務をしていたら、急な召喚であった。


「それでは、ラガー少尉に問う。海王神祭典で、ウェンリーゼ側からクリムゾンレッドの要請があったときの管制室の担当は君だった。その時の信号は何色だったかな? 」


「……えっと、その……あの……」


 ラガー少尉は言い淀んだ。


「どうした。それほど、時も経っていないだろう。質問の仕方が悪かったか。では、こう問おう。信号の色は黄色だったか?赤だったか? 」


 ドクンドクンドクン


 皆の視線がラガー少尉に注がれる。


 ラガー少尉は心臓がはち切れそうなほどに脈打っていた。




2


「色は……き……黄色……でした」


 ラガー少尉はか細い声だが会場中に聞き取れた。


「フフフフフフフフフ! 聞きましたか、裁判長、皆さま! ウェンリーゼ側からの信号は黄色でした。ああ、勘違いしないでくださいね。もしかしたら、ウェンリーゼ側は赤で送ったのかもしれませんが、何かの手違え、魔導具の不具合でしょうかねフフフフ。やはり、管理に問題があったのは明白でございますわね」


 マゼンタは大変上機嫌である。


「黄色か、間違いないかな。ラガー少尉」


「……は」


 ラガー少尉が返事をしようとした瞬間であった。


「ラガー! 胸を張れ! ラガー! ピルスナー領はアーモンド殿下によって救われた! ラガー! 街道の魔獣はもういない! アーモンド殿下が討伐してくれたんだ! ピルスナーの民はもう飢えていない! そんな背中を丸めるな! 堂々としろ! 」


「父……上……! ここにいらっしゃった……」


「静粛に! 傍聴席からの発言は重罪である! たしか、お前はピルスナー男爵だな! 」


「左様でございます。査問会での横入り、重罪! 覚悟はできております。この首を差し出す覚悟はあります」


「裁判長の権限を施行する。 衛兵! ピルスナー男爵を捕縛しろ! 」


「お待ちください! 裁判長! 私は本当に愚かでした。 私は、騎士失格です。父上、裁判長、天上におられる神々よ。真、偽りない真実を語ります。私、ラガー・ピルスナー少尉アが見た救難信号は……赤でした」


「ラガー少尉! 」


 マゼンタの目がきつくなる。


「私が管制室から救難信号を受信したときは、マニュアル通りに元帥室に報告に向かいました。そこには、オスマン元帥とマゼンタ様がおりました。私は、マゼンタ様に……寄子であるピルスナー領の街道にある大型魔獣討伐と引き換えに……虚偽の報告をしました。私は、ピルスナー領の民が、父が心配だった。街道に出た魔獣の群れのせいで交易が滞り、冬を越せない民達が、いや、それは言い訳です。私は、マゼンタ様より報酬として白金貨百枚を私的に貰いました。結局は、最後は金の力に騎士の名誉を曲げた俗物です。ピルスナーの恥です。ラザア様! ウェンリーゼの皆様! 私がしたことは、許されることではありません。それなのに、アーモンド様は、我が領を救って下さった。ああ、ああああああああ!情けない、自分が情けない! どうぞ、今回の件、私の首で済むとは思っていません。申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ラガー少尉は泣いた。泣きながらラザアに向かって土下座した。


3


 ラガー少尉とピルスナー男爵は退室した。


 ガヤガヤ、ガヤガヤ


 


「先のラガー少……」


「ラガー少尉は本当に可哀そうなお方ですわ! まさか! 魔獣討伐の対価に、ウェンリーゼから虚偽の報告をさせられるなんて! 領主であるお父様からのご命令でしたら仕方がありませんわね! 」


 マウの話から間一髪入れずにマゼンタが発言した。


「マゼンタ様、先のラガー少尉の話ではすべて寄り親であるあなたの差し金だという報告があったことの報告を終了致します」


 ハイケンがアナウンスした。


「そうですね。それが、真実であればですわね。とんだ茶番でしたは、ラガー少尉の言葉は信憑性に欠けますわ! アーモンド殿下に自領を救ってもらったら尚更ですわよねフフフフ」


 マゼンタにとってラガー少尉の証言など小事ですらないようだった。

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