9 マゼンタという女
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海王震災祭典
グルドニア王国509年におきた海王神シーランドによる厄災であった。
ウェンリーゼは規定に従い、王都援を要請した。コード『クリムゾンレッド』グルドニア王国内で厄災級の災害が発生した場合に、転移門により王都から王直下の近衛騎士を派遣要請することができる。
だが、王都の管制室勤務のラガー少尉は信号を受信できなかったと上に報告した。軍の記録では、ウェンリーゼの人口魔石製作炉二号機の暴走『マナバーン』により大気中の魔力粒子濃度が濃くなったことによりウェンリーゼ側の魔導具による不具合と記録した。
また、魔力粒子は風に乗って王都に運ばれ、各所の魔導具に不具合、迷宮魔獣大行進は第一王子ナッツ率いる親衛隊によって未遂となった。だが、王都に多少なり被害は出たしその夜グルドニア王国全土で五十年前の『海王神祭典』による死者の霊を見たと報告が多数上がった。
軍部を統括するルビー家当主オスマンと、財務を統括するサファイア公爵当主マゼンタは、ウェンリーゼ家の海軍を含めた人工魔石製作炉の管理能力を査問会で問うた。
2
「裁判長、査問会を始める前に一つ確認したいことがあります」
「マゼンタ・サファイア殿、何かな? 手短に願おう」
「ウェンリーゼ領主代行ラザア様、此度の海王神シーランドでの被害、故人となったボールマン様、および騎士の皆様には哀悼の意を……きっと、皆さまの誰一人欠けても厄災を退けることはできなかったでしょう。しかしながら、確か、ボールマン様はあくまで領主代行でしたよね。いくら天才魔導技師とはいえ、海軍元帥を兼務しさらには領主としてのお仕事までされて、多忙を極めて昨今では床に伏せっていたとお聞きしました。そのようなご病状の身で果たして、的確なウェンリーゼの管理ができていたのでしょうか?ああ、これは避難しているわけではありませんわ。今や、ウェンリーゼの人工魔石製作炉はグルドニアを超えて大陸全土のアキレス腱とのいわれる代物です。実際に炉はマナバーンを引き起こしました。これは、非常時うんぬんよりも、通常の管理にも問題があったのではないかと考えてしまいますわ」
マゼンタは全く手短に終わらなかった。
「裁判長、着座での発言失礼致します。マゼンタ様は査問会の内容から論点がズレております。今回の議題は、まずクリムゾンレッドが発動しなかったこと、そこが始まりです」
ラザアが慌てて弁明した。
ラザアにはハイケン、アーモンド、リーセルスも控えているが今回召喚されたのはあくまでもラザアである。査問会において他の者には発言権がなかった。
「マゼンタ殿、領地運営についてのボールマン殿に対する能力の可否は今この場で問う問題ではない」
「畏まりました。裁判長、差し出がましい真似を致しました。ですが、ボールマン様はあくまで領主代行、となるとラザア様は代行の代理ということですわよね。グルドニア王国貴族は当主としては国王陛下から任命されてこそ家門の正式な当主を名乗れるのですから、皆さまが存じていることを今更申し訳ございませんフフフ」
「ラザア殿はこの度、当主代行であったボールマン殿の代理できた。確かに、いうなれば今は領主代行代理ということになる。その名称の権限については、司法直轄のものではない。国王陛下より賜るものだ。以後、査問会においてラザア殿は領主代行代理としよう。これで満足かな。マゼンタ殿」
「もちろんでございます」
「……」
ラザアは初手をマゼンタに取られた。
3
「それでは、ラザア様にお聞きしますわ。お父上であったボールマン様それはそれは、偉大な魔導技師であり、『魔導ランプ』『魔導コンロ』『魔導浄化槽』等を発明したばかりか無償で民にお配りになった心意気は、高貴なるものの務めとして尊敬に値しますわ。それにより、衛生設備の向上は我が国の死亡率を大幅に下げ、税収にも大きく貢献しており財務を担当するサファイア公爵家としても喜ばしく。グルドニア王国史に名を遺す偉人であったでしょう。ですが、その裏ではウェンリーゼ産の魔導具はパッケージの関係で『人工魔石製作炉』で作成された人工魔石でしか作動しない。ああ、別に文句をいっているわけではありませんわ。時代の変革にはいつも一人の天才か始まりますから、古代語で二足の草鞋は履けぬ等とうい言葉をご存じでしょうか? 魔導技師としては超優秀、ですが先も言ったように管理に関してはどうだったのでしょうか? 技術がウェンリーゼに一極集中した故に、それを管理するボールマン様もさぞかし大変だったのではないでしょうか」
マゼンタの舌は面白いように回った。
「……マゼンタ様、先ほどと一緒で、一体なんのお話をされているのか理解できかねます」
ラザアはマゼンタのペースに巻き込まれないようにした。
「ああ、これは失礼しました。なにせ、ボールマン様亡き後は、身重のラザア様がご担当されるということですから、私は同じ女性として心配で心配で、ボールマン様の腹心であられた『ランベルト中将』を多くの優秀な人材亡き今! 聖なる騎士であるアーモンド様の奥方として皇族の仲間入りをしたラザア様は、是非ともその手腕を子育てをしながら無理なく中央で振るって頂きたいと思った次第です」
「……」
ラザアは混乱した。これは、一体全体なんの話をしているのだろうかと。
ラザアはハイケンやリーセルスと、マナバーンによる王都の被害や、クリムゾンレッドによる騎士団派遣の件を中心に打ち合わせをしてきた。
ウェンリーゼ側はマゼンタを見くびっていた。彼女は狂人だ。公爵家当主だからある程度の良識を持っていると思っていた。裁判長のマウも困った顔している。『女狐』それを計算に入れていなかった。
ラザアは混乱したが怒りを覚えた。こいつらは初めから話し合う気がなかったのだ。ただただ、ウェンリーゼの利権を狙っている。五十年前の海王神祭典で被災したときには、手を差し伸べてくれなかったハイエナが、不毛の大地から民達が、父達が命を削り復興を果たしたウェンリーゼを食いつぶそうとしている。
ガタ
怒りに震えたラザアは自分が妊婦であることも忘れて椅子から立ち上がった。




