16 グルドニア王国歴史450年 デニッシュの騎士 肆
1
騎士たちは善戦した。
本来、一兵卒にも満たない農民たちであったが心は騎士であった。
人種の基準では騎士一人に対して、魔獣一体と同等の戦力とされている。
ただ、魔獣は本来群れることはほぼなく、騎士たちは多対一を想定した集団戦を基本としているため軍としての練度は高いが、個々の戦闘能力では魔獣に及ばない。
魔獣三百五十に対してウーゴ砦はウーゴ男爵指揮の下、騎士六名であり、最大戦力と思われたデニッシュは現在戦闘不能であった。
「ガウウウウゥ! 」
魔獣たちは瓦礫で足場の悪いことも関係なしに迫ってくる。
「「「おう! 」」」
騎士達が体勢を屈めて盾を構える。
ドッシーン
魔獣たちが体当たりしてくるが物理耐性の高い『二極鳥の盾』にはじかれた。
襲い掛かってくる魔獣たちは、ウーゴ迷宮二十階層と小規模の迷宮であるが、大型魔獣が多く攻略には中規模迷宮レベルの難易度とされている。
しかし、この『二極鳥の盾』はパンドラ迷宮四十九階層のドロップ品ゆえに、そもそもが装備としての格が違うのだ。それゆえに、戦闘の素人でもそれなりに戦線を維持することができる。
「おらぁ! くたばりやがれ! 」
騎士たちは、倒れた魔獣を『二極鳥の槍』で突き刺していく。
このように、装備品便りの戦闘であった。
「ぐぅぅぅ、がはっ!」
「ビット! 大丈夫か堪えろ」
だが、いくら装備が特級品であっても、扱うのは生身の人種である。
次から次に押し寄せてくる魔獣の波に、体力も精神力も限界であった。
「くそ! 多勢に無勢もいいところではないか! 」
ウーゴ男爵は加勢に行きたかったが、デニッシュの側を離れることができなかったことと、さらには沈黙している北側の魔獣達も警戒に神経を割いていた。
ウーゴ男爵はこの時分からなかったが、北側には大型魔獣およそ三十体の別動隊がいた。狡猾な魔狐率いる魔熊、魔鹿、魔蜥蜴が様子を伺いながら潜んでいたのだ。
だが、魔獣たちは計算外の厄災食い破られた。
獣化変化した『牙帝ガージャ』である。
「待たせたな! 獣ども、楽しく遊ぼうぜ! ガルルルル! 」
ガージャは暴れた。
死力のすべてを使い果たした。
ガージャの爪牙は一振りで魔鹿の喉元を切り裂き肉塊に変えた。
その膂力は魔熊を投げ捨て柔らかい腸を食い破り、魔蜥蜴はなすすべもなく踏みつぶされた。魔狐は四本ある尻尾から《火球》を三発同時に放った。ガージャは被弾した。しかし、ガージャは止まらない。
最後の四発目は時間差で中級魔術《火炎》を打ち込んだ。ガージャは炎に包まれた。
魔狐はニヤリと嗤った瞬間に、炎から伸びてきた手に頭を掴まれた。
「随分、小賢しい真似してくれんじゃねーか、こいつはお礼だ」
ぐしゃり
魔狐の首から上が無くなった。
ガージャは手負いになりながらも単騎で三十近い大型魔獣を殲滅した。
「ワォーン! 」
熱の冷めないガージャが勝鬨を上げた。
2
「ワォーン! 」
北側からの勝鬨をあげる獣人の雄叫びがウーゴ男爵の耳に入った。ウーゴ男爵は幾多の戦から、狼獣人特有の勝鬨の雄たけびを経験から知っていた。
「ふん! 犬っころが余計なことをしおってからに……デニッシュ様、後顧の憂いは晴れました。ウーゴ・アワ、生涯最後の出陣を飾らせてもらいます。御傍を離れることをどうぞお許しください」
ウーゴ男爵はグルドニア貴族である。当主として己の魂といわれる剣はすでに、王陛下に捧げている。しかし、ウーゴ男爵は最後に剣を地面に刺してデニッシュに捧げた。
この行為はある意味ではグルドニア国王に対する背信行為であった。また、主君を変えることは騎士の恥でもある。
しかし、ウーゴ男爵はデニッシュに神々に感謝したのだ。
隠居して、孫に囲まれる余生を過ごすつもりだった初老に、最後に『騎士として騎士であれ』人生の最後を武人として幕引きができる名誉を与えてくれたことを……
武神はウーゴ男爵のこの行為を見なかったことにした。
ウーゴ男爵の加勢で、騎士たちの気力は多少戻った。
すでに、皆は槍を構える気力も衰えていたがなんとか盾でデニッシュを守ろうとした。六人は身を寄せ合い盾を構えて岩のようになった。ウーゴ男爵が、姿勢の崩れた魔獣を両断していったが、足の悪いウーゴ男爵では機動力がなく十分な援護はできなかった。
「ワォーン! 」
後方よりガージャが壁をよじ登ってやってきた。
ガージャはすでに先の戦闘で、片手片足を負傷して全身に大火傷を負っていた。見た目以上に満身創痍であったが、奮闘している騎士達を見て心躍った。
「はっはっはっはっは! 最高にイカしてるじゃねーか! 戦士たちよ! 俺も混ぜろや! 」
「「「……遅いんだよ! 」」」
状況はほぼ変わらないが、獣人と人種の敵同士だった者たちのそのやり取りはまるで、昔からの友のようであった。
ガージャが加わったことで多少なり戦線に厚みができた。
八人で総勢百体近い魔獣を屠ることができた。
魔獣大行進残り二百体。ウーゴ砦残り九人
3
「がはっ!」
最初に魔獣の贄となったのは気弱なビットだった。元々体が小さなビットは白兵戦には向かなかった。彼をもう気弱というものは後世にいないであろう大健闘である。
続いてやせ型のバドが崩れた。彼は身のこなしが軽いがウリであったが、デニッシュを守るためにただの壁となった。
本来であれば、ビットとバドは狩人として弓矢などを使うのがよかったのかもしれないが、デニッシュから下賜された装備を使えて悔いはなかった。
皆は、魔獣の波に耐えるのが精一杯で声をかける暇もなかった。
のんびり屋のシーと俊足のスーホは最後にボアを守った。
村一番の美人だったボアの妻を、幼いころより好いていたことを胸の内に秘めたまま二人は逝った。二人とも魔獣の餌のなりながらも、どこか満足そうだった。
美の女神がその心の美しさに泣いた。
残った騎士はガイタとボアの二人だ。
ガイタとボアは目を合わせて頷いた。
気力体力ともにもうほとんど残っていない。
最後に二人は盾を捨て『二極鳥の槍』を持ち、魔獣の波に自ら進んで飲まれていった。
騎士という名に恥じない最後であった。
「ウーゴの子らよ! 見事なりー!」
ウーゴ男爵とガージャが戦いながら騎士たちの最後を見届けた。
ウーゴ砦残り三人。デニッシュの騎士、伝令のマウを残して死亡。
今日も読んでいただきありがとうございました。