エピローグ3 魔女の条件
1
森の奥、魔女の隠れ家
『ビィー、ビィー、魔素を感知しました。データベース照合します……該当あり、魔素生命体アノンと推測します。坊を害する可能性あり』
ユーズレスは赤色の瞳を点滅させてスリープモードから戦闘モードになる。
「えっ! 何?」
ジュエルが驚いた。
キーリが剣を握ろうとする。
「ウォン! ウォン! 」
「ホウホウ」
ホクトとフクロウがやって来てユーズレスを諫める。
「おやおや、騒がしいね。ユーズや、この子たちは私の客だから大丈夫だよ。すまないねぇ、客なんて滅多に来ないもんだからねぇ。この機械人形は坊に危害を加えると思ってのことでね。無礼を許してやっておくれねぇ」
木人が杖をつきながらやって来た。
ヒョコ
木人の後ろから服を掴みながら幼子が顔を出す。
「あう、あう」
「大丈夫さ。坊、怖くない。怖くない。こんな森で年寄りとばっかり暮らしてるせいか、人種を見るのは初めてなんだよ」
「おばば様ご無沙汰しております。可愛いお子様ですね。まさか誘か……ゴホン、失礼しました。こちらは、私の友人でキーリライトニング・オリア様です」
「お初にお目にかかります。魔女殿」
キーリが外套のフードを取り木人に挨拶をした。
「おやおや、これは大陸一の剣士様かいねぇ。なーるほど、いい男だねぇ。いつもうちのお嬢ちゃんが世話になっているねぇ。お嬢ちゃんは後でおぼえておきなねぇ」
「とんでもございません。ジュエル様の先生とお聞きしました。光栄でございます」
キーリは言葉とは裏腹に冷や汗をかいた。
キーリは現在、魔術を使えない。だが、《魔力感知》と武人ならではの気配で分かった。いや、理解した。木人を筆頭に、機械人形、犬にフクロウ、一見してなんの変哲もない組み合わせだが、その奥にある気配、隠しきれない気は厄災級フューネラルが可愛く思えるほどであった。
キーリは思考した。まだまだ、世界は広く、自分は大海を知らないと……
2
「きゃっ、きゃっ」
「ウォン、ウォン」
「ホウホウ」
坊はジュエル達に興味が無くなったのか庭で蝶々を捕まえようと戯れている。
『……ド……ゾ』
ユーズレスがテラスで座っている木人達にお茶を出す。
「ありがとねぇ。庭のハーブを煎じたものだけど良かったらねえ」
「ありがとうございます」
「いい香りですわ。懐かしい」
三人がしばし茶を楽しむ。
「それで、キーリライトニング殿」
「魔女様、どうぞ。キーリとお呼びください」
「そうかい、それじゃあ。キーリ殿とでも呼ばせてもらおうかねぇ」
「おばば様、早速ですがおばば様ならば、キーリ様の診察を御願いしたいのですが」
「そうかい、お嬢ちゃんやあんたにでもお手上げかいね。まぁ、いいさね。あまり、弟子をいじめるのも良くないだろうに、どーれ! 《鑑定》」
木人が目を細める。
「うーん、ユーズ、ガードちょいとあんた達も《鑑定》してくれないかね」
『……り……《鑑定》』
『……ナカ……ノロ……イ……ニコ』
「やっぱり、そうかいねぇ。キーリ殿あんた最近、死に直面したことはあるかい?」
「先のフューネラルでは体を貫かれました」
「その他には」
「始まりの迷宮で死にかけました」
「始まりの迷宮、ウェンリーゼにある迷宮かい。あそこの主はアノンだったね。今、ここにいるってことはアノンに気に入られたみたいだね」
「実際には門番の古狼ギグナスまでしか戦闘はしませんでした。正直なところ、私はアノンとは戦っておりません。自分が何故、踏破できたかも分からないのです」
「極論をいうとね。キーリ殿あんた、一回死んでるね」
3
「私が一回……死んでいる」
キーリは驚愕した。だが、思い当たる節があるようだ。
「フューネラルの呪いってのは、うーん、なんて言ったらいいのかねぇ。呪詛に近いものなんだよねぇ。呪いと呪詛の違いは省くとして、本来ならその呪詛は対象の魔力を毒に変えて、体中の臓器が焼けるような痛みの末、全身の血を抜かれて悶え苦しむなんとも趣味の悪いものなんだよねぇ。厄介なことに魔力量が多いほど症状の進行が速いし、重症度も高いんだよねぇ」
「おばば様、ではキーリ様はこれから重症化するのですか? 」
「いや、それがねぇ。キーリ殿の中には不思議なことに魔素があるようでね。本来、魔素はこの世界にはないの……なんていうかねぇ。詳細は省くとして、人種が持ってるものではないんだよ。多分、なんだけど、キーリ殿の体は一回分解されている。そして、魔素によって再構築されているんだよね」
「私は、分解?再構築?」
「魔素生命体アノン、あの厄災は本来無害なものなんだよぇ。自然界にしてもそうだけど、野生の生き物は狩られる恐怖かあってこそだからねぇ。キーリ殿と対峙したときにアノンは恐怖以外の感情に触れたんだろうね。さっき、ユーズが魔素に反応したのも、キーリ殿の中にアノンの分身『アノンの祝福』とでもいおうかね。アノンが魔力を抑えてくれんてるんだよね。それで、『フューネラルの呪い』が魔力に反応しないんだよ」
「では、魔術は使えないとういことでしょうか」
「おすすめはしないよ。今は、安定しているけどいうなれば綱渡りでバランスをとってる状態だよ。下手な薬や《癒し》なんて使った日にはバランスが崩れて再構築した体事態が、形を保てなくなって砂になっちまうよ。正直、デニッシュ王子だったらアウトだったろうね」
キャハハハハハハハ
絶剣が悪気なく笑う。
「……」
「その剣とも相性は悪いね。絶剣は魔力を喰らってこそ真価を発揮するからねぇ。あー、そうだね。あれがあったね! 」
木人が懐の『四次元』に手を入れる。
「あった! あった! フーフー! ちょいと埃かぶってるけど。現役だね」
木人が埃を被った木刀をキーリに渡す。
「この、木剣は……」
「古来のもので、木剣、正式には木刀『椿月』こいつは、下手な金属より硬くて軽いんだよね。あんたの全力とまではいかないけど、下層の迷宮品よりはいいと思うよ」
「失礼します」
キーリが木刀を握った。不思議と『椿月』の握りはキーリを心地よくさせた。
ヒュン
キーリが軽く『椿月』を振った。森に優しい風が吹いた。
全力ではなかったが、『椿月』はキーリの振りに応えてくれた。
「ああ、『椿月』もあんたを気に入ったみたいだね。仲良くやんなよ」
「おばば様、治療は」
ジュエルが木人に聞く。
「そんなもんないよ。あえて言うなら、アノンが飽きないように、よく食べて、よく寝て、よく人を愛することだよ。アノンは純粋な気持ちが好きみたいだからね。まあ、今の状態は普通に生活、それこそ厄災級じゃなきゃあんたなら問題ないだろうね。少しばかり、全力を出せなくて窮屈だろうけど」
「おばば様、そんな身も蓋もない」
「木人殿、それは違いますよ。きっと、その窮屈がきっと、私を、剣士としての高みへ導いてくれたのです」
キーリが胸を張っていった。
「ハハハハハ! そうかい、そうかい、こりゃあ、一本取られたね。一本ついでに、キーリ殿に一つ頼みがあるんだけどね」
「私でできることでしたら」
「キーリ様、安請け合いしないほうが」
「大した事じゃないんだけどね、坊のことさね」
木人が庭で遊んでいる坊を見る。
「ババ、ババ」
「ウォン、ウォン」
「ホウホウ」
坊が木人に寄ってきた。
「おうおう、ヨシヨシ。よっくど、遊んで来たね。この子はねぇ、最近まえ獣国にいたんだよね。まあ、人種と戦争してるからね。そこの機械人形と逃げて来たんだよね。私は、世捨て人みたいなもんだから、ずっとここに置いておくわけにはいかないんだよ。すぐにとは、言わないよ。時期がきたらでいいさね。キーリ殿のところで面倒をみてくれないかいねぇ。ついでに、今なら超高性能な機械人形ユーズも付いてくるよ」
木人がキーリにセールストークをかます。
「……おいで」
キーリが手を差し出す。
「……」
坊が恐る恐る手を差し出す。
「!! この子は」
「やっぱり、あんたには、分かるかね。今は、抑えてるんだけどね」
キーリは驚愕した。
坊の魔力は今は抑えられていて子供のそれであるが、潜在魔力の内包量はグルドニア王国王族クラス、いや、それ以上であった。
「ちょいと、訳ありでね。ああ、言っとくけど、グルドニア王国王族とかではないからね。それは保証するよ」
木人が少し難しい顔をした。
「ホウホウ」
フクロウが忙しなく坊の頭上を旋回している。
「……どうぞ」
坊がキーリに手に持っていた花を渡した。
「くれるの」
「……さびしそう」
坊がキーリに笑った。
キーリはいつか見た夢を思い出した。夢の中でアノンと共に母に花の冠を作ったときの花と一緒だった。
「……坊や、名前は」
「坊は、坊だよ」
「ああ、そうだったね。うっかりしてた。ユーズやい! 坊の名前はあるのかい」
『……』
ユーズレスが沈黙した。
「一回、名づけをしようとしたんだけどね。候補が一万を超えて結局、決められなかったんだよね。いい機会だ。キーリ殿、名づけになってくれないかね」
木人はキーリを身元引受人にする気満々である。
「……ボールマン」
「いいじゃないかい。確か昔に、そんな名前の英雄がいたね」
「よろしくね。ボールマン」
キーリがボールマンの頭を撫でた。
後に、ボールマンはユーズレスと共に、東の海ウェンリーゼに旅立った。
キーリはボールマンを娘であるエミリアの従者とした。
ボールマンと魔道機械人形ユーズレス、それはまた別のお話である。
4
「それは、そうとお嬢ちゃんやい! そろそろ起きたらどうだい」
「えっ! 起きてますけど」
ジュエルは面食らった。
「まだ、気づいてないかい《鑑定》。あー、魂の一部がこっちに来ちまってるよ。よーく、自分のことを見てみるんだねぇ」
「えっ! いったい、何を! 」
ジュエルが自分の手を見る。視界が一瞬ボヤけてから、両の手は、皺が目立つ老人の手であった。
「えっ! えっ! 」
「あー、こりゃあ、『遠ざけのまじない』だねぇ。対象を指定しているタチの悪いやつだよ! あっちの私は気付かなかったのかね」
パチン!
「はっ! えっ! これは夢」
木人が指を鳴らす。ジュエルの姿が老人となった。
「このまじないはね。対象の何か心残りや、後悔みたい念に反応するんだよねぇ。しかも、かなり強力ときてる。だいぶ精神を疲弊した時に発動する仕組みだねぇ。いつものお嬢ちゃんなら気付けたかもね」
「はっ! 」
ジュエルは心当たりがあると共に少しずつ頭がスッキリしていた。
「私は……確か、フラワー様、いや、ラザア様のドレスを……寝てしまって! しまった! 査問会! 」
「思い出したようで何よりだよ! こっちは若いあんたが何とかするだろうから、あんまり心配しなさんな。そろそろ起きるといい」
パチン!
木人が再び指を鳴らした!
「! ! オババ様! オババ様は、あっちで! 笑ってました! キーリ様! 殿下を! デニッシュを! あの人はずっとずっと、後悔してました! あの人をデニッシュを! 許してあげて下さい! 」
「ジュエル様、私はデニッシュ様の騎士にはなれませんでした。ですが、私は、ずっとデニッシュ様の従者ですから」
キーリが微笑んだ。
5
査問会当日
グルドニア王国歴史510年 ミクスメーレン協和国
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ! 待って! はぁ、はぁ、はぁ」
ジュエルは目覚めた。
目の前には、ラザアのために作ったドレスがあった。
「クルルゥ」
フェリーチェは眠っていた。
「何だったのかしらさっきの夢! 手紙! そうよ! そういえば、昔、フラワー様から貰った手紙! なんて! 大事なことを、あれれれ、明るい……今日は、査問会」
ジュエルが時計を見た。
ジュエルは血の気が引いた。
とっくに査問会の時間は過ぎていた。
ラザアのために作った『聖女のドレス』は間に合いそうになかった。
グルドニア王国歴史450年 完
デニッシュ編終わりです。
ありがとうございました。