第92話
中林から借りた腕時計を付けて、俺はとにかく歩き続けた。
商店街を歩き、河川敷を歩き、薄暗い路地裏を歩いた。
全てはビーストの力で悪事を働いている奴を懲らしめるためだ。
俺の後ろには常に陽介と聖来がついているから、いつ奴が現れても一斉に襲いかかれるようになっているのだが……
「なかなか来ねぇな……」
オトリ作戦を始めて数時間が経った。
しかし噂の犯人はいつまで経っても現れない。
公園のベンチに座り込み、ため息をつく。
「現れる気配はないな」
俺を見張っていた聖来が声をかけてきた。
「あれ? 陽介は?」
「便所だよ」
陽介がいなくなる時は必ずと言ってトイレが関わってくる。どうせまた大の方だろう。
「つーか女子も『便所』とか言うんだな。俺の知っている限りでは『お花を摘みに……』とか言うのがセオリーだと思っていたぜ」
「どこのお嬢様だよ……」
俺の隣に聖来が座り込む。
「早く現れねーかなー」
思わずそんな言葉が漏れてしまった。
「なんだよ。お前って随分とせっかちなんだな」
「え? ああ……いやほら、さっさと倒さねぇと他にも被害がでるだろ? だから出てきてくんねーかなーって思っていて…………わりぃ嘘だ」
俺は正直に自分の気持ちを伝えることにした。
「俺は強くなりてぇんだよ。正確には俺のビーストであるフェンリルを」
「たしか、ビーストも戦闘を繰り返せばビースト自身も強くなるとかってチェックが言ってたよな」
「ああ。遠藤の野郎に勝つにはフェンリルを強くするしかない。そのためにはもっとビーストと戦ってフェンリルを強くしなくちゃならないんだ」
「だから今噂のビースト使いを踏み台に強くなってやろうって考えているのか」
「ああ。そいつが悪いことをしているのが許せねぇってこともあるけど、なんかこう……焦っちまってよ。だってそうだろ? 遠藤はお前の兄貴を――」
「…………」
俺がそのことを口にした瞬間、シュンとした顔をしながら聖来は黙り込んでしまった。
「あー……わりぃ」
今の俺はKYすぎんだろ……
「いや、いいよ」
聖来は足を組みなおしながら話を続けた。
「そんな焦ることはねぇよ」
「え?」
「確かに私は遠藤が許せねぇ。一秒でも早くとっちめてやりてぇ気分だ。でもよ、焦って返り討ちになって、私やお前が死んだらさ……それはそれでへこむだろ?」
「へこむのか?」
「あたりめーだ! お前は私の仲間なんだからな!」
勢いよく立ちながら聖来は叫んだ。
真剣な眼差しが俺の視界に映った。
「仲間、か。まるで熱血漫画の主人公みたいなセリフだな」
「んだよそれ……なんか急に恥ずかしくなってきたじゃねぇかよバカ!」
そう言いながら頭を叩かれてしまう。
「って~。いきなり暴力振るうなよな!」
「うっせバーカ!」
俺たちがそんなやりとりをしているうちに、陽介のやつが戻ってきた。
「なんだお前ら、夫婦喧嘩か?」
「「だれが夫婦だゴルァ!」」
便所から戻ってきた陽介がいきなりそんなことをいうものだから、俺と聖来はピッタリの息で陽介の腹部を同時にキックした。
「ぐべぇ……出した後だからいいけどいきなりはやめろよな! 俺の腹筋じゃなかったら死んでいたぜ!」
腹蹴っただけで死ぬ奴なんていねーよ、多分。
つーかやっぱり大の方だったのか。
「それよりも作戦を再開しようぜ」と俺が歩き始めようとしたその時、「うわぁぁぁぁぁ!」と男の悲鳴が耳に響いた。
「なんだ!?」
俺は反射的に走り出し、それに続いて陽介と聖来も走った。
もしかしたら奴が現れたのかもしれない。
「急ぐぞ!」




