30:13番倉庫の真実(1)
爆発の少し前の事。13番倉庫の扉を開けたアーノルドはおそらく誘拐犯であろうゴロツキたちにテキパキと指示を出し、荷物を運び出させている女帝……、もとい皇后シエナの姿を目撃した。
大人しくしているわけがないとは思っていたが、これはどういう事だろう。彼は声を絞り出し、妻に問いかける。
「えーっと、何してんの?シエナさん」
「あら、ご機嫌よう。皇帝陛下。遅かったですね」
「いや、どちらかと言うと約束の時間より少し早い」
夫の指摘に妻はゴロツキが付けている腕時計を確認する。すると時刻は約束の時間の少し前だった。
「まだ二時になっていなかったんですね。よかった。間に合ったわ」
シエナはアーノルドたちの横を通りすぎ、最後の木箱を運び出すと一仕事終えたかのように額の汗を拭った。よく見ると白かったはずの聖女の衣装は埃やらなんやらでグレーに染まっている。
彼女はとりあえずアーノルドたちを外へと出すと、近くの倉庫の荷物を運び出していたゴロツキたちを彼らの前に整列させた。
「ご紹介します、陛下。誘拐犯です」
そう紹介されたゴロツキたちは気まずそうにペコリと頭を下げた。
風貌は明らかに悪党なのに、女帝シエナの前ではただの忠犬と化している。敵なのに同情を禁じ得ない。シエナは一体何をしたのだろう。
「えーっと、説明が欲しい」
「説明と言われましても、どこから説明すれば良いか……」
「全部だ。とりあえず、君がここで何をしていたのかを教えて欲しい。切実に」
「わかりました」
シエナはふぅ、と小さく息を吐き出すと地下牢を脱出した後のことを説明し始めた。
***
あれは時を遡る事、30分前。
海に浮かぶ半分の月を眺めながら、シエナは両手を広げて静かに深呼吸した。
どこか懐かしい潮の匂いと、穏やかな波の音。少し冷たい風すらも心地良く感じるのは、彼女がつい先ほど大仕事を一つ終えたからだろう。
「疲れたー」
港の管理事務所のベランダで、そこに置いてあった安酒を一気に飲み干すと大きく背伸びをする。
床に転がるのはおそらく先ほどの倉庫を確認しに来た男たち、そして彼らの仲間を含めた計十名の恰幅のいい男ども。
縛り上げられた男たちは何がどうなっているのかわからないらしく、ただひたすらにシエナに向かって吠えるしかない。
「お前、何者だ⁉︎」
「だから、シエナだって。さっきから言ってるじゃない。貴方方が連れてきたシエナよ」
「俺らが連れてきた女は皇后だ。似ているようだが、お前のようなゴリラ女ではない」
「ゴリラなんて失礼ね。私はその皇后陛下よ。この国で1番偉い女です。おわかり?」
「そんなわけないだろう!どこの世界に箒一本で賊を制圧する皇后がいるんだよ!」
「ここにいるでしょう?」
何を言っても自分が皇后シエナであると信じてもらえない彼女は不貞腐れたように口を尖らせた。
確かに箒一つで彼らを制圧したが、別に力任せに戦ったわけじゃない。事務所に待機していた彼らに聞こえるように大きな物音を立て、一人ずつ外に誘き出して一人一人、丁寧に確実に締め上げていっただけ。
間違っても決して事務所に正面突破で押し入り、ゴリラのような動きで制圧したわけではなく、シエナとしてはむしろ可憐に控えめに制圧したに過ぎない。視界の悪い夜、銃も剣も持たない相手など彼女にとってはネズミと対峙するようなものだ。
どこの世界の皇后もこのくらいのことはできるはずだと呟きながら、シエナは身動きの取れない彼らの前にダイナマイトを一つずつ並べ始める。
「お、おい、何をしている」
「うるさいから処分しようかと」
「……は?え?」
「あ、でもここが爆発して倉庫の灯油に引火したら大変だわ。あそこの掃除が先ね」
「いや、そういう話をしているんじゃない。なんなんだよお前。まじで怖えーよ」
平然と自分たちを処分しようとするシエナに賊は身を寄せ合って肩を震わせた。命だけはお助けをと泣き出す者までいるが、皇帝と皇后の暗殺を企てた時点で極刑は免れない。ならばどこで処分しても同じだ。シエナはしれっとそう言い放った。
『鬼だ。鬼がいる』と恐れ慄く男たち。彼女がそんな彼らを見てにぃっと口の端を上げた。やはり鬼だ。淑女の笑みではない。
「あなたたちの雇い主はトマス・ステュアート?それともジェームズ・ハワード?」
シエナの問いに男たちは答えようとしない。ならば仕方がないと彼女は戸棚からナイフを取り出した。
そして刃先をこの中で一番気の弱そうな男の指に当てる。
「聞こえなかったようだから、もう一度聞くわね?貴方達の雇い主はどなた?」
「ヒィ……」
「ねえ、私、拷問って得意なの。ふふっ」
ナイフを持つ手に力を入れ、薄く微笑むシエナ。これは本気で指を落としかねない雰囲気だ。
根負けした男はあっさりと主犯を吐いた。
「りょ、領主様です!皇帝が死ねば、次に帝位につくのは領主様だから!だから殺せと!」
「あらまぁ……」
本当にあのハゲ親父はロクなことを考えない。シエナは困ったような笑みを浮かべると男に尋問という名の質問を続けた。
「ハワード枢機卿は関与しているの?」
「今、領主様と教会跡地で麻薬の取引をしている」
「では、ヴィクトリア様は今どこにいらっしゃるか知ってる?」
「お前をここに下ろしたあと、ハワードが連れていったが、どこに連れて行ったのかは知らない」
「本当に?」
「本当に!本当にだ!」
信じてくれと懇願する姿からしても嘘ではないのだろう。
「ヴィクトリア様は教会跡地にいらっしゃる可能性が高いわね」
シエナはそう呟くと、静かに目を閉じた。
あの性格の悪いハゲ親父は、おそらく高台の教会跡地からこの港を眺めていることだろう。そして皇帝夫妻が炎に焼かれ、苦しみながら絶命する姿を肴に酒を呷るに違いない。
だとするならば、いっそ本当に爆破してしまい、奴らが油断しているところに乗り込むという方が逃げられる心配もなく取り押さえられそうだ。
目を開けた彼女は男たちの前にしゃがみ込むと、ニッコリと微笑んだ。
「お手伝いしてくださるのなら、皇帝陛下に減刑を願い出てあげても良いです」
一見交渉しているように見えるが、これは脅しだ。シエナの後ろに大蛇が見えた彼らは素直に頷くしかなかった。




