27 グルドニア王国歴史450年 軍団の本領
1
「ウォーン!」
魔獣五百の脇腹を抉るように、獣国軍二千が参戦した。
獣人は純粋な戦闘力でいえば、中~大型魔獣を一人で狩れる力を持つ。
魔獣達は獣国軍二千の波に飲まれた。
「デニッシュ様! オイラ! 来たよ! 援軍を連れてきたよ! 」
マウが白猫獣人ハクに乗ってやって来た。
「マウ、お前、本当に……いや、よくやってくれた」
デニッシュは内心、援軍を期待したのはズーイ伯爵軍だったのだが、獣国軍が加勢に来たことに驚いた。
「それで、みんなは! オイラは間に合ったんだよね! 」
「……マウ、皆はな……」
「デニッシュの騎士たちは、主君であるデニッシュを守った。その高潔なる魂は、今頃、戦いを司る神々の洗礼を受け、安らかな理想郷へ旅立った」
満身創痍のガージャが足を引きずりながらやって来た。
「ガージャ様! ご無事で」
「ハク、ご苦労だったな。まさか、援軍に来るとは甥っ子たちには借りができたな」
ハクが慌てガージャを支える。
「すぐに手当てを、おい! 誰か! 森の恵みを持ってこい! ガージャ様が重症だ! 」
「ちょっと、待ってよ!安らかな理想郷ってどういうことだよ」
マウには意味が分からなかった。いや、分かってはいたが理解が及ばない。
「デニッシュ様、ご無事で」
キーリが混乱に乗じて魔熊の群れを突破して戻ってきた。
「キーリか」
「すみません。フューネラルの奇襲はしくじりました」
「奴の手の内は見れた。十分に仕事はしただろう」
「デニッシュ様、そちらの金髪の方は、それに、そのみんなが、いったい何処にいるんだよー! 」
「……マウ、すまない。みんなは私を守って死んだ。私は、今、おめおめと生き恥をさらして生きている」
「そんな……」
デニッシュから一言にマウが肩を落とす。
「私は、キーリライトニング・オリアと申します。少年、いや、デニッシュ様の騎士とお見受けします」
「キーリライトニング・オリアって、大陸一強いっていう剣士、なんでだよ! あんた! 強いんだろう! 一番強いんだろう! オイラなんかよりずっと、ずっと強いんだろう! なんでもっと早く来てくれなかったんだよ! あんたが、もっと早く来てくれたら皆は、みんなは、死なずに済んだんだ。あんた! 御貴族様なんだろう! 皆が、平民だからって、見殺しにしたんだ! 偉い奴らはいつもそうだ! 畜生! 畜生! うわぁぁぁぁん」
キーリは敬意を表したが、マウから返ってきた言葉は辛辣だった。キーリはマウに胸倉を掴まれたが、あえて無抵抗だった。
パシン
「痛っ! 」
マウの頬に衝撃が走った。
ガージャからの張り手であった。
「騎士マウよ! デニッシュの騎士達の見届け人として、神々の前で嘘偽りなくガージャが話そう。デニッシュの騎士達は、己の命を懸けて主君たるデニッシュを守った。その武勇は永遠に語り継がれるであろう。デニッシュの騎士達が時間を稼いだおかげで、キーリライトニングの加勢が間に合った。誰か一人でも欠けていたら、今のデニッシュはないだろう。騎士マウよ! そなたの行為は、騎士の誇りに泥を塗る行為だ。貴様も騎士であれば、騎士として騎士であれ! 」
ガージャの言葉は何故かマウの心に真っすぐに落ちた。
「ううううう、ごめんよ、ごめんよ、キーリ様、ごめんよ。みんな、ごめんよ、オイラが、オイラがもっともっと強ければ」
マウの手から力が抜けた。
「マウ……」
デニッシュにはマウに掛ける言葉がなかった。
こうなったのは、自分の予想が外れたこと、自身の力不足が原因だ。だが、それは自分の心を軽くしたいだけの自己弁護に過ぎない。そのことを口に出すことは散っていた騎士達に対する冒涜である。
何故なら、デニッシュの騎士達はデニッシュに剣を捧げたことを誰一人として後悔していないのだから。
2
魔熊の群れと獣国軍 戦場
「ぐおおお! この馬鹿力の熊どもめ」
「気をつけろ! 魔熊どもは後方の魔獣より手ごたえがあるぞ」
獣国軍の勢いが止まった。
後方でこそ、ウーゴ迷宮の魔獣達には善戦しているが魔熊の群れに苦戦している。
ウーゴ迷宮の魔獣の強さが二十~三十階層レベルであれば、魔熊は五十階層の強さはある。階層が迷宮は階層が一階違うだけでも個体の強さは変わってくる。それだけ、深層に近づくにつれて難易度が高くなっていく傾向にある。
ましてや大型魔獣である魔熊は膂力・体力もあるために獣国軍との長期戦は不利であった。
ドドドドドドドドド
再び北より砂煙が舞う。
「ぬおおお! 魔獣大行進は本当だったのか! 犬どもに先を越されたか! ウーゴ男爵! ズーイが助太刀いたす! 皆の者! 魔獣どもは皆殺しだ! 」
ズーイ伯爵が巨馬に跨り、家宝である大槌を振り回しながら魔獣を蹂躙していく。
ズーイ伯爵の一振りで魔猿、魔兎、魔鹿等数体が肉塊となる。
ズーイ軍は砦に千を残して、千がズーイ伯爵の指揮の下参戦した。
獣国軍とズーイ軍は友軍ではない。
むしろ敵軍同士である。
だが、長きにわたり争いを繰り広げていた両軍は、互いの軍の特性や癖、手の内等をある程度理解していた。
ズーイ軍が参戦したことで、獣国軍はウーゴ迷宮の魔獣をズーイ軍に任せて、魔熊の方へ自然と前線を押し上げることができた。
純粋な個の力では人種では獣人に及ばない。特に大型魔獣を相手にするときは準備が必要である。準備が万全でない今は、出し惜しみせずに正面突破が一番損害を受けない手段でもあった。
「ガウガウガウガウ! 」
玉座からフューネラルが重い腰を上げた。
3
「馬鹿な! こんな大熊がいきなり……うああああああああ」
《交換》によりフューネラルが手下と位置を入れ替えた。
獣国軍の先方隊は、いきなり現れた十メートルはあるであろうフューネラルに驚き、爪牙によって甚大な被害を受ける。
魔熊の数はすでに二百体近くまで減少していた。
だが、混戦である。
「どけ、《水球》」
水帝ゼオが《水球》を発現するが、フューネラルは《交換》により、再び位置を変えて《水球》を避ける形となった。
「なっ! あの大熊どこにいった」
「ぐわあわわ! 」
他所に現れたフューネラルに別動隊が面食らう。
フューネラルは非常に知性の高い魔獣である。軍団を指揮する魔獣であり、本能で将としての資質を持つ。
フューネラルは戦場全体を見渡して、軍団の穴を見つけては《交換》を繰り返して奇襲を行った。
それにより、勢いのあった獣国軍がいつ背後からくる奇襲を警戒して勢いが止まった。
「「ガウウウウウ」」
逆に劣勢であった魔熊達は勢いづいた。
「ガグウウウウウウ!! 」
雄叫びと共にフューネラルの背中にある三本の杭のような魔石が光る。
「なんだ! 魔石が光った」
ウーゴ迷宮の魔獣をほぼ討伐して、ドロップした魔石が光り輝く。
「「「「ガルルルルルウルルルル!!! 」」」」
新たに四百の魔熊が再構築され、フューネラルの軍団に加わった。
「馬鹿な! 魔熊が魔石から生成されただと! 」
ズーイ伯爵が混乱した。
「ガウガウガウガウ! 」
フューネラルは笑いながら再び魔熊で玉座を作った。余裕の表情で戦場を見渡した。
フューネラルの厄災級たる本領が発揮された。




