1 グルドニア王国歴史 450年 剣王デニッシュ・グルドニア
アーモンドの祖父デニッシュのお話です。
舞台は、獣国戦争で西のズーイ伯爵領です。
序章
査問会当日
「うーん、ムニャムニャ……ラザアさま……ドレスができましたわ……ムニャムニャ」
「クルルルルゥゥゥ」
フェリーチェが熟睡しているジュエルを起こそうとするが、まるで起きる気配がない。
ジュエルは、ミクスメーレン共和国に来てから、ほぼ不眠不休でドレス作成に尽力した。
学生時代のように、自身に《回復》を発現しながら自家製の増強薬で無理矢理身体を酷使した。
いや、ジュエルにとっては推しであるラザアのために、使う時間は極上の至福の時間である。
ただし、流石に老体には堪えたのだろう。
査問会の朝になったが、ジュエルは一向に起きない。
「あああん、うん? デニッシュ……陛下? ……ムニャムニャ」
ジュエルが寝言で夫であるデニッシュの名を呼んだ。
「クルルルルゥゥゥ」
フェリーチェは思考した。
王都奪還の時に崩御したデニッシュ・グルドニア、かつて『賢王』、『双子の騎士』、『銀狼』と様々な二つ名と逸話のある王であり、アートレイの再来といわれた。
グルドニアの長い歴史の中でも、王の中の王であると近隣諸国にいわしめた傑物である。
そして、ジュエルの数少ない理解者であった。
フェリーチェは、起こすのを止めた。
こうなった時のジュエルの夢は深い。
そして、デニッシュの夢を見る時はジュエルには、何かしらの転機がある。
「クルル」
フェリーチェは、夢の中のデニッシュにジュエルを「よろしく」と優しく鳴いた。
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グルドニア王国歴史 450年 (五十数年前)
デニッシュ・グルドニア 二十歳
西のズーイ伯爵領 ウーゴ砦
デニッシュ達のパーティー『銀狼』は獣国と隣接するズーイ伯爵領にいた。
獣国との戦争は、三年間の休戦を経てから再開された。
両国はこの三年間で近隣諸国には、和解すると宣言しながらも互いに合意には至らずに、外交というポーズだけはみせて他国を牽制しながら国力の回復に努めた。
戦争が再開して一年が経過した。
小競り合い程度であった戦争もいつしか、激化するようになった。
その要因の一つとして、獣国が獣王の側近とも言える十二人の『帝』を冠する英雄達を前線に送り込むようになったのである。
特に獣王の兄である『牙帝ガージャ』、獣王の息子『氷帝ヒノエ』、『炎帝ヒノト』、『水帝ゼオ』は次代の獣王候補で三獣士等と言われている。
獣国連合と国境を接する西のズーイ伯爵領は、西部貴族をまとめる筆頭貴族である。
グルドニア王国西部は豪雪地帯である。
男達は荒々しい気性であるが情に熱く、女達は忍耐強く懐が深い。
何より騎士達は地域柄、独自の心構えを持っている。
西部貴族の合言葉にこのような古代語がある。
「騎士として騎士であれ」
2
「ウーゴ迷宮で、魔獣大行進だと! 」
デニッシュは、砦より魔獣大行進で飲み込まれそうになっている獣人達を見る。
魔獣大行進の群れは、魔牛を中心に魔猿、魔猪、魔馬、おまけに魔虎までいる。 目視だけでおよそ三百~四百匹はいるであろう。
「なっ……! 撤退だぁぁぁ! 」
百人の精鋭部隊を指揮する牙帝ガージャであったが、突然のアクシデントに一瞬判断が遅れた。
獣人達は、判断が遅れたせいか撤退が間に合わない。
ウーゴ砦は、獣国連合とズーイ伯爵領の境から、後方に位置する砦で湯治場として有名ではあったが、軍事的な価値はほぼ無かった。
そのために、砦としては高さも四メートル程度と、簡素な造りである。
しかし、昨今では事情が変わった。
西のズーイ伯爵領は、グルドニアが誇る農業地帯で朝晩の寒暖差、冬は豪雪地帯であるが雪の下で一冬を越えた根菜類は、甘露な味わい深さを持つ作物として人気であった。
食糧生産においては、王都中央も頭が上がらない領である。
だが、戦争が再開されたことにより作物の生産は滞った。
領内での戦火では軽微であったが、本当の脅威は野良魔獣であった。
基本的に魔獣一匹の強さは、一般的な騎士三人分と言われている。
もちろん一対一でも戦えないことはないが、それなりの傷を負うであろう。
通常は、領内の田畑を荒らす魔獣討伐に、貴族の私兵が巡回を行い討伐していたが、今は前線に出ている。
農村では自警団を立ち上げたが、農民達では人的被害が大きく、せいぜいが狩人の罠に期待する程度の話だった。
それにより、農村地域では平民の人的被害により、食糧生産が大きく低下した。
かといって、敵国が黙るわけでもない。
前線への兵士達への兵糧は軍の士気に大いに直結するのだ。
そこで冒険者組合に白羽の矢が立った。
組合としては、高位の冒険者達をズーイ伯爵領の魔獣討伐に長期間の募集をかけた。
半分、王命みたいなものだったので冒険者達はズーイ伯爵領で活動している。
そこには、デニッシュ達のパーティー『銀狼』も参加した。
デニッシュ達のパーティーは、リーダーの剣士デニッシュ、回復役の聖女ジュエル、弓使い兼回復役の薬神ハンチング、お目付け役であるタンク第三騎士団長ジョルジの四人である。
かつては、デニッシュの従者であり、ライバルでもあった天才剣士キーリライトニング・オリアもいたが現在は、東の海ウェンリーゼの海軍にいる。
『銀狼』は冒険者組合から、食料の調達運搬の依頼を受けた。
つまりは、現地で食料を調達して、ウーゴ砦に補給するという依頼であった。
一見、無茶苦茶な依頼であったが、キーとなるのが聖女ジュエルの存在であった。
ジュエルは《異空間》を発現することができ、空間も同時に三つまで発現することができる。
つまりは、一人で荷馬車数十台分の荷を収納することができるのだ。
そして、ズーイ伯爵領には未踏破の中規模迷宮、ダイアン迷宮がある。
ダイアン迷宮は、基本的に魔牛しか出てこない迷宮である。しかも、素材型の迷宮のために肉が手に入るのだ。
一昔前までは、魔獣の肉など平民の食べ物と蔑まれていたが、素材型の迷宮に限っては深層に行くほどに、肉が旨いのだ。
今や、迷宮魔獣の肉は貴族はもちろん、王族でさえ食するようになった。
『銀狼』は元々、いくつもの大迷宮を踏破した実績もあり、適役であった。
逆にいえば『銀狼』以外にこの役割を担えるパーティーはいなかったのだ。
既にウーゴ砦には、幾度かの肉の運搬を済ませていた。
その代わりに、『銀狼』は最前線には行かなかった。
武人気質の西部貴族は、中央からの過度の介入を嫌った。
これは、戦後の報奨等での駆け引きも含めてだが……何より西部騎士達は中央にも引けをとらない猛者達の集まりであった。
中央としても、国民に対して建前として参戦せざるを得ない中で、貴族序列一位のダイヤモンド家出身のジュエル、護衛として第二王子デニッシュがどういった形であれ戦争に参加した実績が大事であったのだ。
3
しかし、獣国連合もバカではない。
前線で戦っているグルドニア兵士の士気が全く落ちないのである。
どの箇所でも常に戦線が安定感している。
鳥獣人の斥候によると、どうやら負傷兵は後方のウーゴ砦に集められ手厚い治療を受けたあとに、補給物資の搬送を兼ねて戦線に復帰するのだ。
これは、《回復》持ちがいればさして別に珍しいことではない。
驚くべきはその回転率である。負傷兵が戦線復帰するには半月~一月かそれ以上はかかる。
しかし、ウーゴ砦で治療を受けたものは一週間程度で、戦線に復帰してくるのだ。
獣王の兄であり総指揮官である『牙帝ガージャ』はこの異様な報告を一笑した。
だが、ガージャの勘が告げていた。
ウーゴ砦には何かがあると。
グルドニア兵士の士気を回復させることが出来る何かが……
金か、女か、軍神の類いか……
ガージャは百の脚に自身のある獣人を引き連れて、ウーゴ砦を偵察に来ていた。
ガージャがウーゴ砦に入った瞬間に、地響きと共に魔獣大行進が発生した。
ピィー
何処かで魔笛の音が聴こえた。
査問会本編に上手くつなげられたらいいなぁ