18 グルドニア王国歴史450年 目覚め
更新遅くなり申し訳ありません。
デニッシュが目覚めました。
1
デニッシュがゆっくりと立ち上がる。
視界は先まで血の涙により、真っ赤であった。
血の涙は止まり、周りを見渡す。
骸となったウーゴ男爵は仁王立ちしたまま、デニッシュを守ってた。
デニッシュはウーゴ男爵に声をかける言葉が見つからなかった。
デニッシュはウーゴ男爵の瞼を優しく下ろした。
ガージャはボロ雑巾のように横たわっていて生死不明である。
「ボキン、バキン」
所々で魔獣達が騎士達の骸を貪っていた。
「ギャン、ギャン」
「ガルル」
「ギィ、ギィ」
魔獣達は餌を取り合って争っている始末である。
もはや、原形をなさない骸はただの肉塊であった。
無惨だ。ここは地獄であろうか。
《魔力感知》によってだいたいの事態を把握していたデニッシュであったが、実際に目にした光景にデニッシュは膝が崩れそうであった。
だが、デニッシュは震える膝を踏ん張る。
自身が始めたことだ。
そして、自身を呪った。
怒りが紅蓮のように己を焼いていく。
自身の無能に……
デニッシュはゆっくりと『クーリッシュの剣』を抜いた。
2
デニッシュ・グルドニアは世間的には一流の冒険者である。
大陸一といわれた金級冒険者の『白日』はデニッシュをこのように評価していた。
剣技は凡人、身のこなしはまあまあ、智力はアホ、膂力はそこそこ、これといった光るものは何もない。
しかし、『白日』はデニッシュとの一騎討ちに敗北した。
あとになって『白日』はデニッシュをこのように評価していた。
体力と諦めの悪さは超一流だと。
もう二度と闘いたくないといった。
3
スパン、スパン、スパン
デニッシュが剣を振るう。
ウーゴ男爵の気に当てられて動きを止めていた魔獣達の首が跳ぶ。
「オオオオオ! 」
魔獣達はまだ戦闘態勢になっていなかった。
デニッシュの左から、魔牛が突進してくる。
デニッシュの右からは、魔虎が口を開け迫る。
デニッシュは魔牛の突進を避けながら腹部を斬りつける。その隙をついたか、魔虎の牙がデニッシュの肩を襲う。
「アガ……ガガ」
だが、虎の牙はデニッシュに食い込むことはなかった。
スパン
その刹那に魔虎の首が跳ぶ。
だが、魔虎に一瞬動きを止められたデニッシュに四方八方から魔獣が襲いかかった。
通常であれば、高速戦闘が得意なデニッシュであるが、密集地帯ではスペースがない。
デニッシュが数十の魔獣に押し潰されるように押さえ付けられる。
「あああああ! 」
ミシミシミシミシ
「アガ……ガガ…ガガ」
圧死してしまったかと思われたデニッシュが魔獣達を払いのける。
今のデニッシュはおよそ人種の身体能力の基準を遥かに上回っていた。
一つはデニッシュの装備であった。
デニッシュが着ている『バルドランドの皮鎧』は、遥か昔に世界を火の海にしたといわれる暴炎竜バルドランドの素材でできた皮鎧である。
厄災の化け物からできた皮鎧は、物理耐性、魔法耐性ともに非常に高く、大型魔獣ですら傷一つつけることは出来なかった。
デニッシュは十数体の魔獣を払いのけながら、剣を振るう。
シュパ、シュパ、シュパ、シュパ
刹那の間にデニッシュの神速の剣が数度振られる。
「ギィ……ギィ」
魔獣は地面に接する前に斬られた。
今日のデニッシュは異常であった。
本人ですら気付いていなかったが、これまでにない膂力と速さと身のこなしで魔獣を圧倒していた。
「うおぉぉぉぉ! 」
「ガルルゥ! 」
「グモウォー! 」
「ギィギィギィギィ! 」
既に、戦闘が開始されて十分以上経過している。
デニッシュは休みなく魔獣を斬り続ける。
既に魔獣は、百六十体が百二十体となっていた。
バルドランドの皮鎧は、魔獣の血で真っ赤に染まり、デニッシュ自身も多少なり傷を負った。
しかし、一向に体力は減るどころが、剣を振るう様は、さらに激しくなっていた。
通常、戦場で全力で動けばどんな騎士でも、五分で息があがるだろう。
だが、デニッシュは止まらない。
これは、死んだ魔獣達の『存在の力』が関係する。
通常、迷宮であれば魔獣を倒すことによって大なり小なり魔獣の『存在の力』が戦闘に参加した対象に流れてくる。
ウーゴ砦は今や、濃くなりすぎた魔力粒子のせいで迷宮に近い環境になっていた。
さらには、四百近い魔獣の『存在の力』は通常であれば、戦闘が終了した時点でデニッシュの騎士達に流れるはずだった。
しかし、現在、デニッシュ以外には辛うじて息をしているガージャしかいない。
まだ、魔獣大行進は終わっていない。
まだ『存在の力』はデニッシュに流れるはずはなかったが、これはウーゴ男爵の働きが大きい。
ウーゴ男爵が最後に決死の戦闘により、恐怖した魔獣達は動けなかった。
これにより、世界の理か神々は戦闘が終了したと解釈したのだろう。
開戦時に大量の魔獣を魔力欠乏症にしたデニッシュに大量の『存在の力』が流れたのだ。
《強奪》による強制的な潜在魔力の解放。
数百の魔獣による『存在の力』が流れたことによる基礎的な身体能力の向上。
そして、底知れぬ地獄の業火すら生ぬるい怒り。
デニッシュは別人となっていた。
デニッシュの騎士達の時間稼ぎは、皮肉なことに彼らが死んだことでより主君であるデニッシュを飛躍的に成長させた。
スパン、スパン、スパン、スパン、スパン
「はあ、はあ、はあ、はあ、オオオオ!」
騎士として騎士であれ
何故か神々には、その言葉が美しくも、酷く残酷なものに聞こえた。
魔獣大行進、残り九十体。