28 グルドニア王国歴史450年 どうでもいいや
1
「ガウガウガウガウ」
フューネラルの能力により、討伐されたウーゴ迷宮の魔獣達が魔石から魔熊として生成された。
「なんだ! 魔熊! ぐわああああ! 」
魔獣達を倒したズーイ軍、獣国軍は一気に指揮を落とした。
苦労して討伐したウーゴ迷宮の魔獣が、より強力な魔熊となって甦った。
「そんな、せっかく、倒したのに反則だ! あああああ」
前方の魔熊二百体に、後方から新たに生成された魔熊四百体によって、ズーイ軍、獣国軍は魔熊に囲まれた。今の状況は悪い。
「殿下、遅れました! ズーイがデニッシュ殿下に拝謁いたします。獣国の犬どもより遅くなり面目次第もありません」
「ズーイ伯爵、よく、援軍に来てくれた」
「勿体なき、お言葉です。我が領のことで高貴なる血を、迷宮管理は不徳の致すところであります」
ズーイ伯爵はデニッシュの生存に安堵した。客観的に見れば、自領で起こった魔獣大行進で、王族であるデニッシュ、聖女ジュエルが死亡した場合の責任問題は大きすぎた。
「ズーイ伯爵、話は後だ。今は状況が悪い」
「はっ! シュリ報告だ」
「ズーイ伯爵が副官シュリ、デニッシュ殿下に進言致します。現在、わが軍はフューネラルの未知の能力により新たに蘇った魔熊によって我が軍は魔熊に囲まれております。厄災級のフューネラルと軍団を相手取るには些か分が悪いかと、撤退を進言します」
「撤退か……」
デニッシュが周りを見渡す。
シュリのいう通り、ズーイ軍には負傷者が少しずつ出ている。
軍としての損害は軽微であるが、確かに大型魔獣の軍団を相手取るには分が悪い。むしろ、戦力に余裕があるうちに撤退することは今の最適解かもしれない。
2
「誰か、《治癒》を使えるものはいるか」
デニッシュがいった。
「失礼しました。殿下のお怪我を直すのが先でしたな。誰か、ウーゴ少尉を呼んで来い! 」
ズーイ伯爵が声を張り上げる。
「ウーゴ?」
「ウーゴ男爵の長子になります。そういえば、ウーゴ男爵はどこに? 」
「ウーゴ男爵は、私を守って死んだ」
「……そうですか、最後は武人として逝ったのですな」
「ズーイ伯爵、シュリ、今、撤退すればウーゴ領はどうなる」
「……殿下、今は何より、殿下の御身が第一であります」
「……魔熊達に田畑が荒らされ食糧難になります。村々では餓死者も出るでしょう」
ズーイ伯爵の後に副官シュリが言葉を被せた。
「シュリ! 貴様、余計なことを」
「閣下の本音を代弁させて頂きました。無礼を承知で申し上げます。私の首一つでは足りないです。御身の無事が優先とは分かっていますが、ここでフューネラルと魔熊を止められない場合はウーゴ、ズーイ伯爵領は、人が住めない永遠なる冬が到来するでしょう」
「そうか、そうだよな」
デニッシュがキーリに目配せした。
キーリはデニッシュに礼を取る。
その礼は「お付き合い致します」と言っているようであった。
「ウーゴ少尉が、デニッシュ殿下に拝謁致します。このたびのウーゴ迷宮からの魔獣大行進、我がウーゴ男爵家の不徳の致すところ。どのような罰でも御受け致します」
ウーゴ少尉が息を切らしデニッシュの元にやって来た。ウーゴ少尉は慌てた。マウの話通りにまさか本当に魔獣大行進が起きているとは夢にも思わなかった。ましてや、厄災級フューネラルの出現により事態はさらに悪化している。軍法会議、査問会の結果次第ではお家断絶もあり得る。
「ほう、貴様がウーゴ・アワの息子か」
デニッシュより先に口を開いたのはガージャであった。
「貴殿は」
「こいつは、牙帝ガージャ。ウーゴ男爵の最後を見届けた生き証人だ」
デニッシュがいった。
「父上は……」
「戦士、ウーゴ・アワは男だった。デニッシュの騎士達と共に僅か十数人で魔獣大行進に立ち向かった。ウーゴ・アワは最後に俺を庇った。獣人である俺をだ。ウーゴ・アワとは数度しか口を聞いたこともなければ、ほとんど顔を合わせたこともなかった。だが、ほんの数分であったが我らは紛れもなく戦友だった。ウーゴ・アワは俺を庇い、頭の半分を失っただが鬼神のごとき強さを見せ、魔獣二十体を屠った。死してなお、その亡骸から発せられた覇気に魔獣達は尻込みし動けなかった。ウーゴ・アワはデニッシュを守ったのだ。やつの勇士は永遠に語り継がれるだろう」
「……おおおお、足の悪かった隠居同然の父上が、そのような働きを……」
ウーゴ少尉は泣いた。いつの間にかズーイ伯爵も泣いていた。
敵とは言え、獣人にその武を認められるのは大変名誉なことなのである。
「ガウガウガウ! 」
魔熊達は勢いづいた。
考えている時間はあまりない。
「ふん、ウーゴ・アワや騎士達の名誉を貴様らが守らぬのならば、我らが守ろうぞ! ヒノト! ヒノエ! ゼオ! 甥っ子たちはいるか!? 」
「ガージャ、その必要はない! キーリ! 」
「はっ!」
「親玉をやるぞ! ついて来い! ウーゴ少尉、私に《治癒》を」
「はっ! しかし、私の治癒では傷を完全に塞ぐことは」
「傷はこのままで構わん! その代わり、一分でいい私が動ける体力を回復しろ! 」
「ズーイ伯爵、シュリ、ガージャ、五分いや、三分だけ持たせろ」
「殿下! 」
「ふん!生意気な! ハクを呼べ!」
「殿下ありがとうございます」
シュリが首を垂れた。
「気にするなシュリ、これは、私の個人的な戦いだ」
キャハハハハハハハ
巡剣が笑った。
デニッシュの手から魔力を伝って言葉が流れてきた。
それは温かかった。不思議と騎士達の声が頭に響いていた。
キーリがデニッシュを見る。
キーリは身震いした。先までとデニッシュから感じる圧が変わっていた。
「ガウガウガウガウ! ケラケラ! 」
フューネラルは獣人の頭部で呑気に玉遊びをしている。
その後、フューネラルは後悔するとになった。
フューネラルは忘れていた。かつて、大陸に血の雨を降らせ生きとし生けるものを震撼させた生物がいたことを。
アートレイ・グルドニアという厄災すら恐れる怪物を。
「あれは、生かしてはいけない」
ドクン、ドクン、ドクン
-奪われるな、奪え-
デニッシュの瞳が深紅に染まった。
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