26 機械の芽生え
ハイケンパートです。
第二部のボールマンとの回想入ります。
1
王都 ウェンリーゼ邸の一室
『……』
ハイケンがフィルムを回す。
キュルキュルキュルキュル
部屋は暗く、手動の映写機から流れる映像がより鮮明に映し出される。
ハイケンは海王神祭典の記録を編集していた。自身のブラックボックスだったものから解析したデーターに、ユーズレスが記録していたデーター、さらには衛星であるトゥワイスからのデーターを一部使用の許可が下りた。
ハイケンはデーターを編集した。
時間にして十五分から二十分程度にまとめた。
海王神祭典はクロの特攻から、アーモンドがシーランドの首を刎ねるまで約二時あまりの出来事だった。
クロ、シロ、ジョー、ベン、スイ、レツ、ヒョウ、ランベルト、ボールマン、ユーズレス、そして初代ハイケンが生命を対価にして得た勝利だ。ジョーの部下であったレフティとニートも忘れてはいけない。
正直なところ、一分一秒たりとも削る時間はない内容だ。だが、それは不味い、アーモンドの竜人化に巨帝ボンドの参戦などは、かえって国際問題クラスの大問題である。ユーズレスのハーフヒューマンへの進化も秘匿しなくてはいけない。
あれは、奇跡であって今の世に出していい代物ではない。ハーフヒューマンの存在が認知されれば機械人形の軍事化は進み、かつて神話の時代に起こった機械厄災戦争を再現してしまうであろう。いずれ、再起動したときにユーズレスは国家間での取り合いになり、解体されるだろう。解体されたとしても、現在の技術では解析できないので、ただのスクラップになってしまう。
『ユーズ兄さんが目覚めたときにはまた、ラザア様のお側にいて頂かなくてはいけないことの一部の報告を終了致します』
『……』
ハイケンの言葉に杖となっているディックがエメラルドに発光した。
ディックはあれからラザアの杖となった。ボールマンの時は、肘から覆うロフストランドタイプの杖であったが、現在は形を変えて折りたたみ可能な杖になっている。これは、グランドマスターであるラザアの意思ではなく、ディックが主人に使いやすいようにと自ら変形した。
普段はラザアが杖として使用しているが、現在はハイケンの補佐で映像の編集を手伝っている。
『ディック兄さん、前グランドマスターであったボールマン様の最後の場面は、どういたしましょうと一部の内容の編集を協議致します』
『……』
ディックは困ったようにエメラルド色に自分を発光させた。
2
ボールマンの最後の映像
「ラザアには愛している。すまないと」
『ピー、ピー、ピー、記録だけはしておきます』
機械人形ハイケンは記録する。
「アーモンドにはあとは頼むと」
『ピー、ピー、記録だけはしておきます』
機械人形はかつて主であったものの言葉を記録する。
「アルには…何を言っても怒られるな」
『ピー、記録だけはしておきます。同意します』
機械人形の胸にある何かが熱を帯びていく。
ハイケンが斬れないであろうナマクラを振り上げる。
ハイケンに習い死神も鎌を振り上げる。
ハイケンがナマクラを振り下ろす。
死神も後に続く。
「ワォーン」
何処かの犬が機械の代わりに泣く。
「ハイケン、ご苦労(不苦労)だった」
ボールマンが息子のいままでの労を労った刹那に、ハイケンのナマクラが…止まった。死神がその鳴き声に驚き、鎌はなにもない宙を振るう。
『ビィィィィ、ビィィィィ、ビィィィィ、エラー、エラー、斬首、斬首、斬首、予期せぬ【アップデート】があります。更新しますか…【ダウンロード】が完了しました。外道鬼畜を斬首することが出来ません。キカイノココロが強い拒否をしていることのすべての報告を終了致します』
3
「ハイケン、もう限界だ。身体が持たない…がはっ、このしわ首一つで国が救われるのだ。安い買い物だろう」
ボールマンの胴が砂になり崩れていく。まだ声を発すだけでも奇跡だ。
『斬首、斬首、エラー、エラー、貴方の首は尊いと進言いたし…エラー、エラー、斬首、斬首、斬首、エラー、エラー』
ハイケンが戦っている。ハイケンが再びナマクラを振り上げる。
「「「ニャー、にゃん、ニャース」」」
犬が鳴くなら猫も啼く。アーモンドのブーツに宿りし猫たちは、ブーツの制作者であるボールマンに猫の恩返しをする。アーモンド傍にいつでもいれるようにしてくれた最高の魔導技師に…ナマクラの刃が薄らと赤みを帯びていく。
キィィィィィン
アーモンド専用武器の白燈が、主人の魔力を通したように赤く染まり魔刀赤橙となる。その切れ味は神刀にすら届きうる。猫たちは啼く。ボールマンが刹那の痛みすら感じえぬように啼く。
ボールマンが戦闘中のユーズレスを見た後に、ハイケンに囁く。
「早くしろ、このポンコツ(ありがとう馬鹿息子)」
ザシュ、大罪人の首が跳んだ。
〖ユフト師の四原則〗
機械は人を傷つけてはならない。ただし、ブリキ、ポンコツと呼ばれた際はその限りではない。
赤橙の刃が血を滴らせて泣いている。泣けない機械人形の代わりに泣いている。赤い血の涙を流している。
『グランドマスターであったボールマン・ウェンリーゼの最後の命令を遂行したことを報告します。以降、本機のマスター権限は永久凍結となることのすべての報告を終了します』
仕えるマスターのいない執事兼介護機械人形ハイケンが、誰かに【アナウンス】した。
3
ディックは思考した。
ディックは、ボールマンのことが大好きだった。
出会ったときは、泣きながら石碑に死者の名前を刻む少年だった。
食糧難のウェンリーゼを救うために、当時は禁忌とされていた魔獣の肉を領民に食わせていたりと、「嘘つき」罵られた。
麻薬の使用についても、理解されなかった。
実際に人に言えないような悪いこともしていた。
でも、自分の私利私欲のためにその権力を行使したことは一度もない。
いつもボロボロになりながら、ウェンリーゼの復興のためにそれこそ身を粉にしたディックの尊敬すべき相棒だ。
そして、それはハイケンもよく分かっているだろうとディックは思考した。
『申し訳ございません。ディック兄さん、私はあくまでも以前のハイケンの記録を引き継いだ機械人形です。名称や形こそハイケンタイプではありますが、似て非なるものですとの一部の報告を終了致します』
ハイケンは、悪気はないのですといった。
ユーズレスシリーズ11番の子ハイケンは、パンドラの迷宮最下層である秘密の部屋で、ボールマンが中心となってベン、そしてチルドデクスのサポートによりロールアウトした機械人形だ。公な情報ではないが、量産型を前提とした機体で、チルドデクスの特性の一部であった『並列ネットワーク』を備えた機体である。初代ハイケンは、超早熟型タイプで学習したものを、いずれ他の量産型にハイケンの記録をコピーして、初代ハイケンを指揮官機としてウェンリーゼの戦力(労働力)にする予定であった。
いうなれば、現在のハイケンは先行量産機であり以前のハイケンのブラックボックスを入れて稼働している。記録をコピーした実験機でもある。
そのため、記録はあるが自身が体験した出来事としての認識がないのだ。
つまりは、ボールマンとの十五年の歳月がただのデーターでしかない。
良くも悪くも、ハイケンは機械的に理にかなった判断を提案する。
『……』
ディックはなぜかとても悲しかった。
ディックとハイケンがともにボールマンを支えてきた機械人形だ。
政務でのボールマンの右腕がランベルトならば、二体の機械は日常生活におけるボールマンの体そのもののような芯を担っていた存在である。
そのハイケンが他人事のようにボールマンの最後をどうしようと聞いてきたのだ。
『……』
『……』
二体の間にしばしの沈黙が流れた。
コンコン
部屋をノックする音が沈黙を破る。
「ちょいと、邪魔するよ」
「キャン、キャン」
「ホウホウ」
沈黙を壊すように、木人とホクトにフクロウが部屋にやってきた。
振り返りばかりで申し訳ありません。




