3 グルドニア王国歴 450年 大陸覇者の血
二話で終わらない。
三話でも終わらない。
1
魔獣大行進に飲まれた獣人達
「ガハッ」
副官である白猫獣人ハクが手傷を負う。
「ハク! 大丈夫か! 」
牙帝ガージャがハクを援護する。
「申し訳ありません。ガージャ様、既に半数は戦闘不能です。せめて最後は戦士としての誇りを賭けてこやつらを道ずれにします」
ハクの目は座っていた。
「ああん! 」
ガージャが辺りを見渡す。
偵察として脚が早く、悪路でも移動可能な狼獣人、猫虎獣人で構成された精鋭であるが、混戦で隙間がないために本来の高速戦闘が発揮されない。
ガージャは今回、敵地の森に潜り、後方のウーゴ砦にやってくるために多少なり無茶な進軍をした部隊は既に体力も尽きかけていた。
本来であれば、ウーゴ砦を目視で確認した後には疲れを癒すために狩りをして一晩休む予定であったのだ。
敵地で痕跡と気配を消しながらの行軍に獣人達はかなり神経を使った。
そこでの魔獣大行進である。
だが、流石は歴戦の戦士達であった。
撤退のタイミングを逃したと分かるや否や、彼らは逃げようとはせずに腹を括った。
一匹でも多く獲物を狩って、獣神様に捧げる。
獣人達の規律は至極単純である。力が全てであり、力が正義である。
そして、誇りを何よりも重視する種族だ。
彼らは獣神を敬っており、常に大いなる力の神は我々の行いを見て下っている。獣神様に恥じるような真似はするなといった思想をもっている。
「ギャナナナナ、スミマセン、ガージャ様三匹しか狩れませんでした。俺の武は獣神様に届いたでしょうか、ガハッ」
「ええい! しっかりせんか! せめて五匹は道連れにしろ! 糞が、同数ならば五分もあれば蹴りがつくのに」
「これが獣神様が我々に与えた試練なのでしょう。大いなる大地でお待ちしております」
一人、また一人と獣人達はその数を減らしていった。
しかし、只ではやられない必ず魔獣の数を減らして逝く。
『手負いの虎は手が浸けられない』という古代語があるが、後のないものは怖い。
(くそっ! こいつは、完全に諦めて自分に酔ってやがる)
(だが、この数は四百はいる、いや、また増えてやがる)
(何とかして、後方に伝令だけでも送らねぇと)
牙帝ガージャは思考した。
狼獣人であるガージャは本来、頭を使うタイプではなかった。
どちらかといえば絵に描いたような直情型の獣人であった。好きなときに好きなだけ暴れる手が浸けられない荒くれ者であった。
しかし、そんなガージャが弟である獣王ガルルの軍門に下ってからは、変わった。
常に自分を殺して意かにして、獣国の利益になるかを利を取るような男になったのだ。
戦場では部隊の二~三割が負傷すれば通常戦闘が行えずに撤退しなければならない。
それ以下になれば、撤退の際に殿すら勤められなくなり全滅する確率が高いことをガージャは経験から知っていた。
(部隊は既に半壊、地獄の道じゃねぇか)
「ギィギィ」
「ギャッ! ギャ! 」
一刻、一刻と、仲間達が魔獣にやられていく。
「もういい、皆殺しだ」
ガージャは限界だった。
ここでガージャまでキレれば部隊が全滅することは分かっていた。
しかし、心では自分を慕っている仲間達が殺されては、餌にされているのだ。
いずれは自分が餌となるのはそう遠く未来だ。
だが、ガージャを含めた獣人達に恐怖はない。
むしろ、怒りが限界まで達し自身の命など二の次である。
「獣化変……」
ガージャが《獣化変化》し自身の野生を解放しようとした時に……
ドンッ
その場の生物の足が震えた。
凄まじい殺気が戦場を貫くように、自身が上位の存在に見られているような恐怖を感じた。
「四極」
四季の終わりを告げる十二月の剣をデニッシュが振るった。
デニッシュから振られた剣閃は四つの風の刃が魔獣の肉壁に穴を空けるかのように、道を作る。
「なっ! 誰だ! 味方の増援? ヒノエか、ヒノトか」
ガージャが振り返る。
それは味方の増援ではなく、ウーゴ砦からの攻撃であった。
これは、間違いなくグルドニアによるものだ。その攻撃は敵である獣人達を援護するかのようであった。
「ジュエル! 今のうちに魔獣避けの香を! 」
「了解しました! 殿下! 風向き良し、ハンチング」
ジュエルは上空に向かって、自身作の魔獣避けの香が入った袋を投げた。
「正射必中」
ハンチングが光の矢で袋を貫く。
香が風に乗り戦場を包む。
「ギャ! 」
「ギィ! 」
「グィ! 」
魔獣達は、興奮状態であったが鼻腔から嗅ぎとられた不快な臭いに怯む。
「今だ! お前達! 砦に入れ! 」
デニッシュが獣人達に叫ぶ。
「なっ! 何を馬鹿な」
ガージャが反射的に言葉を叫ぶ。
「そうだ! これは罠だ! 」
「皆、卑しい人種に騙されるな」
「奴らは、我々を家畜のように扱い、売られるぞ」
「我々、獣神様にそんなお恥ずかしい姿を晒すわけにはいかん! 」
獣人達は絶対絶命であったが、戦士としてのプライドがそれを許さない。
「何をしている! 魔獣が怯んでいる今しかないぞ」
デニッシュが叫ぶが、獣人達には届かない。
「獣人の皆様! これを御覧ください! 」
ジュエルが手にたてがみを持ってブンブンとふる。
「なんだ! あの小娘は、いや、待てよ! この覇気は」
「なんだ! あのあれは、髪の毛? いや、まさかあれは」
「獣王のたてがみだ! 」
『獣王のたてがみ』とは、獣王からの親愛の証であり。もし、このたてがみの所有者に何かあれば、事情を顧みずに獣王みずからそのものを八つ裂きにするという守護と宣誓の証だ。
なかでも、現獣王のガルルは『牙の魂』と呼ばれ、嘘かまことか一人で数百からなる魔獣大行進を退けた。獣王の中の獣王である。
ジュエルは学生時代に縁あって、間接的にあるが敵国獣王の息子を助けた経緯がある。
古代語で【敵に塩を送る】なる言葉があるが、この行為は獣王の心を強く打った。
冒険者組合を介してであるがこの一件で、獣国では『聖女ジュエル』を一目置く存在となっていた。
「聖女ジュエルだ! 皆! これぞ! 獣神様の導きである! 皆、砦へ! 」
ガージャが号令を出した。
2
「ふう、うまく行きましたわ」
「ジュエル、お前、そんなものを持っていたのだな」
「ああ、これ獣臭くて、《異空間》に死蔵していたのですが、まさかこんな役立つ日がくるとは」
「お前、それ、獣人達からしたら、神器みたいなもんだぞ」
「殿下、入ります。獣臭いですけど」
「……いらない」
「ですよね。私もオババ様のホクトの犬の臭いは何時間でも吸ってられるのですけど」
「……犬の臭いっていいよな」
「話が分かりますね。それより、いいのですが獣人の皆様を引き入れて、揉めますわよ」
「私が引き入れなかったらお前が戦場に飛び出していただろう」
「あら、流石。殿下、未来の旦那様は良く分かっていますわね」
「……香はどのくらい持つ」
「持って二時間といったところですわ。ただ、その二時間で東側にも魔獣が、退路は塞がれますでしょうけど」
「絶望の中で希望を探せか」
「何かの古代語ですか」
「いや、今、作った」
「国語が苦手な殿下に文才があっただなんて」
「馬鹿にするなよ。将来の王様だぞ」
「今回も、どうにかして下さるのですか未来の王様」
ジュエルがデニッシュを見つめる。
死を覚悟したことは一度や二度ではない。そのたびに、デニッシュは毎回強くなる。
おおよそ想像できない力を開花させて、強敵を、苦難を、無理を食い破る銀髪の獣、まさに銀狼であった。味方であるジュエルですらたまに恐ろしくなる。
あの普段は、温和で優しい頼りになりそうで、のほほんとしている国語の弱いデニッシュが、あの深紅の瞳が、大迷宮の主よりも恐ろしい獣となるのだ。
理不尽に笑う剣を振りまわして、大陸に血の雨を降らせるその様はまさに、伝説の竜殺しアートレイ・グルドニアそのものであった。
「さあな。ただの、補給依頼だったんだがな……しかし、ここが魔獣に抜かれれば、民達に被害がでる。冬も近い、これ以上、国を飢えさせるわけにはいかない。ジュエル、悪いが最後まで付き合ってもらうぞ」
「……仰せのままに」
「まずは、皆を本当の戦士に、騎士にする」
「ここには、ほとんど怪我人と平民しかおりませんが」
「騎士として騎士であれだ」
「ズルイお方ですね。殿下にそのようなことを言われては、これ以上の誉れはないでしょうに」
「私の力ではない。私の生まれだ、アートレイの血がなせることだ」
「それも含めての殿下ですわ」
ジュエルが震えるデニッシュの手を握った。
「怖いな、私は、これから私がやろうとしていることは、綺麗事を並べて皆に死んでこいというのだ」
「絶望の中で希望を探すのでしょう。私達の希望は殿下です。何処までもお付き合い致しますわ」
「ジュエル、お前は強いな」
「精一杯の強がりですわ」
デニッシュの震えが止まった。
「殿下ー! 殿下! 今、獣人達が、部下に見張らせておりますが、あっ、いや、これは失礼」
ウーゴ男爵がデニッシュを呼びにきた。
「いや、ちょうど良かった。行こう」
「おとも致します」
「……ジュエル、聖女のお前がいうとよりよく聞こえるな」
「おとも致しますがですか? 」
「違うさ、絶望の中でも希望を探せだ」
デニッシュが精一杯の笑顔をジュエルに見せた。
『獣王のたてがみ』は別作品でジュエルが学園時代に貰っています。