5 瞬槍
1
闘技場観客席
「きゃああああ! 」
「おおおおおお! なんだ! この光は! 」
「温かい」
「全然怖くない! なんて美しいのかしら」
その日、グルドニア王国に光の柱が出現した。
その光は闘技場全体を照らし、ゆっくりと収束しては消えた。
「この温かい光は……天国? いや、私は……生きているのか」
光の柱が消えた場所には、傷の癒えたピスタチオがいた。
「おかえり、ピスタチオ兄上」
アーモンドがピスタチオに微笑んだ。
観客席からは、ラザアとリーセルスが「仕方ないな」といった顔をした。
「神なる奇跡だねぇ。長生きするもんだね」
「キャンキャン」
木人とホクトはアーモンドを祝福した。
「流石、ご主人様です」
薬の効果とアーモンドはまったく関係ないが、ラギサキは通常運転だった。
「「「にゃん、ニャー、ニャース」」」
ブーツの猫達も同意した。
「お前! 今の光は、本物の神誓薬をどこで手に入れたぁぁぁ! 」
ピーナッツだけは同意しなかった。
2
「陛下、何を! 」
キャハハハハハハハ
巡剣が笑いながら、ピーナッツに振られる。
アーモンドが間一髪で避ける。
「お前! その薬を!どこで手に入れた! なぜ、レートに使わない! 」
ピーナッツは理性が保てなかった。妻であるレートの呪いが解呪できる唯一の希望であった『神誓薬』はピーナッツが二十年の歳月をかけても手に入いらなかったアイテムである。
ピーナッツが連撃を放つ。
アーモンドが再び避ける。
「馬鹿が! 俺、相手にその避け方をするか! 」
避けた直後に、ピーナッツの蹴りがアーモンドを捉えた。
「ガフッ!」
アーモンドがみぞおち蹴りをくらった。
アーモンドは隻腕独特の動きで連撃を躱した。しかし、義手ができるまで隻腕だったピーナッツにはアーモンドの動きが手に取りように分かった。ピーナッツは動きの視点を見極めて攻撃した。
キャハハハハハハハ
ピーナッツは容赦なく剣を振るった。
「くそっ!」
アーモンドも剣を振るった。
ガギィィンン
剣と剣が重なり合う。
ピーナッツとアーモンドが剣を振るう。
ガキン、ガキン、ガキン
闘技場に思い重低音が響き渡る。
「《水球》」
アーモンドが魔術を発現する。アーモンドは、魔術を発現する際に無詠唱でさらには、予備動作がない。
「ウザってぇ! 」
ピーナツは巡剣で《水球》を切り裂く。
だが、その隙にアーモンドがピーナッツに肩から体当たりをする。
ピーナッツが数歩後退する。
「《水球》! 《水球》! 《水球》! 《水球》! 《水球》! 」
アーモンドが「頭を冷やして下さい」とでもいうように《水球》を連射した。アーモンドの《水球》は中級魔術以上の威力がある。
「グングニル! 」
ピーナッツが義手を構えて掌から無属性のブレスに似た貫通力の高い一撃が放出された。
《水球》はただの水となり四散していく。その勢いは止まらずにアーモンドに着弾した。
ドッガーン
あまりの衝撃に砂煙が舞う。
だが、瞬時に砂煙から高速の狼が闘技場を回る様に駆ける。
「《水球》」
アーモンドは冷静だった。闘技場を回る様にして遠距離から絶えず移動して《水球》を発現する。
「ハハハハハ! やるようになったじゃねーか! 」
初めは怒りからきたピーナッツであったが、今は純粋に勝負を楽しんでいた。昨年、王になってからピーナッツはまともに戦闘など久しぶりであった。
バシャ、バシャ、バシャ
ピーナッツが《水球》を切り裂く。だが、結果としてピーナッツは足が止まった。
「うおおおお! 」
アーモンドは闘技場をらせん状に駆けながら距離を詰める。加速を落とさずに、隻腕での一閃に荷重を乗せる。
「いいぞ! いいぞ! 流石、竜殺しだ! 」
ピーナッツが剣を受け止めるが弾き飛ばされた。
そのまま、両者は切り結ぶ。
始めは諌めるつもりだったアーモンドだが、自身と同等の実力を持つ父ピーナッツを相手に次第に気持ちが高ぶった。
ウキャキャキャキャキャ
巡剣と絶剣が歓喜の声を上げながら周囲の魔力粒子を喰らっていく。
「なんだ! 魔力が抜けていく」
「体がだるい」
「頭が痛い」
観客席からは体調不良者が出た。
「はぁぁぁ、何をやってるんだろうね。二人とも」
「全くですわ」
「同意します」
「流石、ご主人様です」
木人とラザアにリーセルスが盛大にため息をついた。
ラギサキは二人の戦いを見てウズウズしていた。
2
「お前ら! 俺様も混ぜろや! 」
「ずるいぞ! ボンド! 獣化変化! 」
闘技場に巨帝ボンドと獣王が乱入した。
いよいよ手が並みの相手には手が付けられなくなる。
「困りましたね」
バーゲンが天を仰いだ。
ボンドが大斧を振るう。風圧だけで闘技場に風が吹く。
獣王が吠える。その雄叫びで観客の中には失神したものもいた。
闘技場は収集がつかなくなった。
「「「「うおおお! 」」」」
それぞれの渾身の一撃が放たれた。
その刹那に空より十二本の槍が闘技場に放たれた。
ガギィィンン、ガン、ガン、ガン
「皆さま、お戯れはそれまででお願い致します。午後の査問会の時間もありますので」
マウが割って入った。
マウは槍を地面に突き刺し、四人の動きが鈍ったところを盾で順に攻撃を捌いた。
「おやおや、見事な《移動》だねぇ。暴れん坊どもを、黙らせちまった」
木人が感心した。
「王族の方々に、刃を向けましたので査問会が終わりましたら不敬罪にして頂いても結構でございます」
マウが四人に頭を垂れる。
「ふん、ぬかせ! 興が覚めたわ」
ピーナッツがマウにいう。
「マウとかいったな。お前やるな」
「鼻たれ小僧が、よく育ったもんだ」
獣王とボンドがいった。
「デニー先生、かたじけない」
「アーモンド殿下、お強くなられましたなぁ」
「先生の技には足元にも及ばないようですが」
「本気の皆様を相手にはとても務まりません。老体にはちと酷です」
マウが肩を鳴らしながらいった。
「おい!アーモンド、なぜレートに薬を使わなかった」
ピーナッツがアーモンドに聞く。
「……母上には断られました。母上は陛下が何とかしてくれるのを……待っているようです」
「なんだと! どこで、手に入れた。トロント迷宮か、ダイアンか、それとも他国か? 」
「申し訳ありませんが、御答え出来ません」
「……くそが! 」
傷が治ったピスタチオは意識を取り戻したがアーモンドになんと声をかけていいか分からなかった。失禁して気絶から目覚めたアズールも同様だった。
神誓薬による光の柱と、ピーナッツ、ボンド、獣王、マウの槍捌きによって観客たちは誰も聖戦騎団のことを覚えていなかった。