24 グルドニア王国歴史450年 稲妻
1
ウーゴ砦 戦場
「グルルルル、ギャン! 」
魔熊が喉元を斬られて絶命する。
「グムウ! 」
後方からの魔熊の爪牙がデニッシュを襲う。
「ぐうう」
デニッシュは肩当てで爪牙を受ける。
デニッシュは数メートル吹き飛ばされた。
「はぁ、はぁ、《強奪》」
「ガル……ゥ」
デニッシュは吹き飛ばされながらも、進行方向で待ち構えていた魔熊に《強奪》を発現した。今のデニッシュは数時間前と違い、無詠唱に近い形で《強奪》を発現出来るようになった。デニッシュは戦いの中で急激に進化していた。
ザシュ、ザシュ
デニッシュが着地と同時に沈黙した魔熊を切り伏せる。
戦闘が始まるなり、デニッシュは砦から離脱した。三百に近い魔熊を相手にするには高速戦闘をするために、囲まれないように動き回りながら各個撃破していくのが最善と思考したからである。
さらには、《魔力感知》が敏感になったデニッシュには、ガージャが生きていることを把握していた。そのために、戦場を平原に移したのである。
「はぁ、はぁ、ガリッ! 」
デニッシュが本日二度目の『体力回復飴』を嚙み砕く。
二度目の『体力回復飴』は一度目よりも効果は薄いが、持続的に一定時間デニッシュの体力を回復した。
デニッシュは手傷を負いながらも、すでに十体の魔熊を屠った。
フューネラルにより再生させられた魔熊は、能力値が大幅に上昇していた。ウーゴ迷宮の魔獣は平均で二十~三十階層クラスの魔獣の強さであった。しかし、魔熊はゆうに五十階層級の魔獣の強さである。
先の戦闘でデニッシュは一体に対して二~四割程度の力で十分であった。しかし、今は一体の魔熊を相手するのに五~七割程度の力を割かなくてはならない。
《強奪》を発現しても、同時に相手できるのは三体が限界である。
「ガウガウガウガウガウ! 」
フューネラルは座したまま、高みの見物で上機嫌に笑っている。
2
ドドドドドドドドド
ウーゴ迷宮の方角から再び砂煙が舞った。
魔獣大行進の第二波であった。
デニッシュは足を止めた。魔熊たちも、およそ五百の大軍を見て動きを止めた。
「……」
デニッシュに絶望が降りかかる。
「ガウガウガウガウ」
フューネラルが魔熊に指示を出して何かを持ってこさせた。
「ガハラァー! 」
フューネラルが絶望しているデニッシュに向かって吠える。
デニッシュが呆然とした死人のような顔でフューネラルを見る。
フューネラルの手には骸となった頭があった。ズタズタで誰のものかも分からない。
魔熊達は、さらに頭を持ってくる。
「ガハハハ、ガウ、ガウ」
ポーン、ポーン
フューネラルはその頭を玩具のようにして器用に宙に投げる。まるでお手玉でもしているかのようであった。
「「「ガハハハッ! 」」」
魔熊達が声を出して笑う。
それは、死者を冒涜する地獄のような光景であった。
何故ならその誰か分からない頭は、間違いなくデニッシュの騎士達だからである。
ブチン
その時、デニッシュの中で何かが壊れた。
「「「ギィ、ギィ、ギィ」」」
後ろからはウーゴ迷宮からの魔獣大行進が迫っていた。
狂った魔猿がデニッシュに飛びついた。
「五月蝿い」
デニッシュの影から大きな手が地面を侵食するかのように広がった。
「「ギィ、ギィ……」」
《強奪》が後方の魔獣達を包み込んだ。ウーゴ迷宮より湧き出た魔獣達五百は沈黙した。
「《生命置換》……大熊が、貴様は私が殺す! 何度も殺す! 骸になろうが殺す! 」
デニッシュは《強奪》奪った魔力を《生命置換》で巡剣に喰わせた。
ウキャキャキャキャキャ
大喰らいの巡剣は歓喜の声を上げる。
ドン
デニッシュの怒りと殺意が再び戦場を支配する。
「グムゥ」
魔熊達がただならぬ気を発している巡剣と、デニッシュの殺気に怯んだ。
デニッシュが魔熊の群れに向かって駆け出した。
「がああああああ! 」
デニッシュが『ウォルンの剣』と『巡剣』を振るう。
スパン、スパン
一振りで魔熊は切り伏せられた。
デニッシュは怒りによって周りが見えていない。実際に、デニッシュは《強奪》を全力で発現したために魔力欠乏症である。激しい頭痛と疲労感で通常ならば、立つことすらままならない。だが、デニッシュの怒りは痛みや身体の負荷を凌駕した。
果てのない怒りの業火は肉体に休むことを許さない。
「ガウガウガウガウガウ!」
戦場はフューネラルの高笑いがデニッシュの神経をさらに逆撫でする。
後先を考えずに、デニッシュは全力で剣を振った。
3
「はぁ、はぁ、がふぅ、はぁ、はぁ」
デニッシュに限界が近付いていた。
四方八方から、魔熊の爪牙や噛みつき、体当たりにより満身創痍だ。
デニッシュは感情のままに魔熊の群れに突っ込んだ。全力で振るった後先のない二刀流で、二十体近くの魔熊を屠ったがそこからは、勢いが削がれた。
バキン
「……くっ! 」
デニッシュの愛剣である『クーリッシュの剣』が折れた。
デニッシュはすぐに予備の剣を『四次元』から出そうとするが隙がない。
キャハハハハハハハ
デニッシュは腹いっぱいになった機嫌の良い巡剣でどうにか猛攻を凌ぐが、もはや時間の問題である。
残る魔獣は、魔熊二百六十体に、厄災級フューネラルが控えている。さらには、後方には一時的に動けなくなったウーゴ迷宮の魔獣大行進による五百体の魔獣もいる。死にぞこないのデニッシュとの戦力差は歴然であった。
(体が重い)
(ここが私の墓場か)
(結局、口だけで、皆を死なせてしまった)
(すべて、私が無能なせいだ)
(次に生まれ変われたら……もう少し頭が良くなりたいな)
(……すまないな……ジュエル)
デニシュは諦めていたが体が最後まで生存本能のままに、魔熊達の爪牙を捌く。大陸覇者アートレイの血が眠ることを許してくれない。頭が熱を持ち意識も朦朧としていた。
すると不思議なことが起きた。
デニッシュの後方から魔熊による攻撃が薄れていった。
デニッシュは動き回りながら前後左右で魔熊の爪牙を捌いていたが、後方からの圧が明確に減っている。それでいて、デニッシュの動きを把握しているかのように動きを邪魔しない。デニッシュは傷つきながらも何処か安心感がデニッシュの背中を満たしていく。
「「「ガグウ! 」」」
それだけではなく、魔熊が数体絶命している。
(誰かがいる)
(私の後ろに)
ガキン
金属が砕けた音がした。
「あああ、上級の迷宮品の剣でも、全力では持たないですかね」
キャハハハハハハハ
聞き覚えのある声と笑い声が聞こえる。
キャハハハハハハハ
笑い声に呼応するかのほうに巡剣が上機嫌になる。
「《知覚》」
ピチャン
水面に落ちる静かな雫のような圧が戦場に波紋していく。
「元つ月」「気更月」「弥生」「卯の花月」「早苗月」「水の月」
デニッシュの視線の先は瞬く間に、宙を舞う魔熊の首が見える。
キーリの稲妻が始まった。
うーん、やっぱり長期連載でも人気ないなー(笑)