14 ずっと二人で
お待たせしました
1
『ユー坊、アリス様、あなた方がいなくなってから私は機械人形としての使命を失いました。正直、このまま時間と共にアップデートされるのも、それは仕方ないと受け入れ始めていた。そんな時に、やって来たのがクリッドなんです』
それからアペンドは、クリッドやユーズレスと過ごした十年間を振り返るかのように二人に語った。
ユフト師は笑顔でアペンドの話を聞いていた。
「それって、手に負えないダメ悪魔じゃないの。まぁ、でも、手のかかる子ほど可愛いわよね」
アリスはちょっとドン引いていたが、直ぐ様、ボンドのことが頭をよぎった。
「そうか、アペンド、君は自分で……新たなマスターを見つけることができたんだな」
アリスが横から見た、ユフト師のその表情は、嬉しさと少しの寂しさが混ざったように見えた。
『でも、もう遅いようです。私はもうほとんどシャットダウンしています』
「でも、まだシャットダウンしていないだろう」
『ですが、もう、電脳はショート寸前です。情報処理が追い付かずに、言語すら途切れ、途切れでなんとか凌いできたのです』
アペンドが難しそうにエメラルド色の瞳を点滅させる。
「なら、まだ手はあるわ! 」
アリスがアペンドのペンダントを指差す。
『このペンダントは、アリス様から頂いた。おまじないのペンダント』
おまじないのペンダントは、先ほどから気付かれない程度に淡い光を帯びていた。
「こんなこともあろうかと、準備しといたのよね」
「アリスが渡したペンダントか、うん? ちょっと待て《鑑定》」
ユフト師がアペンドのペンダントを《鑑定》する。
〖時の首飾り〗
時の女神が流した涙により作れたと言われている。神代級魔法《干渉》が使える。
「ぶっ! アリス! 君、これ何処から、これは事象を変えることができる神々のアーティファクトだぞ! 下手したら、国が一つ買えるぞ」
「あっ! やっぱり、ユフトの《鑑定》じゃ、分かっちゃうか。フェアバンデ家の骨董品で、正直、誰も価値の分からない代物だったのよね。私も実はあげてから分かってさぁ。だけど、発動条件が分からなかったし、発動してもアペンドだったら悪いことに使わないかなぁって」
アリスがとぼけた顔でいう。
実のところ、アリスは収集癖があるが一度手にすると熱も冷めやすい。
たまに死蔵させることもあるが、気に入った相手には自身の身に付けている持ち物をプレゼントする癖がある。
それは、アリスの気まぐれと言われた。
フェアバンデ家ご令嬢の目に叶うことは、料理人や、商人、職人にとっては一つのステータスですらあった。
『これは、そういえば、確か……ボンドとの決戦の時にユー坊達を見送った時、ユー坊が……亡くなった時も、光って…ボンドいた』
アペンドがメモリーを検索する。
〖おまじないのペンダント〗はアペンドが所有してから二度ほど光を帯びた時があった。
アペンドはその時は気にもしなかったが、どうやら発動条件を満たしていたようだ。
「アペンド、あなたにあげたそのペンダントは魔力で発動するものじゃないみたいなのよね。実は私でも分からないし、科学者としては非科学的なんだけど……想いのチカラ? とでもいうのかしら、感情に反応して発動するみたいなのよ」
『想いのチカラ……感情? アリス様、失礼ながらそれは不可能なことです。私は、機械人形、これらの思考や行動は、メモリーの経験からなる、最適解なユフト師の四原則に基づいた行動原理です。そこにあるのは、データーによる電気信号であります。機械人形に……ユーズレスシリーズや、ボンドのような最新式の機械人形ならば、万に一つもその可能性はありますが、私は所詮旧式の機械人形ですから』
アペンドがエメラルド色の瞳を点滅させながらいった。
「アペンド、そんなことはないさ。アペンド、君は確かに、オールやインテグラとは違う。機械の性能としては確かに旧式かもしれない。だけどね、アペンド。出来損ないの機械人形は、こんなに人の気持ちを温めることが出来る飲み物は作れない。少なくとも、機械ばかり弄って廃嫡となった私が何だかんだやってこれたのはアペンド、君がいたからだ」
「そうよ。アペンド! だいたい、ユフトったら、アペンドがいないと家事全般なーんにも出来ないんだから! 湯沸かし器を作成することは出来るのに、制作者がお湯を沸かせないってホントにどうゆうことよ」
アリスは本当に信じられないわとユフトにいう。
「ゴホンッ! グフン! まぁ、話は逸れたが、アペンド! 耳を済ませてごらん」
『耳を澄ます? 』
アペンドが聴覚センサーを最大にする。
『何も聴こえませんが……』
「アペンド、目を閉じるんだ。そして、ブラックボックスを感じるんだ」
『……』
アペンドはスリープモードに近い状態になる。
メエェ
メエェェェェ
徐々に、先の鳴き声が聴こえてくる。
ママー! ママー!
メエェェェェメエェェェェ
『……クリッド』
アペンドは声を拾った。
クリッドが確かにアペンドを呼んでいる。
「私には聴こえないけど、どうやら、アペンドを待っている人がいるようだね。アペンド、君はもう私のマスター権限からは外れている。君は自由な機械人形だ。友よ! 君のしたいこと! 何をするにも縛るものはない……早くしないと、メロンクリームソーダのアイスが溶けてしまうよ」
「アイスが溶けたメロンクリームソーダも、それはそれで甘くて美味しいわよ」
『お二方……』
その刹那に、アペンドのペンダントが今までにないほど光輝いた。
「お別れの時間だ。ペンダントによる《干渉》を発現してもおそらく時間はあまりないだろう」
ユフト師が微笑む。
「また、会いましょう。アペンド! ちゃんと言いたいこといいなさいよ」
アリスはアペンドにキスをした。
アリスの祝福がアペンドのブラックボックスに少しだけ力を与える。
『私は、また、お二人に会えることができるのでしょうか』
「尊き願いと魂は、回り回って導き会うと聞く。次に会う時は、お互い姿形が違うかもしれない。もしかしたら、お互いに気付かないし、きっと記憶もないかもしれない。しかし、一度繋いだ心はそう易々と離れるものではないさ」
「科学者としては、非科学的だけどユフトに賛成するわ」
ペンダントの光がさらに強くなる。
メエェェ! メエェェ!
鳴き声がハッキリと聴こえる。
『お二方は、その! 私の電脳のバグ? それともペンダントの効果による……』
アペンドがいいかけたところで、ユフト師が人差し指で「シーッ」と制した。
「三人でこうして、また、茶が飲めた。きっと、そういうことだよ」
ユフト師とアリスの笑顔が爆発した。
『……ありがとう』
アペンドはそれは、それは、嬉しそうにまた、少しだけ寂しそうに何度も何度もエメラルド色の瞳を点滅させた。
アペンドは光に包まれた。
2
「行っちゃったわね」
「これが最適解だ」
「ユフトはいつも可愛げがないなぁ」
「インテグラ、オール、アペンド、一番付き合いが長い子の門出だよ」
「子っていうよりも、アペンドはお母さんみたいなものでしょ。ずっとあなたのお世話してくれたのアペンドだし。良かったの特性のことは話さなくて」
「《拡張》については出来れば世に出したくない。それこそ、機械が人間を越えてしまう。それは、きっと色んな意味で機械と人間の争いしか生まない悲しい世界だ」
「あー、あんたは、いっつも効率ばっかり求めるからそうなるのよ」
「君だって似たようなものだろう」
「私はユフトと違って分別ありますよー」
「ミルクティー並々に角砂糖入れる奴が何を」
ガミガミガミガミガミガミ
二人は通常運転のようだ。
「ユフト、アペンドは大丈夫よ」
「……そうだな」
「それで、あなたの計画はどうなるのかしら、人類は滅亡? 復活? 」
「やるだけのことはやったよ。月に上がった者達が夢から覚めるのが先か、地下に潜った人類が地上に適応するのが先か……」
「一人で背負わせちゃったね」
「どちらにしても、もう歯車は動き出した。後は運命神のダイスがどのような目をだすか? とっくに私の手からは離れてるよ」
「ユーズに、クリッド、機械人形に悪魔か。これは、私の予想だけど、あの子達が鍵だと思うわ」
「どうしてだい? 君らしくないね」
「だってね。あの、アペンドがあんなに人間味のある機械になったのはきっと、ユーズとクリッドのおかげよ」
「……それも、そうだな」
「ちょっと、悔しいけどね」
「……そうだな」
「また、アペンドのお茶飲みたいね」
「……本当に、そうだな」
二人はアペンドを見送った。
ここがアペンドの電脳によるバグなのか、ペンダントによる《干渉》なのか、神々の悪戯なのか、それは誰にも分からない。
ただし、不器用な二人が繋がれた手の感触だけはずっと本物であって欲しいと、お節介な機械が神々に願った。
ブックマークありがとうございます。
更新遅くなって本当に申し訳ありません。
久しぶりに体調崩して本当にダメダメでした。