27 機械の権利
1
「ここに来れば、映像を見せてもらえると領主様に聞いたもんだからねぇ。うちのフクロウも、気になって仕方がないみたいなんだよ」
「ホウホウ」
フクロウに擬態しているフォローが鳴く。
「作業を邪魔するつもりはなかったんだよ。日が悪いなら出直そうとしようかね」
木人が部屋を出ようとする。
『お待ちください。グランドマスターであるラザア様の許可があるのであれば、問題はないことの一部の報告を終了致します』
ハイケンが木人にいった。
『……』
ディックは反応しなかった。
「そうかい、だったら遠慮なくお邪魔しようとするかね。私は、途中から来たからハイケンが頑張ってるところを見逃しちぃまったんだよねぇ。ボールの坊やがどれだけ頑張ったかもみたいしね」
「キャン、キャン」
「ホウ、ホウ」
『了解いたしました。編集版と、手を加えていない生データーがございますが、いかがいたしましょうか』
「もちろん、生データーを」
『生データーはおよそ時間にして二時間ほどかかりますがよろしいでしょうか? 既に、深夜を回っておりますが、編集版は十五分程度であることの報告を終了致します』
「食堂のチーズと酒をちょいと拝借してきたからねぇ。次期公爵家だけあって高そうな酒ばっかり置いてあったよ。わたしゃ、三級酒の安酒で十分なんだけどね」
『気が回りませんで、失礼致しました。明日からは用意させて頂くことの一部の報告を終了致します』
「ああ、気にしないでおくれ、映像の確認が終わったら、ちょいとミクスメーレン共和国へジュエル嬢ちゃんの様子を見に行くからねぇ」
『ご多忙の中恐れ入ります』
ハイケンが木人に礼を取った。
2
「編集版も見せて持ったけど、あえて、手動の映写機で音声も出していないのは配慮かね」
木人がハイケンとディックに問う。
二時間の全編は、プロジェクターをハイケンにつないで音声にカラー映像だった。
しかし、編集版は手動の映写機での映像で、白黒であった。
『記録を映像として映し出す技術は現在の文明では過剰なものです。プロジェクターはなおでしょう。過ぎたるものは、攻撃の対象になります。手動の映写機による映像が白黒で、音声がないのはギリギリのラインかと一部の報告を終了致します』
「確かにねぇ、この手動の映写機だけでも、特にミクスメーレン共和国の連中は騒ぎだすだろうね」
『記録を保存する技術は秘匿する予定であると一部の報告を終了致します』
「生データーを見るからに、聞かれて困る会話もあるからねぇ。白黒の映像だけにしたのは正解さね」
「キャン、キャン」
ホクトのそうだねと鳴く。
「……ホウ」
フクロウは、ボールマンの最後を見てからは放心状態になっていた。大賢者フォローは、自身の主であったエリティエール魔法大国の王族であるボールマン救えなかったこと、海王神祭典に自身が救援に間に合わなかったことを悔いており、気持ちの整理がつかないでいる。
「それで、あれかいね。この編集版にボールマンの最後を入れるかどうかで、ディックと揉めていたというところかねぇ」
『正確に申しますと、協議していただけであることの一部の報告を終了致します』
『……』
ディックはエメラルド色に杖を発光させた。
「会話はともかく、映像だけ見れば自身の腹心であるハイケンに首を斬られての最後だからねぇ。査問会で白黒の映像として流すなら、相当のインパクトがあるねぇ」
『どのような印象を受けるでしょうかと一部の意見を求めることの報告を終了致します』
「そうさねぇ。首を斬られる前にランベルトが砂の処刑台を作っているからねぇ。見るものがみれば、砂となって死にゆく魂の救済か、それとも海王神祭典による被害の責任をとっての自死か……会話の内容だけ見ればディックのマスター権限が凍結しないようにってことだしねぇ」
『あの時、介錯をしなかった場合は、ディック兄さんはただの杖になっていたとの一部の報告を終了致します』
「なるほどね。確かにねぇ。今、ディックの杖を使えるのは領主様にアーモンドの坊やだけだからねぇ。まあ、ディックは元が細かい制御が難しくて、馬鹿みたいに魔力の多い魔術師か、魔力制御の卓越した術師じゃないと使えない代物だからねぇ」
『……』
「ディックや、あんたの言いたいことも分かるよ。あんたは、ハイケンより長くボールの坊やを支えてきた。あんたが認めた製作者のユフト以外では初めてだったからねぇ。どんな理由があれ、ボールマンの首を斬ったハイケンに思うとことがあるんだね」
『……』
ディックは沈黙した。
「ただねぇ。ディック、一番つらかったのはハイケンだとは思わないかい」
『!!! 』
「ホウ……ホウ」
ディックとフクロウが反応した。
「ハイケンにとっては、ボールマンはマスターであり親だったんだよ。その親を理由はどうであれ殺してしまった。親殺し……これは、人種の世界では人種の三大禁忌みたいなもんでねぇ。それを犯しちまったもんは、それこそ何者としても認められなくなっちまうんだよ。ハイケンはねぇ。いや、その新たなハイケンに先代ハイケンの業を背負えとはいわないよ。だけどねぇ。そこまでして、ハイケンは……ボールマンを、ディック、あんたを救ったんだよ。あのまま、ユーズが《月雷》を発現できなかったら恐らくシーランドは討伐できなかったろうねぇ」
『……』
「このボールマンの最後はある視点では、無様かもしれない。だけど、彼の死に様を神々は笑わない。私は忘れないよ。皆もそうだ。分かるものが分かってくれた。ウェンリーゼは救われた。これから、査問会では王都の人の皮を被った魔物たちとの闘いになるよ。その時に、ウェンリーゼが、ラザアの領主様が、その子が今後も健やかであること……それが、ボールマンを始め、逝っちまった皆の願いなんじゃないかい」
「ホウホウ」
フクロウが鳴いた。
「それとハイケンやい。勝手に《鑑定》させてもらったけどあんた、武神の加護があるね」
『私に加護ですか。そのようなデーターはありませんが』
「多分だけど、片腕がパージされちまうのは神々の加護が強すぎるせいだろうね」
『業務には片腕でも支障のないことの一部の報告を終了致します』
「それとねぇ。チルドデクスはあんたのブラックボックスは前回のハイケンの抜け殻から、データーを転送したんだけどなにか変わったことはあるかい」
『通常業務は問題ないことの一部の報告を終了致します……ですが』
「なんだい」
『一つ、いえ、二つバグがあるのです』
「ほう、そいつは修正とアップグレードが必要だね」
『……ボールマン様の最後のお言葉が……首を跳ねる際に、さっさとしろ! ポンコツと仰いました』
「ユフト師の四原則でポンコツは人種であろうと攻撃対象になるからね」
『はい……ですが、何度映像を巻き戻しても、データーからは違う、訳が聴こえるのです』
「あんたのブラックボックスはなんて訳したんだい」
『……ありがとう、馬鹿息子……と、記録をリピートする度に、私のブラックボックスが震えていることの全ての報告を終了致します』
「そうかい」
「ホウホウ」
フクロウは擬態が解けそうになるほどに泣いた。
ボールマンの意思は、愛は、間違いなく受け継がれている。
『それと、私のマスター権限はどうやら永久に凍結したようなのです』
「映像でもそういっていたね」
『ですが、私はラザア様に仕えております。それがまるで、自身の使命でもあるかのように』
「そうかい、で……その二つのバグは修正しようかい。その気があるなら、今、修正してやるよ」
『……全力で拒否致します』
「そうかい……神々の祝福を受けし、機械人形ハイケンよ。神の代わりあにんたの選択を祝福しよう。きっと、それは、プログラムなんかじゃないね。あんたが好きでやってるんだろうからねぇ」
『恐悦至極に存じます』
『……』
ディックは会話を記録した。
ディックは何も言わなかった。
その代わりに、何度も何度もエメラルド色に杖を発光させた。
ディックは少しだけハイケンと距離が縮まった気がした。
神々は改めて機械人形ハイケンとディックの機械の権利を祝福した。
「カッカッカッ、全く、酒が進んでしょうがないねぇ」
「キャン、キャン」
「ホウ、ホウ」
第六部 機械の権利後編 完
あとエピローグちょっと書きます。




