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閑話 東の風 エピローグ

エピローグ




1


「ガルルルル」


 ギグナスが血みどろになりながらキーリの剣を避ける。


 キーリが残った体力を振り絞り、『月の剣』十二月全ての型を舞いながら、繰り出した。ギグナスはすべての剣戟を避けることができずに四肢の腱を斬られたことにより、体勢を崩す。


 キーリにとって十分であった。


「《知覚》」


 キーリが感覚を最大限に研ぎ澄ます。


 ピチャン


 水面のような静かなプレッシャーが、十階層に広がった。


 「ガラアアアアア」


 動けなくなったギグナスが奥の手であるブレスを発現する。


 戦闘開始から既に三十分近く経過していたギグナスが残していた、とっておきである。


 予備動作のないブレスがキーリを襲う。


「十六夜」


 しかし、渾身のブレスもキーリの精神を揺らすことはできなかった。


 キャハハハハハハハ


 絶剣が笑う。


 その笑い声が反響するより先に……


 スパッ


 「ガウウウウゥ」


 渾身のブレスとギグナスの首が斬られた。


 キーリは自身の限界を超えた。




2


 ギィィィィィィ


 十階層主部屋の門が開いた。


 ギグナスは満足だったのだろう。骸となったその表情は穏やかであった。


 ギグナスは古狼の名に恥じぬ気高きものであった。


 しばらくしてギグナスは灰となった。どうやら、ギグナスは迷宮主である魔素生命体アノンの魔素からできた分身だったようだ。


 キーリは満身創痍であった。


 出血も多く、体も冷たい。


 闘志こそあるが、この体はもう持たないだろう。


(私もここまでか)


(だが、最後に納得のいく剣を振れた)


(騎士としては本望だな)


(最後に、親玉の顔くらい拝んでやるか)


 キーリは絶剣を杖代わりにして主部屋に入った。


3


 部屋は一寸先も見えないほどの暗闇だった。




 この部屋すべてが、空気、魔素そのものがアノンなのだろう。


 空気がキーリの肺から血管に入り、心臓によって全身に流れる。アノンがキーリの体に入っていく。


 キーリは、その場で寝ころんだ。


 魔素による影響以前に体は限界だった。


 ドクン、ドクン、ドクン


 心臓はまだ脈打った。そのたびに、アノンがキーリに話かけてきた。


 抽象的な表現だが、アノンとキーリは会話をした。いや、感情を分け合った。


 キーリに恐怖はなかった。アノンは恐怖は嫌いだった。


 アノンはキーリに始め怯えていたが、満身創痍で敵意がないキーリを気に入った。


 キーリはいつの間にか眠った。


4


 キーリは夢を見た。


 そこには、幼いキーリと母と父がいた。


 そして、いる筈にないアノンがキーリの姿をしていた。


 夢の中でアノンとキーリは双子のようだった。


 夢の世界は穏やかだった。父による剣の厳しい鍛錬もなかったし、何より母がキーリとアノンが仲良く遊ぶ姿を見て微笑んでいた。


 夢の中でキーリは幸せだった。


 幸せな感情がアノンにも流れていく。


 キーリが幸せなことでアノンも幸せだった。


 二人は花の冠を作った。男の子二人で作った冠は上手ではなかった。花の冠を母につけた。母は笑っていた。父も笑っていた。


 父はキーリとアノンの頭に手を置いた。


 キーリとアノンは嬉しかった。


 ビュウウウウ


 その時、東から風が吹いた。


 風上にはブロンドの髪をなびかせたフラワーが剣を持って立っていた。


 フラワーは嬉しそうにもどこか寂し気に、キーリたちを見ていた。


「行くのかい」


 アノンがキーリにいった。


「……ああ」


 いつの間にかキーリは少年から大人の姿になっていた。


「遊んでくれてありがとう。楽しかったよ」


「私も楽しかった」


 キーリとアノンの間に多くの言葉はいらなかった。


 母が、花の冠をキーリに渡した。


「母上には僕が新しいのを作ってあげるから大丈夫だよ」


「君は優しいな」


「ここでは兄弟だからね」


 アノンが笑った。


「よかったら、父上にも作ってあげてくれ。ああ見えて寂しいお方なんだ」


「分かっているなら。君が作ってあげるといい。あっちで父上にね。お迎えがきているから早く行ったほうがいいよ。あまり、女性を待たせるのは良くない」


 キーリは花の冠をもって歩を進めた。


 フラワーが驚いた顔で待っていた。


 キーリがフラワーの頭に花の冠をかけた。代わりにフラワーがキーリに剣を渡した。


 キャハハハ


 絶剣はいつものように笑った。


 キーリが最後に後ろを振り向いた。


「私も、淡い夢をみたものだ」


 キーリは夢から覚めた。




5


 目が覚めたキーリの横には、純度の高い特級魔石が置いてあった。


 結局、魔素生命体アノンはどのような魔獣だったのかはキーリ自身も分からなかったが、もし自分がアノンに対して敵意を持っていたら勝ちは無かっただろうと感じた。




 ウェンリーゼ領は大騒ぎだった。


 未踏破の迷宮が、わずか二日で攻略されたのだ。


 実際には、一日だがキーリは迷宮で一日眠っていたためである。


 しかも、それがフラワーの婚約者のキーリであれば尚更である。


 ウェンリーゼ領のあちらこちらでお祭り騒ぎである。


 ノンシュガー議長はキーリに指名依頼をした。


 キーリはノンシュガー議長に特級魔石を譲渡した。


「閣下のおかげで私は、限界を超えることができました。これで、デニッシュ殿下に顔向けもできます」


 ノンシュガー議長は、その特級魔石をそのままフラワーに贈った。


「遅くなりましたが、婚約祝いでございます。もちろん結婚式には呼んでいただけるのでしょうな」


「祝辞を御願いいたしますわ。ノンシュガー議長」


「それは、大変だ」


 祝辞は通常、寄り親が行うものである。フラワーはちゃかりノンシュガー議長に後ろ盾になってくださいといった。


 ノンシュガー議長もまんざらでもなさそうだった。


 フラワーにはノンシュガー議長も勝てなかった。




 キーリはその場で剣をフラワーに捧げた。


 騎士の誓いである。


 フラワーは『水皮のマント』をキーリに渡した。代々、東の姫巫女を守る騎士が着用する装備だそうだ。


 ノンシュガー議長と使節団、バルブ男爵が立会人となった。


 バルブ男爵は涙ぐんだ。




 キーリは一日だけ休んだ。


 帰還した日は、体がいうことを聞かなかったが翌日には嘘のように体が軽かった。


 出発の前夜、キーリは眼が冴えていた。キーリは、海まで歩いた。夜風が心地よかった。


 その時、キーリは大きな気配を感じた。


 ジャボォォーン


 海から大きな大きな海竜が顔を覗かせたのである。


「まさか、海王神シーランド? よりによってこのタイミングで……深き眠りから覚めたのか」


 キーリが剣を握ろうとしたが帯剣していないことに気づいた。


「ガララララララ」


 シーランドが叫んだ。シーランドがキーリに迫ってくる。


「ガラ! 」


 シーランドが怯んだ。


 この時、キーリは気付かなかったがシーランドはキーリから種類の異なった魔力波形に似た魔素を感じた。しかも、魔力換算で自身と同等の厄災級である。


 『あまり余計な事しないでね』


 シーランドに向かって魔素で警告が発せられる。


「ガラララ」


 シーランドはゆっくりと海へ帰っていった。


「なんだったんだ。今のは」


 キーリが呟いた。




 海は揺れる。


 水面が揺れる。


 月光がキーリを照らす。


 海面が鏡のように澄んでいた。


 海面に映る自身をキーリが見る。ふと、夢の中でいたアノンを思い出す。


「行ってくるよ」


 キーリが海面に映る自分に声をかける。


「行ってくるよ」


 海面に映るキーリも同じ言葉をかける。


 キーリは月を見ながら心地よい海風を感じていた。


 翌朝、キーリは転移門でズーイ伯爵領へ向かった。


 転移に必要な魔力はミクスメーレン共和国使節団が肩代わりしてくれたおかげで、万全の体調で出立ができた。




 魔獣大行進まで残り二日前の出来事であった。




 キーリライトニング・オリア、後にフラワーと結婚してキーリライトニング・ウェンリーゼとなる。


『大陸一の剣士』『金の稲妻』『双子の騎士』数々の異名を持つ天才といわれた剣士である。


 キーリとフラワーの間には、双子の男女が生まれた。


 女児しか生まれないウェンリーゼで生まれた初めての男児のだった。


 キーリは女児にはデニッシュに名づけをされた『エミリア』とした。


 男児には『ギーンライトニング』と名付けた。


「もう、キーリったら自分の子供にまでその名前つける」


「ダメかな」


「いいんじゃない。でも、デニッシュ泣いちゃうかもよ」


「やっぱりバレるかな」


「バレバレじゃないの」


 ギーンライトニング・ウェンリーゼ、キーリの主であるデニッシュ・グルドニアの二つ名である『銀の稲妻』より名付けた。


「おぎゃあ」「おぎゃあ」


「おはよう。エミリア、ギン」


 二人の物語はまたのいずれ何処かで。




 閑話 東の風 完

次回から本編に戻ります。

いつも、読んで頂きありがとうございます。

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