23 キモッ
1
王宮の廊下
ドクドクドクドクドクドク
カツカツカツカツカツカツカツカツ
心臓の鼓動に感応するように、本人も気づかないうちに足取りが速くなる。
「アーモンド、少し歩くのが速いわよ」
ラザアが少し様子のおかしいアーモンドにいう。
「あっ、ああ、すまない」
「アーモンド様、陛下への謁見は日を改めてからではいかがでしょうか」
リーセルスがアーモンドに大丈夫ですかといった。
レートと再会を果たしたあとに、王宮から使者がやってきた。
陛下がアーモンドと食事をしたいとの招待だった。
アーモンド達は一度部屋に戻り、着替えをしてから王宮に向かった。
王宮の敷地内は、宮と宮の間が広いため馬車が用意されたが、ラザアが身体のためにも少し歩きたいとのことで、一同は黄昏時を歩った。
王宮内の中庭は、専用の庭師が手入れしただけあって見事なものである。
「綺麗な庭園よね。アーモンド」
「……あっ、ああ」
「何か考え事かしら、お義母様にお会いしてからなんだかおかしいわよ」
ラザアが上の空のアーモンドにいう。
「……そんなことはないさ」
「……マザコン」
「……なんだって」
「はぁぁぁ、要するに喜んでくれると期待したプレゼントが的外れで、息子より、旦那様との約束を優先されて、拗ねてるだけじゃないの。女々しいったらありゃあしないわ」
「私が……女々しい」
アーモンドは、傷付いた。
かつてない程に傷付いた。
古代語であるマザコンの意味は、アーモンドは分からなかったが女々しいの意味は分かる。
「ええ、図体だけ立派になって母親離れできない。お坊ちゃんよ」
「……」
アーモンドはラザアを睨んだ。
いつの間にか傷付いた不安定な心は、言葉の整理が出来ずに、腹のムカムカした不快感と共に怒りがこみ上げてくる。
(なんだこの感情は)
(気持ち悪い)
「いい、アーモンド、女はね。母親になっても、女でいたいのよ。だから、お義母様は待っているのよ。陛下がいつか、自分を救ってくれることを、歪かもしれないけどそれがあの二人の絆であり、愛なのよ。そこには、いくら息子のあなたでも割り込みは出来ないわ」
「……もういい」
「古来からいうでしょ。人の恋路を邪魔するやつはフィーリィアに蹴られてなんたら、冒険者も他人の獲物を横取りしたら、何をされても文句いえないわよ」
「……やめてくれ」
実は、ラザアはラザアで妊娠中ということ、査問会を控えて普段来ない王都に来たことで若干のストレスがあった。
普段からアーモンドは尻に敷かれていたこともあるが、ラザアの言葉がいつもより辛辣に聞こえた。
「お義母様も仰ったように、あなたはもう父親なのよ。陛下も立派じゃないの、あなたのおしめを替えてくれてたなんて」
「うるさぁーい! ! ! 」
アーモンドは叫んだ。
アーモンドから一瞬であるが普段抑えている竜の気が解放されてしまった。
「「「ぐうぅぅぅ! 」」」
皆が竜の気に当てられる。
一瞬であるが相当のプレッシャーが、王宮内を包んだ。
マロンとサンタにクロウは瞬間的にラザアの前に立った。
「アーモンド様」
リーセルスとラギサキ、ハイケンがアーモンドを抑えようとする。
「……うっ、お腹が痛い」
「ラザア様! しっかりなさいませ! まずは、呼吸を落ち着かせて」
マロンがラザアを介抱する。
「……」
アーモンドはやってしまったと、さらに感情がグチャグチャになった。
2
「なんだ、先の悪寒は、なにがあった! 」
王宮に謁見にきていた。エメラルド家前当主であるエメラルド・スムージーがアーモンドの竜の気に反応する。
スムージーはかつて、賢王デニッシュの腹心中の腹心でありデニッシュの右腕ともいわれた男だ。デニッシュが亡くなったことで、ともに永眠を宣言していたがピーナッツの説得により、現在ではピーナッツの相談役として王宮に呼ばれることも多々あった。護衛としては、孫に小遣いをやりたくてアズールが起ち上げた団体『聖選騎団』を介してアズールを雇っている。謁見が終わり、スムージーは孫であるピスタチオとアズールと食事をしようと王宮を出たところだった。
「あれは、アーモンド? 」
「ピスタチオ殿下お待ちを! 」
第二王子ピスタチオが、アズールに制されながらいく。
アーモンドの兄にあたるピスタチオは、母の実家がエメラルド公爵家である。つまりは、スムージーの孫であり、アズールとピスタチオは従兄弟になる。
「あっ、ピスタチオ」
「ピスタチオ兄上だろうが! てか、お前誰だ。いや、お前、アーモンドか」
アーモンドがピスタチオに気付く。
「なっ、銀のぶ……アーモンド……殿下」
アズールはバツが悪そうに一応アーモンドに礼をする。昨日の今日で、隻腕事件をアズールは気にしていた。本当ならば、「よくも騙したな」と怒鳴ってやりたかったがここは王族が暮らす王宮内であり、祖父であるスムージーもいたので貴族としての礼を取った。
「アーモンドお前、何してるんだ。それよりも、ナッツ兄上の所には挨拶に行って、私のところには顔を見せないとはどうゆうことだ! 」
ピスタチオがアーモンドに兄を敬えという。
「割って入ることをお許しください。ピスタチオ殿下、アーモンド様は今、非常にご気分がすぐれない様子。さらには、今、ラザア様のご体調が優れませんのでご挨拶はまた後日正式にさせていただきたく存じます」
リーセルスがこの場を収めようと瞬間的に動いた。
「なっ! リーセルス、貴様、従者の分際で、ピスタチオ殿下の話に割って入ろうとは無礼ではないか」
アズールがリーセルスに敵意を剝き出しにした。ほとんどの科目で学園首席だったリーセルスに万年次席のアズールはあまりいい感情がない。
「ピスタチオ殿下、何卒宜しくお願い致します」
リーセルスはアズールを無視した。
「貴様、私を無視だと、なっ! そこにおられるのは、ラザア様ではありませんか、一体どのような、へっ、お腹が大きい」
アズールは驚愕した。実は、アーモンドとラザアの婚約は既にグルドニアでは知るところだったが、ご懐妊は一部の関係者以外は秘匿されていたのだ。
「ああ、陣痛か大変だな。そういうことだったら」
「貴様―! 銀の豚―! 我々の推しにいったい何をした! 」
アズールが主であるピスタチオを越えて、アーモンドに迫る。
「ガルルルル! 」
しかし、ラギサキが四足歩行となり威嚇するようにアズールと近づけさせない。
「うるさい、ちょっと、うげぇぇっ」
ラザアの体調はさらに悪くなる。
さらに、いえばラザアからすればアズールの存在は学園時代から迷惑でしかなかった。一度だけ、お茶会で一緒になってからは、ファンクラブだなんだと妙に騒ぎ立てたおかげで、他の女子からラザアは反感を買ったのである。当時は、ラザアは今と違い子爵令嬢で、アズールは三男とはいえ公爵家の令息、周りからはやっかみもあるのは当然であった。
「なんたることだ。この銀の豚が、先の悪寒はお前のせいだろう。そのせいで、我々の女神さまが、貴様はやはり、グルドニア王家の最底辺、疫病神だ。愛する女を、妊婦をこのように傷つけるとは騎士の風上のも、いや、男として許せん」
「……なっ、私は」
アズールは感情のままに当てずっぽうに怒りをまき散らしただけであるが、案外当たっている。
アーモンドは図星いうえに何も言えなかった。
「ガルルルル、貴様、それ以上、ご主人様を愚弄してみろ! 四肢をもいで頭蓋骨をかみ砕き、グシャグシャにしたあとに魔獣の餌にしてやる! 」
ラギサキの毛が逆立ち、体躯が獣寄りになる。自然と『獣化変化』していた。
「アズール、そこまでにしておけ、このようなでくの坊になにをいっても駄目だ。可哀そうであろう。それにしても、情けないなアーモンド、従者に守って貰っているだけで何も言い返せないとはな。噂に聞いた聖なる騎士様も大したことないな」
「……ああ、そうだな」
アーモンドは茫然としていた。
「まったく覇気のないだらしない顔をして、王族として恥ずかしくないのか! おおかた、お前のことだ。大勢の奴隷を肉壁にして、弱り切ったシーランドに止めをさしただけであろう。そんなこと子供にでもできるであろうな。ああー、その肉壁となったウェンリーゼ卿も浮ばれないだろうな。それともあれか、海王神シーランドなんといっているが、本当は大したことない、雑魚蛇だったんじゃないか……はっはっはっはっは」
ピスタチオの舌が回る。
「……あああ」
だが、アーモンドはラザアのことで頭がいっぱいでほとんど話を聞いていない。
「……」
「「……」」
「ガルルルル」
リーセルスに、サンタ、クロウ、ラギサキはブチ切れそうだった。
「銀の豚―! ピスタチオ殿下がお話されているのに無礼であろう」
アズールは調子にのった。普段は、冷静なアズールであるがここで想いもよらないことをした。
ピシャリ
なんと、アーモンドの頬に向かって手袋を投げ捨てたのだ。
「ついでだ! 昨日の落とし前をつけさせて貰う。勝負だ、銀の豚!まさか、逃げるとは言わないよな。聖なる騎士殿よ」
「はっははは。いいぞ、アズール、それでこそ私の従者だ」
二人は気持ちが高ぶっていた。先の悪寒は別として、今のアーモンドは本当にポキリと折れそうな小枝に見えたのだ。
アーモンドは、手袋を見たその瞬間にもの凄い気持ち悪さがこみあげてきた。
「キモッ……うげぇぇっ」
ストレスが限界を越えたアーモンドは手袋に嘔吐した。
「「「!! 」」」
「うげぇぇっ」
ラザアの体調の悪さも加速した。
「貴様、騎士の決闘を馬鹿にして」
アズールは生まれてこの方一番の侮辱をうけたと感じた。
「……」
遠くからことの成り行きをみていたスムージーは、どうやって王族であるアーモンドに詫びればいいのかと、最悪首を差し出すことを覚悟していた。
当然ながら、ピーナッツとの会食は中止となった。
「気持ち悪い」
ラザアは本当に気持ち悪そうだった。




