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6 いつか心臓は止まるだろう


1


「アーモンド様、一度着替えをしましょう」


リーセルスがアーモンドに言った。


アーモンドは決闘のため、皮鎧に『パーシャルデントの鏡』『水皮のマント』『猫啼のブーツ』を着用していた。


しかも、先の戦いで汚れていた。


査問会はあくまでも戦場ではない。それ相応のフォーマルな服が必要である。


アーモンドの籍はまだ王族であり、衣装は最高級の物が用意されていた。


「アーモンド、先は大変だったな」


「ナッツ兄上、いえお恥ずかしいところをお見せしました」


「いやいや、流石は竜殺しだ。私も剣術にはそれなりに自信があったが、百人切りや、厄災級のあの面子とはやり合いたくないよ」


「父上は、改めてあれほど強かったのですね」


「大陸にも数人しかいない金級冒険者は伊達じゃないな。デニー先生も相変わらずだしな」


「デニッシュお祖父様の左腕と言われただけはありますね」


「私も稽古をつけてもらったことはあるが、一本も取れなかった」




「ナッツ様、ご兄弟の会話に割り込み申し訳ございません。そろそろ準備をしないと」


リーセルスが服を準備しながらいった。


「ああ、そうだった。すまないな。リーセルス、実はおつかいを頼まれたんだ」


「おつかい? 兄上におつかいとは、いったいどなたが? 」


「アーモンド、父上だよ」


ナッツが爽やかに笑った。




2


「おお! 良かった! サイズもぴったりだ。アーモンドが痩せたから、手直しするのに少し時間がかかったみたいだが、良かった」


「この皮鎧、軽いですね。しかも柔らかいし動きやすいです」


 アーモンドはピーナッツが用意した灰色の皮鎧を着用した。儀礼用のものであり、かつ戦闘にも使用できる作りになっている。


「このデザインであれば、公式の場でも着用が可能だろう」


「はい、思いのほか動きやすくてビックリしました。いったい、何の素材なのでしょうか」


「ホーリーナイトセカンドだ」


「なっ! セカンドの! 」


 それは、アーモンドが幼少の頃に人馬一体で亡くした相棒である愛馬ホーリーナイトセカンドの皮鎧だった。


「怒るなよ、アーモンド。グルドニアには愛馬をそのまま弔うことの他に、供養の一つといて肉を食べたり、一部を剣の鞘にしたりする風習がある。戦時中はよくあったようだ。まあ、普通は馬の皮で鎧は作らないが、セカンドはフィールア種だけあって、そこらの迷宮主の素材より物理耐性と魔法耐性が非常に高いようだ。いつか、お前が成人したときにと父上が極秘にとっておいたらしい」


「父上が、私に……」


 アーモンドは今まで一般的兵士用の鎧を都度、使い捨てで使っていた。理由の一つとして、大きいサイズのオーダーメイドを作るのに上位の素材が不足していたこと。また、太っていた時のサイズの鎧が一般兵士用で何故か在庫が余っていたためである。


 アーモンドは純粋に感動した。


 アーモンドは父から物を貰うなど初めてのことだった。しかも、ホーリーナイトセカンドという幼少のときに別れた愛馬の皮である。


「えっ……」


 アーモンドは自然と涙が流れた。


「良かったな。アーモンド」


「とても、お似合いでございます。ご主人様! 物語の英雄のようです」


 ラギサキがアーモンドの代わりにとても嬉しそうに尻尾を振っていた。




2


 査問会会場前の扉


「遅かったじゃない」


「ラザア」


 扉の前にはラザアが待っていた。


 ラザアの両脇にはマロンとハイケンがいた。


「素敵な鎧ね」


「ああ、私の大切だった馬のセカンドっていう相棒の鎧なんだ」


「そう。ホーリーナイトセカンドでしょ」


「知ってるのか? 」


「あの時は、ウェンリーゼの馬も招待されて私も観客席にいたのよ」


「そうか……」


「……」


 二人の会話は続かない。喧嘩をしてからまともに話すのは実に数日ぶりである。


「決闘、受けてくれてありがとうね」


「いや……その勉強になったよ」


 アーモンドは心の中で「何が勉強になったんだ?」と自分に突っ込んだ。


「本当に、強くなったのね。自分でも百人相手に無茶なお願いしちゃったなって、その、ちょっと反省してる」


「えっ! 」


 アーモンドは驚愕した。あの、ラザアがアーモンドに対して「反省」という言葉を使ったのは初めてである。


「何よ! その顔は、私が反省しちゃいけないの! ちょっとだけ、心配したんだから」


「ハハハハハ。いや、すまない。すまない。でも、大丈夫だよ。父は強しっていうじゃないか」


「それならば、母は強しでしょう。全く、いつもいつも、古代語は弱いんだから」


「いつものことだろう。いや、反省してる」


「「ハハハハハ」」


 二人の表情が和らいだ。


「お薬良かったの、お兄様に使って」


「声が聞こえたんだ。母上の声が、きっとあそこで使わなかったら、私は一生後悔していたと思う」


「貴方がそういうなら、きっと一番いい選択をしたのね」


「ラザア、こないだは」


「「ごめん」」


 二人は見つめあった。そして笑った。


 アーモンドは改めてラザアを見た。


(綺麗だ)


 マタニティドレスでラインを目立たないようにしているが、それを差し引いてもラザアは綺麗だった。


(悔しいな)


(やはり、私は何があっても)


(ラザアが好きなんだな)


「なっ! 何よ! 」


「ラザア、私より長生きしてくれよ」


「はっ! いきなり何よ! だいたい、査問会で死刑でもなるわけじゃあるまいし。縁起悪いわね」


「大丈夫だ。今日の出来事はただの小事だ。これからの二人の未来に比べたら」


「もう、二人じゃないでしょ! 三人よ! 」


 ラザアがお腹をさすった。


「左様でございますアーモンド様、それに微力ながら我々もおります」


 マロンが控えめにいった。


 二人の周りにはマロン、ハイケン、リーセルス、ラギサキ、サンタにクロウがいた。


「そうだったな。反省だな。皆も長生きしてくれよ」


「もういいわよ。反省は」


「全く、アーモンド様はいつも突拍子のないことを」


「ご主人様の命に従い長生きします」


「私は、ブラックボックスが稼働する限り半永久的に稼働することの報告の一部を終了します」


「私はもう、十分に長生きです」


 マロンが最後にぶっこんだ。


「「「ハハハハハ」」」


 アーモンドの心が満たされていく。


 アーモンドは幸せだと思った。


 自分が大切だと思える人が、必要だと思える人がこんなにいる。


 人の気持ちは分からないものだ。


 どれほど愛しくても、すべてを分かるわけでもないし、すれ違う時もある。喧嘩だってするだろう。査問会、いうなれば大人の大きな大きな喧嘩だ。


 でも、少しくらい互いに余裕があったら、慈悲の心があれば、争いはなくなるのだろうか。


 定めは変えられるのだろうか。


誰でも、いつかは心臓が止まり死神が迎えにやってくる。


だが、それは今日ではない。


「さあ、行こうか」


 扉の向こうに待ち構える者たちに慈悲の心はあるのだろうか。


 査問会が始まろうとしていた。

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