閑話 東の風 中編
1
ウェンリーゼ領 転移門 詰所
「いつも、夜遅くまでお疲れ様でございます。お夜食をお持ちしました」
「これは、マロン殿いつもかたじけない」
マロンが門番に夜食入りのバスケットを渡す。
「温かいスープに、パン、オッ! これは……」
門番が布に包んであった。蒸留酒に気づく。
マロンは「笑顔で内緒ですよ」とポーズした。
2
転移門はミクスメーレン共和国の技術で造られた大型魔導具である。
三メートル四方の門で、設置してある場所に《転移》が可能なのである。《転移》は失われた古代魔法であり、術者がいない途絶えた魔法である。
ただ、問題としては莫大な魔力を使用するコストがかかる。グルドニア王国では、緊急時に備えて、王都と東西南北の中心部に門を設置している。だが、技術の流失を防ぐためにミクスメーレン共和国から門番兼魔導技師を借り受けているのが現状である。
また、管理も徹底しており私的な理由での使用は不可、犯罪防止のために使用記録も事細かに王宮に報告の義務があった。
3
「どうなされたマロン殿? 浮かない顔をして」
「ああ、失礼いたしました。何もございません」
マロンが浮かない顔をする。
「私はしがない門番風情だが、良ければ相談に乗ろうではないか」
「そんな、下女風情がミクスメーレン共和国代表の方に相談など恐れ多い」
「なにをいうか、いつも世話になっているマロン殿の力になりたいだけだ」
門番が酒の勢いもあってマロンに話す。
マロンは平民であるが、妙齢のどこか気品がある知的な印象がある。控えめにいって美人の部類である。それでいて、どこか異性を引き付ける魅力があるのである。実際は、ダイヤモンド公爵家当主と平民の間で生まれた隠し子であり、ジュエルの姉にあたるので当たり前ではあるのだが……
「実を申しますと、フラワー様と……ジュエル様のことなのです」
「ぶっふ! ジュ! ジュエル様! ですと!」
門番が蒸留酒を吹いた。
「実は、フラワー様がジュエル様に向けた詩を御つくりになられたのです」
「なんと! それは、尊い! それは早く届けなければいかんな」
「ですが、その、詩の中に季語が入っているのです」
「なっ! 季語ですと」
現在は11月で秋から冬に移り変わる時期である。
「そうなのです。季語が入った詩は、四季折々で人の感情や感性に大いに刺激を与えます。季節を交えるからこそその方の心に響くのです。しかし、ジュエル様は現在、遠い西におられます。冒険者組合に依頼をしても届くのは最悪、春先に……」
マロンが涙ぐんだ。
「これは、一大事だ。今すぐに評議会に掛け合わなくては! 」
「しかし、こんな夜更けに、あああ」
パリン
門番は緊急時用の純度の高い魔石を使い捨てて転移門の中に消えていった。
「整いましたわ。ジュエル様」
マロンが遠い西の地ズーイ伯爵領にいるジュエル様に向かって尊い祈りを捧げた。
4
翌朝 ウェンリーゼ家
「朝早くに申し訳ない。私はミクスメーレン共和国使節団代表の兼評議会議長ノンシュガー、我々の恩人、聖女ジュエル様の件で訪問させて頂いた。先ぶれもなく訪問した無礼を許して欲しい」
翌日、朝早くよりウェンリーゼ家にミクスメーレン共和国の使節団がやってきた。
ウェンリーゼ家当主であるバルブ男爵は、事前にマロンからこうなるであろうことを聞かされていたが驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
使節団代表といっているが、議長とは共和国の代表である。いうなれば、国のトップが他国の田舎に貴族の家にいきなりお忍びできたのだ。
マロンは慣れた様子で、使節団をもてなす。
バルブ男爵は、ソワソワして落ち着きがない。
「ミクスメーレン共和国の皆さま、支度に手間取ってしまい申し訳ありません」
フラワー様が遅れてやってきた。
「おおおおお! こっ! これは! フラワー様、これはもしや、そのドレスは」
「はい、ジュエル様より頂いた聖女のドレスですわ。私のような田舎貴族の小娘には分不相応ですが」
フラワーは謙遜したが、皆は舌を巻いた。
ブロンドの髪にかかった深い青は神獣フェリーチェの羽から織られた生地である。フラワーの容姿も相まって、まるで天界の女神が間違って現世に舞い降りたようであった。
「おおおおお! 尊い、これはまさしく、聖女様が我々と共に御作りになられたドレスだ」
「まさか、またお目にかかれる日がくるとは」
「ありがたや、ありがたや」
「女神フラワー・ウェンリーゼ様は実在したのだ」
使節団の皆はフラワーに跪拝した。
ジュエルがフラワーのために造った『聖女のドレス』は様々な特殊素材を使用しており、当時ではミクスメーレン共和国の最高の職人を総動員して作り上げた国家の威信をかけたものであった。
フラワー自体も、領の外に出ることが少なかったためにお披露目する機会はほとんどなく、幻なのではないかと噂されたのである。
使節団の皆は感動のあまり泣いた。
5
「これは、これは、もしやマロン殿ではないか。久しいな」
「ノンシュガー議長、ご無沙汰しております。再びお会いできたことに、運命神に感謝を」
マロンが呆然としているバルブ男爵とフラワーの言葉を代弁するといい。議長と話しをした。
ミクスメーレン共和国使節団は今、ある意味では混乱状態だった。
マロンは追撃した。今回のフラワーの詩が慣れない辺境の雪深いズーイ伯爵領にいるジュエルにどれほどの力になり、獣国戦争に参加しなければならなかったジュエルの心を慰めることができるかと……
「それは、大変だ! すぐに手紙を、詩を聖女様の元にお届けしなければならん」
「しかし、お恥ずかしながら転移門につかう魔石が……」
「そんなもの、ここにいる近衛隊長と我々の魔力でどうにかなる」
「しかし、ジュエル様に会いに行くのに名分がないのです。転移門の使用は記録されてしまいますし」
「そんなもの、うちの特級技師を総動員すればどうとでもできる。記録の改ざん等、朝飯前だ」
とても国を代表するものの言葉ではない。
「しかし、名分がないのです」
「ならば、我々からもジュエル様に文を出そう。それを、冒険者組合を通しての正式な依頼としてよう。勿論、費用もこちらが負担する」
「でしたら、依頼にはキーリライトニング少佐が適任かと思われます」
「キーリライトニング……大陸一の剣士といわれたキーリライトニングか」
コンコン
部屋をノックする音が聞こえる。
「失礼いたします。キーリライトニング少佐、参上致しました」
キーリが交渉の場に顔を出す。
「そなたがキーリライトニング少佐か」
「はっ! キーリライトニングがノンシュガー議長に拝謁いたします」
「そうか、君が……」
ノンシュガー議長がキーリを頭からつま先まで見る。
「議長、キーリ少佐はこう見えて、いくつかの迷宮踏破者でして、学生時代はデニッシュ殿下の従者をしておりました。ジュエル様とも面識がございます」
マロンがキーリの経歴を補足する。
「ああ、知っておる。学園の卒業パーティーで見たからな。確かに相当の実力者のようだな。だが、キーリ少佐一つ聞いてもいいか」
「はっ!」
「失礼だが、君は学園を卒業してからどれくらい成長した。人となりは別にして、君から感じられるものは五年前と全く同じだ。あの時は、偉才の空気を纏った青年は初めて見た。だが、今の君からはあの時のような驚きを感じない」
ノンシュガー議長の一言で、潮の流れが変わった。




