20 グルドニア王国歴史450年 フューネラル
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戦場から離れた小高い丘
「ククククッ、まさか、魔笛を一日に二度も吹くことになるとはねククク」
イタチが魔笛を取り出して笑う。
「何度見ても不気味な笛だゲコ。未だに素材が謎ゲコね」
魔笛は角笛であり、その存在感は中級悪魔ですら圧倒されるほどである。
「なんでも、オルフェノクの角が使われているらしいねクク」
「トロント迷宮主のオルフェノクかゲコ。そこは、確かアートレイ以来、ここ数百年は未踏破だったゲコね」
「神話の時代には何度か踏破されているがね。いずれにしても大迷宮だね」
「しかし、解せないゲコ。いくら、深層主のオルフェノクといえど魔獣大行進を起こせる効果があるゲコか」
「これは、確率論の問題だね。元々、使用者の願いを叶えるみたいなコンセプトらしいけど、さすがにそれは神々の領域だからね。魔笛の効果は不幸を呼び寄せるが、時々幸福をもたらすという酷く危なっかしいアーティファクトらしいですねクク。それに、どうやらこの角はだだのオルフェノクではないようですね」
イタチが撫でながら言う。
「オルフェノクの特別個体、瑞獣麒麟」
「馬鹿な! 神々の領域に達した馬帝フィーリアと同じ神獣だゲコ。いったい誰が……」
「機械人形と若き頃の魔界大帝様だよ。私も、詳しいことは分からないけどね。おっと、デニッシュ王子が善戦して魔獣の数が減っているね。早く吹こう……」
「待つゲコ! イタチ! 下がるゲコ移動」
キラリ
その刹那にカエルは殺気を感じた。
自身にではなく。
「何を! ぐあぁぁぁぁっぁ! 腕、腕があああああああ!」
イタチの右腕が魔笛と共に地面に落ち、鮮血が宙を舞う。
「ああ、首を狙ったのですが、少し殺気が漏れてしまいましたか、私もまだまだですね」
いつの間にカエルとイタチの背後に外套で顔を隠した剣士がいた。
「貴様! どこのどいつだゲコ! 我々を誰だと思っているゲコ! 」
カエルはすかさず杖を剣士に向けながらいう。
カエルが最大限の警戒をする。
中級悪魔であるカエルとイタチは地上では、上位の実力者である。その背後をギリギリまで気付かれずにイタチの腕を切り落とした。
さらには、首を狙ったということは殺しに躊躇いがないのだ。この行為だけで、話が通じないのは分かる。
「フロッグ大臣にクイーゼル長官ですよね。第一王子派で随分と乱暴なことをなさっているみたいで、あまりいいお噂は聞きませんがね」
剣士はあくまで所属は明かさなかった。
「この糞が! よくも私の腕を! 」
「待つゲコ! クイーゼル! 」
イタチが怒りに身を任せて魔力を開放する。すると、頭から二本の角が生えて両手からは鋭い爪が出てくる。
「角? 爪? 獣人? まさか、いや、これは、魔力に混じって魔素が……人外の、悪魔……」
「黙れ! 雑魚が! 獄炎」
イタチが無詠唱で《獄炎》を発現する。悪魔の姿となったイタチにとって魔術を無詠唱で発現するのは容易い。
剣士が上級の炎に包まれた。
「クイーゼル、情報を吐かせようとしたのに台無しゲコ」
「ふん、雑魚のくせに私の腕を斬るからだ」
「時間をかければ再生するだろうに、まあ、依り代には負担がかかるかね。確かに人種ごときが我々に盾突くのは面白くな……なっ!」
キャハハハハハハハ
「元つ月、木更月」
《獄炎》が不気味な笑い声とともに切り裂かれた。
返しの剣がイタチを襲う。
「馬鹿な! 獄炎」
「水球、水球、水球」
イタチが再度《獄炎》を発現し、カエルも追従するかのように《水球》を発現する。
キャハハハハハハハ、キャハハハハハハハ、ペッ
「ご馳走様です。あなた方の魔力はあまり美味しくはないようですね」
剣士が剣を振るう。そのたびに、魔術は切り裂かれ、魔力がまるで剣に喰われるように四散した。
イタチとカエルはその隙に距離と取る。
「魔術が喰われた!これは、絶剣か、その金髪、貴様、キーリライトニング・オリアだゲコね」
「オリア家の介入か、貴様、オリア家は第一王子派だぞ。どうやって、東の海から来たのだ」
イタチがキーリにいう。
「ああ、父上ならばそうでしょうね。危ない橋は渡らない方ですから。しかし、その前に妙ですね。会話から察するに意図的にウーゴ領地、いや、デニッシュ殿下とジュエル様ですかね。対抗勢力を排除するのは世の常ですが、魔獣大行進とは些か度が過ぎますね。詳しくは分かりませんが、角笛は相当のアーティファクトのようですね。破壊させてもらいますよ」
キーリは注意深く《魔力感知》をした。
始まりの迷宮を踏破してから、キーリの感覚は研ぎ澄まされていた。
角笛からは異様な魔力残滓を感じる。恐らく、世に出してはいい代物ではない。
「余計なことはさせないゲコ」
カエルも魔力を開放して悪魔の姿となる。
「フロッグ大臣、あなたも……グルドニア中央の闇は深そうですね」
キーリが皮肉を叩く。
「軽口を叩くのも今のうちだぞ! 小僧!」
イタチが複数の魔術を発現する。どれも、中級以上の魔術である。
「ゲコゲコ」
カエルも加勢する。
「知覚」
ピチャン
キーリは魔術によって感覚を研ぎ澄ます。
目の前には十を超える魔術が迫っていた。
キーリは最小限の動きで魔術を避けながら直撃しそうな魔術を斬り付けた。
通常は、魔術を斬るなどといった芸当は一流の剣士でも不可能に近い。だが、絶剣の特性もあるが、それ以上にキーリの技量もある。キーリであれば、その気になればナマクラであろうとも初級魔術程度ならばなんなく切り裂くであろう。
「今だゲコ! 」
カエルが口を開けて舌を伸ばす。伸縮自在な舌が地面に落ちていた魔笛を拾い上げた。
「しまった! 」
「よそ見とはいい身分だな! 」
すかさず、イタチが初級魔術を連射する。
キーリは『水皮のマント』を前面に纏い被弾覚悟でカエルに肉薄しようと接近するが……
ピィー
カエルによって災いの音が鳴り響いた。
「グルアアァァァァァ! 」
何処からか大地すら震えあがるような雄たけびが聞こえた。
「当たりだけゲコ! ビンゴ! 厄災級ゲコ! 」
「おおおお! この雄叫びは、鬼熊ヒューネラルかねククク」
余裕を取り戻したイタチが嬉しそうにいう。
フューネラル、古代語で葬儀といった亡くなった者を弔う儀式を意味している。奴に出会ったら最後、免れない「死」を意味した。
「ゲコゲコ」
「クククク」
カエルとイタチが嗤いながら《転移》で消えていった。
やはり、魔笛は不幸を呼んだ。