エピローグ 1
1
フューネラルの首が跳んだ。
ウーゴの大地に鬼熊の血が混じる。
「はぁ、はぁ、うっ! 」
「殿下! 」
デニッシュが膝をつき、キーリが駆け寄る。既に体力の限界を超えていたのだろう。
「「「……うぉぉぉぉぉ! すげー! やったぞ! 」」」」
「人種のくせに、あの大熊を仕留めやがった! 」
「なんだ、一瞬のことで全然分からなかったぞ! 」
「俺もだ! 」
「稲妻だ……! あれが噂の稲妻、いや、伝説の竜殺し双子の騎士だ」
「「稲妻!」」 「「双子の騎士!」」
いつの間にか、獣人と人種は互いを気遣うように称えあっていた。
魔熊達もフューネラルがやられたために統制が取れないでいる。
「殿下、獣人達とズーイの兵が手を取り合っています」
「はぁ、はぁ、そうだな……」
キーリも実は限界であった。膝が震えている。立っているのもやっとである。何故なら、先の連撃の最中で一番恐怖したのはキーリだったのだ。その恐怖の対象は敵であるフューネラルではなく、デニッシュにであった。
実際のところ、キーリは自分の全開に満身創痍のデニッシュがついてこれらとは思っていなかった。
だが、デニッシュはキーリと同等の神速の連撃を繰り出した。それどころか、気を抜けば先行したキーリを追い抜く勢いであった。後方よりまるで、自分の影が銀狼となって圧をかけながら追い抜こうとしてくる。キーリは狼に追い抜かれまいと、食い破れないように必死だった。それは、いつの間にかキーリの限界をさらに引き出した。
キーリは人生でも自身が満足いく剣を繰り出した。それをあっさりとなぞってくるデニッシュはもはや理解の及ばない怪物だった。
「フューネラルは気の毒でしたね。このような怪物を相手にするとは」
「あのなあ、お前自分が相当な化け物だって自覚あるか」
「殿下に言われたくありませんね」
「ふっ」
「ふう」
二人が向き合う。
「「ハハハハハハッ!」」
戦場に笑い声が響き渡った。
ピクリ
フューネラルの背中の魔石が微かに光ったことを誰も気づけないほどに……
2
ゾクッ
それは《魔力感知》に長けたキーリだったから気付けたのだろう。
刹那の瞬間であった。
「まったく、お前は久しぶりに会っても、ブッ! 何をする」
キーリがデニッシュを突き飛ばす。
デニッシュが倒れこんだ。
デニッシュが振り向きキーリを視認する。
「キーリィィィィィィ! 」
その光景をデニッシュは生涯忘れないだろう。
フューネラルの銛の形をした魔石に串刺しになったキーリがいた。
3
後になって分かったことだが、フューネラルの本体は三本の銛の形をした魔石だったようだ。
魔熊達は混乱に乗じて撤退した。その際に、フューネラルの背中に残った二本の魔石が融合しそこから子熊が生成された。
魔熊の群れは子熊を守るようにして森へ向かった。
撤退に際して、機動力に長けた獣国軍が追撃戦を行ったが、子熊の行方は見失った。それでも、魔熊の六割近くを殲滅した。
「やつらもしばらくは大人しくするだろう」と氷帝ヒノエがいった。
ズーイ軍は獣国軍にドロップした魔石をすべて譲った。
「これで、貸し借りなしにしたい。その代わり、フューネラルの素材はこちらで引き取らせて貰う」
ズーイ伯爵が交渉する。
「いいだろう。獣神様の導きにより加勢したまでだ。戦士は他人の手柄を横取りしない」
ガージャがズーイ伯爵にいう。
「ああ、デニッシュに一言いっておけ。いつか、獣国で最高の肉をご馳走しようとな」
「ふん、まあ、いいだろう」
「それとな、騎士マウ、やつは伸びるぞ」
「ふん、言われなくても分かっているわい! 」
獣国軍は戦利品として魔石を持って撤退した。
撤退の際に、ズーイ伯爵が誰にも気付かれないように「かたじけない」といった。
耳のいい獣人はもしかしたらその一言に気付いたかもしれない。
『騎士として騎士であれ』ズーイ伯爵はやはり雪国の義に厚い漢だった。
4
狩りの基本として狩人は獲物の止めを確実にしなければならない。
キーリは一命を取り留めた。
不思議なことに刺さった魔石が溶けて傷口からキーリの体内に入った。
キーリは、魔術が使えなくなった。
5
王都転移門
「なっ! これは、大きな熊!? デニッシュ様、お待ちを」
「強奪」
番兵は意識を失った。
ズルズルズルズル
デニッシュは傷も癒えぬままに王都に跳んだ。
ズルズルズルズル
フューネラルの首を引きずりながら……
「ひっ! 熊! 」
「誰だ、王城を汚す狼藉者は! あっ! 第二王子!? 」
王の部屋まで続く真っ赤な絨毯に濁った黒い色が混ざる。
「デニッシュ! 止まれそこまでだ! 」
第一王子サンドと親衛隊が部屋の前を固める。
「ああ、兄上ですか? 」
デニッシュの瞳は深紅だった。怖いくらいに赤だった。
「ああ……ではない。一体なにをしに、その熊はなんだ」
サンドは慌てた。
デニッシュが引きずってきたフューネラルの首は二メートル近い岩のようだった。
それをデニッシュは虚ろな表情で、片手で軽々と引きずってくる。
「大したものではありません。少し珍しい土産です」
デニッシュはどこ吹く風で歩みを止めない。
「なにを! いいから止まれ! これ以上は反逆罪になるぞ! 」
「こうでもしないと、父上、いや、陛下にはお会いできないでしょう」
「父上は、今、来客中だ! 尚のこと、入室はできん! 」
「良かった。いらっしゃるのですね」
「ええい! 話の通じない気狂いが! 親衛隊止めろ! 」
「《強奪》」
デニッシュはまるで息を吸うかのように《強奪》を発現した。影から伸びた大きな手は、親衛隊十二人を瞬時に沈黙させた。
「なっ! 馬鹿な! エリートのみの王家直属部隊だぞ! 」
「ご安心を、時期に目を覚まします」
デニッシュが無関心にサンドの横を通り過ぎた。
「この! 能無しが」
「その通り、能無しです。本当に……その通りです」
ギィィィィィィィ
扉が開かれた。
「やけに騒がしいな。客人の前だぞ」
『なんだ、なんだ、随分と面白そうなことになってるみたいだな。怖い顔して、俺様と戦るか? 』
「第二王子デニッシュ・グルドニアが王陛下に拝謁致します。ご無沙汰しております。ボンド王」
部屋には王とジャンクランドの機械人形巨帝ボンドがいた。




