22 人の欲
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1
「神誓薬です」
アーモンドがそれはそれは嬉しそうに、薬をレートに渡す。
「はっ! 神誓薬、ほっ……本物なのですか」
車椅子の後ろにいるマムが驚愕した。
約五百年の月日を生きたマムですら、本物を見たのは初めてだった。
この瞬間、ほんの一瞬だけマムの心に悪魔が宿った。
この薬があれば、雷獣となったアートレイと、猿王レイアートとなってしまった息子のレイをもとに戻せると。
実をいうと、マムと三男であるタイムは大陸中を探し回った。
遥か昔ある国で一つ保管してあることが分かり、戦争を仕掛けたこともある結局のところ、国は滅ぼしたが薬は戦火のなか行方知れずとなってしまったが。
「ありがとうアーモンド、でもせっかくだけどお断りするわ」
「「「えっ! 」」」
マムやアーモンドを始めとした皆の時が止まった。
2
「夢を見たのよ……あなたに関わる夢を」
レートがアーモンドに薬を返した。
「どのような夢ですか、母上」
アーモンドはショックであったが努めて明るく優しく聞く。
「詳しくは、話せないけど、きっとこの先、その薬が必要になる時が来るわ。そして、それは今ではないの……」
「母上、この薬は私が自分の力で手に入れました。いえ、もちろん仲間達の助けがあってですが。ですが、この薬の所有者は私です。たとえ、神々であろうと薬の使い道に文句はいわせません」
アーモンドが優しくも力強くいう。
「アーモンド、私はあなたに後悔して欲しくはないのよ。子供の足枷になるなんて、母の気持ちを分かって頂戴」
「母上、失礼ですが、所詮夢ですよね」
「そうよ。だけど、それは、いずれ現実に起こりうる未来かも知れないわ」
「いちいち、夢の話や未来を気にしていたら、何もできません」
アーモンドが頑として譲らない。
アーモンドは珍しく苛立っていた。
「貴方のいう通りよ。アーモンド、でもね。アーモンド、貴方には後悔して欲しくないのよ」
「……」
アーモンドは少しだけ考えた。
何故かふと、海王神祭典で自分を生かしてくれたボールマン達やユーズレス、砂のゴーレムとなってまでやってきたセールやセカンドの姿がチラついた。
「ごめんなさい。アーモンド、本当は母はとっくの昔に死んでいてもおかしくないのよ」
「どういうことですか! 母上! 」
「この呪いは、私のお腹にあなたが宿った時期に起きたものよ。あなたは、全然気にしなかったけど、あなたの外見や運を下げていたのは胎児のあなたが呪いを半分請け負ってくれたおかげ」
「何を馬鹿なことを…… 」
アーモンドにも多少なり認識はあったようだ。
「……」
リーセルスにサンタ、クロウはただただ黙った。
アーモンドは、昔から近親者や好意を抱いたもの、動物以外には、何故か嫌悪感や敵意を向けられることが多かった。
今は忠誠を誓っているリーセルスですら、幼い時はアーモンドに対して敵意に近い感情があった。
3
レートはアーモンドに話した。
二十年前のグルドニア迷宮での冒険を。
ガーヒュにかけられた呪いを。
その呪いの半分が胎児であったアーモンドにかかってしまったことを。
「はぁぁぁ、ごめんなさい。アーモンド、本当にごめんなさい。あなたに私の業を半分も背負わせてしまったわ。あなたの人生を狂わせたのは母なのよ。許してとは言わないわ。そんなあなたから、薬まで貰ったら私は本当に救われないのよ」
「……母上、母上は誤解しております。私は呪われてなどおりません」
「いえ、アーモンド」
「母上、御覧下さい」
アーモンドが皆を見た。
リーセルスを、ラギサキを、サンタにクロウ、ハイケンにマロンを見た。
そして、ラザアを引き寄せた。
「母上、私は幸せものです。ここにいる皆は山のような巨万の富を築こうが手に入れることが叶わない。最高の仲間達です。ここに来るまで確かに、災難だと思うことがなかった訳ではありません。ですが、その道を歩んだからこそ今があるのです。母上、私に母上が分けてくださったものは呪いなんかではありません。祝福です」
アーモンドがラザアの手を握りながら、母にいった。
「……アーモンド」
「母上、母上からの祝福のおかげでアーモンドは、仲間と妻を子を授かることが出来ました。これを、祝福と言わずして何を幸せといいましょう」
アーモンドがレートにありがとうといった。
「アーモンド……あなたは強い子になったのね」
「もう、父になりますから」
「二日酔いの人が調子がいいわね」
ラザアがしょうがない父親だという。
「「「ハハハハ」」」
皆が笑った。
「強いていうのであれば、不安はあります。母上には悪いですが、私は父親の愛情というものが分かりません。果たしてそのような男が本当に父親になれるのか……怖くなります」
「アーモンド」
ラザアがアーモンドの手を強く握った。
「アーモンド、あなたは覚えていないかも知れませんけれど、産後で具合の悪い私の代わりに、赤子のあなたのおしめを代えたり、ミルクを飲ませていたのはピーナッツなのよ」
「なっ! 」
「「「! ! ! 」」」
これは、アーモンドだけではなく皆も驚いた。通常、貴族家、まして王族であれば乳母が付くのだ。
子育てのほとんどは乳母が行い、母親が乳をあげる。
父親がおしめや、ミルクを代えたり等、平民の男性でもほとんど行わないだろう。
「ガーヒュの一件から、ピーナッツは疲れていたわ。片腕になってしまってうまく剣も振れなくてね。全てが上手くいかなくなった時に、ほんの気まぐれだったかも知れないけど、アーモンドが一歳になるまで育児をしてくれていたわ」
「全く、想像できませんね」
アーモンドがいった。
「絶望したピーナッツに、生きる力をくれたのはあなたよ。アーモンド、だからかしらね。物心ついたあなたに……会うのが怖かったんじゃないかしら……」
「あの父上が……」
アーモンドは、想像出来なかった。
実のところ、アーモンドがピーナッツを父と知ったのは、昨年の王都奪還の際に、レートの実家であるズーイ伯爵家に助けを求めた時だった。
たまたま迷宮攻略の準備をしていたピーナッツを成り行きで父と知ったのだ。
これは意図的に隠されていたが、流石に王都がバターによって陥落した際には隠せなかった。
ピーナッツは、学園の特別授業で鬼教官として、アーモンドに接したこともあったが、戦い方以外は何も教えなかった。
無論、自分が父であるということも……
「それにね。アーモンド、その薬を受け取れない理由がまだあるのよ」
「父上ですか」
「そう、あの人はね。俺が必ず治してやるって約束してくれたのよ。あの人、ああ見えて、嘘は嫌いだし、私との約束を破ったことは一度もないのよ」
レートが笑った。
「……」
アーモンドは何故かそのレートの笑顔が妙にモヤモヤした。
「アーモンドから薬貰ったらあの人、ヘソ曲げちゃうから」
「……分かりました。母上、私も父上を、陛下を信じましょう」
アーモンドは笑った。
「……」
しかし、リーセルスには何故かアーモンドがかつてない程にイライラしているのが分かった。
クンクン、ブルブル
ラギサキもアーモンドの苛立ちに身体を震わせていた。
レートは、憑き物が落ちたかのように眠りに入った。
それはそれは満足そうな寝顔であった。




