第60話
これは、一人の男の日常である。
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私の名前は遠藤真久。
この町に長年住んでいるごく普通のサラリーマンだ。
そんな私には毎晩楽しみにしていることがある。
録画しておいたテレビ番組の鑑賞? NO。
コンビニで買った缶ビールで一人晩酌? NO。
書店で購入した哲学の本を黙々と読むこと? NO。
どれも違うなぁ。
私が毎晩楽しみにしていること。
それは「睡眠」だ。
なんだそれはと思っているだろうが別に不思議ではないだろう。
なぜなら睡眠は人間の三大欲求の一つだ。
人間として当然の欲求を楽しみにして何がいけないというのだろうか。
まぁ他の者ならばやれテレビゲームだのやれアニメ鑑賞などを趣味としているだろうが、私にとっては睡眠こそが至福の時であり趣味であるのだ。
心地よい睡眠をとるためのコツとして、朝起きたら先に日の光を浴びることだ。
そうすることでその日の夜はよく眠ることができるとテレビで知った。
そう、朝目が覚めてからすでに今晩寝るための準備が始まっているのだよ。
そして出勤。
はっきり言って私が通勤している会社はホワイト企業だ。
私はホワイトな職場環境であればどこでもよかった。
そのためだけに一流の大学に行き一流の企業に入社したのだ。
ちなみに私はこの町に生まれこの町一番の学力を誇る東高を卒業している。
優等生の肩書きは伊達ではない。
仲のいい同僚たちに囲まれているが、深い人間関係を気づこうとは思っていない。
定時後に居酒屋で乾杯なんてことは歓送迎会か忘年会くらいしか行くことがない。
なぜならアルコールの過度な摂取は睡眠を妨げるからだ。
というより私は酒を飲んだことがない。
これもまた心地よい睡眠のための工夫なのだ。
そして最近になって新しい趣味ができた。
それはDIYだ。
朝のニュースの特集で木材を使用し様々な家具を作っているのを見て興味が湧いた。
小学生らしいといれば小学生らしいかもしれないが、何か新しいことにチャレンジすることは悪いことは間違いではないだろう。
ということで私は帰宅前にホームセンターに寄って木材や工具などを購入することにした。
しかしその道中。
「いってぇなオイ!」
ガラの悪い少年とぶつかってしまった。
髪は金髪で学生服を着ている。かつての私と同じ東高の制服ではなかった。
この制服はたしか、北高の制服だ。
北高の生徒は素行が良くないと聞いたことがある。
学生時代の私にとって縁もゆかりもないことだと思っていたが、まさかこんな形で彼らと遭遇することになるとは。
「すまなかったね」
少しよそ見をして歩いていた私にも非があったので、私は素直に謝罪をした。
「すまないじゃねーよゴルァ! 骨が折れちまったじゃねーかオッサン!」
少しぶつかっただけで骨が折れたとは思えない。
それにオッサン呼ばわりは心外だ。私はまだ25歳だ。
「無視してんじゃねーぞオイぶっ殺されてぇのか! ああ!?」
「…………」
彼の言う「ぶっ殺す」というフレーズは私の心に深く刺さった。
これからDIYを楽しもうと思っていたのに彼の口から出た暴言がきっかけで楽しみが薄れてしまったが、そんなことは重要じゃない。
胸の奥に深く突き刺さったこれをこのままにしておくということは、緊張のあまり眠りにつけなくなってしまうだろう。
そちらの方が大事なのだ。
「すまないねぇ君。次からは気をつけるよ」
これ以上関わりたくない私はそそくさとその場を離れようとしたが少年に阻まれてしまう。
「オイどこ行こうとしてんだよ、骨が折れたっつってんだろ! 慰謝料払えやボケェ!」
「…………」
少し、頭にきた。
「わかったよ。それじゃあここでは目立つからあそこに移動しよう」
私は薄暗い路地裏に指をさした。
「へ! ものわかりがいいじゃねぇか」
納得したくれた少年はすんなりと私の後ろをついてきてくれた。
◆
結論から言って問題は解決した。
もう二度とあの少年に会うことはないだろう。
おかげで昨夜はよく眠れることができた。




